4 スキンシップをとったんだが

 湿気の高くじめじめとした空気が流れる五月の県立桜木高校。

 県内で屈指の進学校と謳っているがその実は特にそういうことでもない嘘に塗り固められているといっても過言ではない学校だ。


 そして現在俺は校舎二階と部室棟二階の間に設置されている校舎と部室棟を繋ぐ渡り廊下を湿気で滑らないよう足元に注意しながらゆっくり歩いていた。


 記念すべきと言って良いのか分からないが今日は例の部活の活動日。

 椎名えりによって半強制的に加入させられた『愛と正義に溢れた楽しい部活』なる怪しい部活だ。

 活動内容は今のところ不明、先生方に聞いてみても知っているのは部活名だけでその他は何も知らないという。

 この調子なら生徒の中でも知っている者はごく少数しかいないんじゃなかろうか?


「確か部室棟の四階だったか?」


 色々と考えを巡らせている間に部室棟の階段を二階分上がって四階までたどり着く。

 四階に来てみて思ったが二階、三階と比べてここは圧倒的に静かだ。

 二階では吹奏楽部の楽器の音が鳴り、三階では補習を受ける生徒達の字を書く音が聞こえる中、四階だけが他の階、外から聞こえる音だけが聞こえている。

 まぁ四階は普段他の部活の物置として使われる教室が多いので当たり前だといったら当たり前だが。


「それにしても本当にこんなところで部活をやっているのか?」


 指定された教室は四階一番奥の校庭が見える教室、ということはつまり今の場所から廊下をさらに数メートル程進んだ右手の教室ということになる。

 ペタペタと上履きを鳴らしその教室の引き戸の前へと向かう。

 引き戸の前に立っても中から人の気配を感じないことに一抹の不安を抱きながらも引き戸に手をかけ、横へスライドさせると部室棟四階の教室とは思えない生活感溢れた小綺麗な部屋が姿を現した。

 中に設置されている大きな長方形のテーブルには本を読む椎名えりの姿。

 どうやらここが『愛と正義に溢れた楽しい部活』の部室、間違っていなかったようだ。


「遅かったわね」

「ああ、少し迷ってな」


 見たところ部員は椎名えり、一人。

 まぁこんな怪しい部活に入っているのは椎名えりの顔に釣られた奴か俺みたいに脅迫された奴くらいだと思うので人数が少なくても違和感はないが。

 一先ず椎名えりの対面に設置された椅子に荷物を置き、その隣の椅子に腰を下ろす。

 すると椎名えりは読んでいた本を閉じ、俺に視線を向けた。


「簡単に活動内容を説明するわ。隣に来てくれないかしら?」

「隣か?」

「ええ」


 正直、彼女の隣に行きたくないと言うのが本音だ。

 この間の部活申請書の件で散々な目に合っているからな。


「来ないのなら私が行くわ」


 移動を渋る俺を見てか彼女は立ち上がり、俺の隣にある椅子へと腰を下ろす。

 その行動に俺は身構えるが、一方の彼女は気にした様子もなく俺の腕にひしっと抱きついた……ん? 抱きついた!?


「あの……何をやっていらっしゃるんで?」


 中身はともかく外見だけみればとんでもない美少女の椎名えりに抱きつかれて心臓がバクバクと音を立てる中、俺は声が裏返りながらも彼女に質問をする。


「部活よ、新たな部員と仲良くなるためにスキンシップをとっているの」


 スキンシップ? それにしてはちょっとやりすぎじゃないか?

 椎名えりは自分の胸が俺の腕に当たっているのが気にならないのだろうか?

 それともこの前みたいにまた何か企んでいるんじゃ……。


「どうやら分かっていないようね。これこそがこの『愛と正義に溢れた楽しい部活』の活動内容の一環なのよ」


 椎名えりは一度俺の腕から離れるとコホンと一つ咳をする。

 それから俺の目を見て一言。


「この部活、『愛と正義に溢れた楽しい部活』の愛の部分がまさにこれなの!」

「はっ?」

「つまりは他人とも仲良くしましょうということよ。理解したかしら?」


 つまりなんだ『愛と正義に溢れた楽しい部活』という名前の『愛』の部分が他人に愛を持って接しましょうという意味の『愛』なのか。


「なら『正義』の部分は…………人助けとかか?」

「早坂君、その通りよ。どうやら私の目に狂いはなかったようね」


 まぁ目は狂ってなくても、頭の方は狂ってるけどな。

 とにかく部活の正体は理解した。

 この部活はつまるところボランティア部みたいなものだ。

 どうしてそんなややこしい名前になってしまったのかは分からないが特に気にもならないので一旦置いておこう。

 それよりも……。


「部活の活動内容は理解したんだが、なんでこうなるんだ?」


 自分の腕に視線を落とすとそこには俺を上目遣いで見る椎名えりの姿。

 彼女は何故か俺の腕へと再び抱きついていた。


「さっきも説明したと思うけど、これは新たな部員と仲良くなるためのスキンシップよ」

「それはそうなんだろうが……」


 もう少し距離感を考えて欲しい。

 彼女は外見が恵まれているだけに近くに来られると何かこう色々ヤバいのだ。

 その筆頭がこの決して小さくはない胸と思考を乱す良い匂い。

 正直今はなんとか耐えていられるがずっとこのままだったら理性が崩壊してもおかしくない。


「どうかしたの?」


 いけない……ここで彼女に気づかれてしまえば椎名えりにまた新たな弱みを握られてしまうことになる。

 それだけは避けなければ、平常心だ、俺よ。


「いや何でもない。そんなことよりもさっきまで本を読んでただろ? 続きを読んだらどうだ?」

「でもまだスキンシップが……」

「それなら大丈夫だ。あんたと俺はもうスキンシップを取らなくても通じ合うくらい仲だろ?」


 苦し紛れに放った俺の言葉に椎名えりは微妙に満足げな表情をしながら俺を双丘そうきゅうから解放する。


「そうね、確かにちょうど本が読みたかったところなの。やっぱりあなたを部活に誘って良かったわ」


 それから彼女は自分の席に戻ると初め俺が部室に入ってきたときと同じように本を読み始めた。


 その後椎名えりとは特に会話を交わすことがないまま、俺達二人は部活を終えそれぞれ帰路についた。

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