二章 夏の記憶

23 まさかの身内だったんだが

 季節で言うとちょうど夏の始めにあたる七月。

 例年ニュースでは梅雨明けが発表される月でもある。

 そんな月の始め、俺は教室の日当たりのいい窓際の席で一人昼食をとっていた。

 夏ということもあり窓際は流石に暑いが俺に席を移動するという選択肢はない。

 それは移動してしまえば最後、誰が作ったのか分からない俺のなんとも微妙な笑顔の写真が入った写真立てが俺の机の上に飾られてしまうためである。


「見て、また一人で食べてるよ。まぁ友達なんていないだろうから仕方ないか」

「ちょっと止めてよ。聞こえたらどうするの?」

「わざと聞こえるようにやってんの!」

「うわ、性格悪っ!」

「ちょっと待ってよ、あんたも普通に笑ってんじゃん」


 机に写真立てが置かれる理由も周囲から時折聞こえてくる会話と笑い声を聞けば容易に分かる。

 簡単に言うと俺、早坂拓也は現在絶賛ハブられ中だった。

 その原因は言わずもがな、五月にあった宿泊学習の二日目の夜の出来事である。

 やはり女子の力は強大だったということだろう。

 宿泊学習三日目の朝には俺が鬼畜野郎であるという噂がそこら中から聞こえていた。

 一体どんな手を使えばたった数時間でそんなことが出来るのか未だに謎である。


 まぁそれでも宿泊学習直後と比べると今はだいぶマシになった方だ。

 この調子で行けば夏休みが終わる頃にはクラス全員綺麗さっぱり忘れていることだろう。たぶん。


「ねぇちょっといいかしら?」


 昼食をとりながら窓から見える校庭を眺めていると突然誰かに呼び掛けられる。

 声がする方へと体を向けるとそこには自分の胸を支えるように腕を組む椎名えりがいた。


「椎名さんってアイツとどんな関係なんだ?」

「さぁ? でももしかしたらコレだったりするかもな」

「いや流石にコレはないだろ。だってアイツだぞ?」

「そうだな」


 彼女の周りからはそんな会話が聞こえてくるが当の本人は全く気にしていない。

 というか寧ろ俺がハブられるようになってからよく話しかけて来るようになっていた。

 もしかしたら彼女なりに俺が一人にならないように気を使っているのかもしれない。いやないな。


「このパンを食べてからでいいか?」

「分かったわ。ここで待ってるからゆっくり食べて」


 彼女は俺の席のすぐ横で待機を始める。

 いや、まさに言葉の通りなんだがもう少し別に方法はなかったのだろうか。

 この状況、超がつくほど居心地が悪い。

 動物園にいる動物達が抱くような気分というのだろうか。まるで飼育されているような、そんな気分になる。


 つまりはそういうこと。

 俺がパンを一気に口の中へと放り込み、お茶で全て流し込むのも全てそういうことが理由だった。


◆◆◆


「……飾ってくれているかしら?」


 現在は場所を移動して屋上、俺が席を離れたことによって現在急ピッチで写真立ての配置作業が行われているのだろうがあの椎名えりに呼ばれたのだから仕方ない。

 それに今更である。

 俺は写真立てが机の上に置かれる度にそれを家に持ち帰り自分の部屋の隅に積んでいた。

 そこで問題になったのが夕夏梨の視線。

 夕夏梨はきっと俺が自分の部屋に自分の写真を積んでいることに違和感を覚えていたに違いない。

 それも一週間に五つくらい増えていくのだ。

 もう、夕夏梨にとっては一種の怪奇現象だろう。

 しかしそれは始めのうちのこと、今は夕夏梨も何とも思わなくなっている。

 また増えた、それくらいの感覚であろう。


 ただ、それでもまだ問題が残っている。

 それは単純に置き場の問題。

 写真立てが増える度に俺の部屋は圧迫されていく。

 それなら捨てればいいと思うかもしれないが自分の写真を捨てるというのも抵抗がある。

 少しでも置き場を増やそうと写真立てだけを捨てようとしたが写真が写真立てと接着していて取れない仕様。

 こうして導き出された結論がこれ以上増やさないというものだ。

 写真立てが机に置かれるのは一日の中で決まって昼休み。

 ならばその時間は自分自身が門番をしていればいい。

 今思ったがやっぱり机を離れたら駄目だったか。


「ねぇ聞いてるの?」


 俺が思考の海の中を泳いでいると突然現実へと引き上げられる。そういえば今は椎名えりに呼ばれているんだったか。

 俺は現状を把握すると同時に気持ちを切り替えるため自分の頬をバシッと叩いた。


「急に自分の頬を叩き出してどうしたのよ」

「これは切り替えだ、切り替え。それよりも何だったっけ?」

「やっぱり聞いてなかったのね」

「すまない」

「で、どうなの? ちゃんと飾ってくれているのかしら?」


 椎名えりの言葉には主語がなく一体何のことだか俺にはさっぱりだった。

 何のことかを彼女に聞こうとしたタイミングで彼女はさらに言葉を続ける。


「ずっとあなたの元気がなかったから私心配だったのよ」


 この言葉でもやはり肝心なことは一切分からない。

 なので今度こそと俺は椎名えりへ問いかけた。


「一つ聞いていいか? さっきから何の話をしているんだ?」


 それに対して椎名えりは信じられないという目を俺に向けてくる。


「まさかそれすらも分かってなかったのね。写真立てよ、私がさっきから聞いているのはあなたの机に置いてあげた写真立てのことよ」


 写真立て? そんなこと急に言われても何のことだか……って。


「あんただったんかい!」


 椎名えりの口から明かされたまさか過ぎる真実に思わず俺はそう突っ込んでいた。

 あれはハブられてるから嫌がらせでクラスメイトにされていることだと思っていたがどうやらそうではなかったようだ。


「急にどうしたのよ。今日は一段とおかしいわよ?」


 彼女の言葉に一言余計だと返した後、俺は確信に迫る一言を発する。


「嫌がらせが趣味とかじゃないよな?」

「私がそういう人間に見える?」

「まぁわりと」


 すぐさま彼女に足を踏まれた。

 思いっきり体重を乗せたのか普通に痛い。


「私は嫌がらせなんていう卑劣なことしないわ」


 それもそれで疑問を覚えるところだがそれだけ断言出来るのならきっと、多分、おそらく本心なのだろう。そう信じることにしよう。


 上を見上げた俺の目には青い空、雲一つない快晴が広がっていた。

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