31 部室で二人きりなんだが

 放課後の部室、そこには俺と相坂優の二人だけがいた。

 いつもいる椎名えりだが今日は少し用事があるらしく先に帰っている。

 つまり今日はこれから俺と相坂優の二人きりというわけだ。

 まぁそれでもいつもとやることは変わらない。

 放課後の間、ずっとスマートフォンをいじっているだけだ。


 ふと相坂優が何をやっているのか気になり彼女の座る方へと顔を向けると……。


「何か用か? 相坂」


 彼女も俺にじっと顔を向けていた。

 何をするでもなくただ見ているだけ。

 何か悟りを開いたかのような、そんな雰囲気だ。


 それからしばらくして無の境地のようなものから脱したのか彼女はようやく俺の声に反応した。


「え、いや何でもないですよ」


 本人はそう言っているがかなり顔が赤くなっている。

 ボーッとしていたところをみるに熱でもあるのだろうか。


「もしかして体調が悪いのか? それなら無理してまで部活に出ることないぞ」


 彼女のことを心配しての言葉だが当の彼女は『大丈夫です』と返すだけ。

 もしかしたら既に熱でまともな思考が出来ないのかもしれないと俺は彼女に近づき、それから彼女の額に手をやる。


「熱が少し……」


 と、ここまで言葉を発したところで自分がしていることに気づいた。

 つい夕夏梨と同じように接してしまったが相手は同級生、額に手をやるには少々馴れ馴れしすぎる。それに彼女からしたら俺のやっていることは気持ち悪いの一言だろう。

 俺は咄嗟に手をどけて謝罪の言葉を口にする。


「わ、悪い!」

「あ、はい。いや、大丈夫ですよ」


 そうは言っているが相坂優の顔はもう噴火直前の火山のように爆発寸前、それはもう見事な赤に染まっている。やはり怒っているのだろう。


「本当に悪い……」


 再度謝ると相坂優はブンブンと首を横に振った。


「本当に気にしてないです! 寧ろ……いや何でもないです」


 彼女の言葉に多少引っ掛かりを覚えるが今はそれどころではない。

 自分の不用意な行動のせいで彼女と同じ部屋にいるのが少々というか、かなり気まずくなってしまっているのだ。

 例えるなら学校の図書室で参考書を取ろうと手を伸ばした時に見知らぬ人と手が触れあってしまうほどの気まずさとでも言うのだろうか。


 とにかく俺が原因なのだから俺がなんとかしなければいけない。

 そう思い何か話す話題はないかと部室内を見渡すが視界に入るのは机や黒板など日常生活で見慣れたものばかり、彼女の興味を引きそうなものは一切見つからない。


「……」

「……」


 俺が話題を探している間にも時間は過ぎていき、いよいよ今日の部活を解散しようと思ったそのとき、相坂優は俺に話を振ってきた。


「あの、早坂君はその……」


 そこで言葉を区切った彼女は視線を床、俺、床、俺と何度も行き来させていて、だいぶ挙動不審だ。

 一体何を聞こうとしているかはさておき、彼女の行動を見る限り相当聞きづらいことらしい。


 それからしばらく経って彼女は俺から視線を外しながらもボソッと続きの言葉を発した。


「……椎名さんとはどうなんですか?」


 何を聞いて来るかと思えば、椎名えりのこと。

 どうしてそれを話すのに今まで躊躇っていたのか疑問に思うところだが、そうだな……。


「別に普通だと思うぞ。普通に部活で話したり、普通に家に来たり」


 俺の返答がおかしかったのか相坂優の目がわずかに泳ぐ。


「家に来るんですか?」

「ああ、まぁ別にそれは妹と遊んでるだけだし俺とは……」

「そんなの分からないですよ……」


 彼女の口から突然放たれた心臓を突き刺すような冷たい言葉に一瞬本当に心臓を刺されたかのような錯覚に陥る。


「あ、すみません」


 すぐさま相坂優からフォローが入るものの俺の耳にはほとんど届いていない。

 いきなりのことで頭がついていかなかった。


 再び訪れるお互い無言の時間。

 まだまだ太陽は健在なものの、時間を見れば既に十八時を回っている。

 帰るにはちょうど良い時間だ。


「えーとそろそろ解散するか」


 あまりの気まずさから俺が部活の解散を切り出すと相坂優は何かを決心したかのような顔で帰ろうとする俺の腕を掴んだ。


「ちょっと待って下さい!」


 俺の腕を掴んだ彼女はそれから大きな声で言う。

 

「一緒に帰りませんか?」


 突然の誘い、困惑よりも疑問の方が大きかった。

 一体何を目的として彼女がそんなことを言ったのか全く分からない。

 しかし断ってしまえばさらに気まずくなる。

 俺が返す言葉は既に決まっていた。


「ああ、一緒に帰るか」


 肯定、それ以外にない。


◆◆◆


 昇降口で上履きから外履きに履き替える最中、俺は相坂優について考えていた。

 別に変な意味ではなく、ただ単純に彼女と俺との関係について疑問に思ったのだ。


 部活の仲間、元依頼人、クラスメイト。


 どれも彼女との関係として正しい。

 だが本当にそうなのだろうか。

 一緒に帰るというのはそれらの関係よりももっと進んだ関係の行動だ。

 そう、例えば友達とか……。


「早坂君? ボーッとしてどうかしたんですか?」


 視界に突然相坂優が映り込む。

 その彼女は前に垂れてくる髪を耳にかけながら俺と目線の位置を合わせるように屈んでいた。


 改めて見ると彼女も椎名えりに負けず劣らず整った顔をしている。

 一見クール系に見えるのだが表情や仕草にあどけなさが残っているからだろうか、全体的に明るい印象の方が強い。

 とにかく俺が言いたいのは彼女も男子から人気があるに違いないということである。


「いや、何でもない」


 近くにいる彼女が放つフローラルの良い香りが自分の鼻腔に広がるのを感じながらも、俺は急いで外履きの靴紐を固く結ぶ。


「それなら良いですけど……そういえば早坂君の家ってどこら辺なんですか?」


 立ち上がってまもなく、俺は彼女から質問をされた。

 それに対して俺は頭の中にある情報をそのまま開示する。


「ああ、この地域だな。いつも徒歩で学校に来てる」

「へぇ学校に近いの羨ましいですね。私は電車通学なので憧れますよ」

「そうか? まぁ確かに朝ギリギリまで寝てはいられるな」

「ズルいです」


 終始和やかに雑談をして一緒に学校近くの駅まで着いたところで相坂優は急に駆け出し、少し先まで行ったところでこちらに体を向けた。


「じゃあ私はこれから電車に乗るので」

「ああ、またな」

「はい、また……」


 俺が自宅に帰ろうと体を翻した瞬間、彼女の口からさらに言葉が発せられる。


「もし機会があったらまた一緒に帰っても良いですか?」


 彼女の大きな声に少し体がビクッとなるも俺は後ろを振り向いてから親指を上に立て相手に肯定を返す。


 俺の返事に何故か浅く礼をした彼女はその後何も言わずに急いで駅の階段を上っていった。

 その際チラッと見えた彼女の横顔には笑顔が浮かんでいた。

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