13 妹と良い感じなんだが

「一旦猫の話は置いておいて本題だ」


 目の前で残念そうに肩を落としている椎名えりに向かって俺はそう声をかける。


「そうね」


 椎名えりはこの家に猫がいないというショックからまだ立ち直れていないようだが、それでも本題に入ってくれるらしく俺と向かい合うように座る位置を調整する。

 彼女が座り直すのを見届けた後、現在部活で請け負っている依頼の問題点について質問を投げ掛けた。


「今回の依頼だがどっちを優先する?」


 これは決めないといけない問題、この決定でサポートの仕方が変わってくるのだ。

 俺としては出来るだけ人の邪魔をするようなことはしたくないので応援する方をしたいが……椎名えりの意見も聞かねばならない。


「それなら両方受けようと思っているわ」

「それは本気で言ってるのか?」


 両方受けるといっても二つの依頼の達成条件は全く逆。

 かたや告白をする、かたや告白の邪魔をして欲しいという依頼だ。

 とても両立出来そうにはない。


「本気よ、だから今回は二手に分かれようと思っているの。片方は告白のサポートを、もう片方は告白の邪魔を、という感じでね」


 確かにそれなら依頼を行うこと事態に支障は出ないが……。


「でも、それだと最悪の事態になるかもしれないじゃないか?」


 最悪の事態、それは安藤ひゆりが早見優人に告白をしてしまい、かつフラれた場合。

 このときはどちらの依頼も達成されないことになる。


「それでも別に良いと私は思うわ。確かに邪魔をするという依頼は達成出来ないけど、もう片方は達成出来るわよね?」


 そうか、勘違いしていた。

 安藤ひゆりの依頼は告白をすることで告白を成功させることではない。

 その後成功しようが失敗しようが告白出来た時点で達成となるのだ。


「確かにそうだな……というよりどちらかを達成したら、もう片方の依頼は必ず失敗になるのか」

「そうね、だからどちらの依頼が成功するかは私達次第ってことよ」


 どちらの依頼が成功するか……。

 出来ればどちらも成功させたいがそれは欲張りであろう。

 二兎を追う者は一兎をも得ずだ。


「つまり俺達二人で話し合わないといけないのはどちらの依頼を担当するかだけってことだな」

「そうね、それでどっちの依頼を担当したいか希望はあるかしら?」


 どっちの依頼か……。


「出来れば邪魔はしたくないな」

「なら私が邪魔をする方ね」

「良いのか? そんな役を押し付けて」

「そんな気を使わなくて良いわよ。私だとサポートするつもりでも無駄なことをして邪魔してしまいそうだもの。だったら元から邪魔をする方が良いわ」

「分かった、そっちは頼む」

「任せて頂戴」


 一通り話の区切りがついたところでコンコンと扉を叩く音が部屋の中に響き渡る。

 この家には現在俺の部屋にいる俺と椎名えりの他に妹の夕夏梨しかいない。

 となれば必然的に扉を叩く者の正体は妹の夕夏梨。

 きっと部屋に入るタイミングでも見計らっていたのだろう。

 俺は扉の前まで移動し自ら扉を開ける。

 すると案の定そこには三人分のお茶が乗ったおぼんを手に持った妹が立っていた。


「お姉さんの喉が渇くと思って持ってきただけだから!」


 それでもしっかり俺の分を持ってきている辺り、なんというか出来た妹である。

 ちゃっかり自分の分まで持ってきているのだから本当に良く出来ている。


「まぁ入ってくれ」


 妹は部屋に入ると持ってきた飲み物を置くためすぐさま部屋の中央辺りに設置されている丸テーブルへと向かう。


「お姉さん、どうぞ!」

「ありがたく頂くわね、夕夏梨ちゃん」

「お兄ちゃんもほら!」

「ああ、ありがとう」


 そして最後、テーブルの空いている席に残ったコップを置くと自らもその場所に腰を下ろした。


「それで本当にお兄ちゃんの彼女じゃないんですか?」


 妹は座った直後、突然そんなことを椎名えりに問いかける。

 そう言う妹の目はまるで今まで友達すらまともにいなかった息子に初めて彼女が出来たことを喜ぶ親の目のようだった。

 というかまんまそれだった。


「そうね……」


 そして妹の問いかけをまともに考える椎名えり。

 真剣に考えているのだろうが嫌な予感しかしない。


「私はあなたのお兄さんの彼女……」

「ちょっと待ったあぁ!」


 やはりか、急に何を言い出すかと思えば。

 からかうのもいい加減に……。


「……ではないわ」

「あはは、虫が飛んでてな」


 俺の早とちりだったようだ。

 まぁよくよく考えてみたら椎名えりがそんなことを言うはずがない。

 彼女はこれでも学校で人気のある美少女。

 俺のような平均以下の人間に対して誤解されるようなことなど言わないはずなのだ。


「でも「ちょっと何なの? お兄ちゃん!」なれたら良いとは思っているわ」


 そもそも俺にはそんな……って今なんて言った?

 妹の声と被ってよく聞こえなかったがなれたら良いという部分だけは聞こえた。

 私は虫になりたいとかそういうことか?

 それとも……いやいや、ないないない。

 都合の良いことを考えるのは俺の悪いところだ。

 彼女の近くにいた妹も特に気にしていないようなので、きっと聞き間違えか何かなのだろう。

 一先ずは謝罪の言葉だ。


「急に大声を出してすまない、二人共」

「もうしっかりしてよ、お兄ちゃん」

「私のことは別に気にしなくてもいいわよ。それよりも夕夏梨ちゃんのことをもっと教えてくれないかしら?」

「あ、じゃあ私もお姉さんのことが知りたいです!」


 その後は特に何か起こるということもなく、ただただどうでもいい話で時間が過ぎ去っていった。

 途中から俺がいない者として扱われていたことはここだけの秘密である。

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