美少女クラスメイトに(誘われて→脅されて)、陰キャな俺が怪しい部活に(入った→入らされた)話

サバサバス

一章 クラスメイトの恋愛事情

1 見てしまったんだが

 人間同士の関係を表す言葉は世界に多く存在する。

 例えば友達、恋人、家族。

 パッと思いつくだけでもこれだけはあげられる。

 他にもあるだろうが今はそんなことどうでもいい。

 俺──早坂拓也はやさかたくやは考えていた。

 俺と目の前で俺の顔を無表情でじっと見つめる彼女は人間関係でいうところのどのような関係になるのだろうかと……。


◆◆◆


 オレンジ色の光が窓から射し込む中、焦る気持ちを抑えてゆっくり自分の教室へと向かう。

 外からは部活動をする生徒達の掛け声が聞こえており、ごく一般的な学校の放課後の光景がそこには広がっていた。

 いつもなら既に家へと帰っている時間だが今日は不覚にも自分の教室に課題のプリントという非常に大切な忘れ物をしてしまい仕方なく帰宅途中で引き返して学校に戻ってきていた。

 まったく面倒だが、これが無いと明日数学教師に何を言われるか分からないのだから仕方ない。

 ともかく目的の教室の前までたどり着いたので一旦忘れ物を回収することだけに専念しよう。

 この貴重な放課後の時間を忘れ物探しに長く費やしていたくはない。


「さっさと課題のプリントを回収して家に帰りますか」


 教室の引き戸をガラガラと横にスライドさせ、戸の隙間から徐々に見える自分の机へと視線を向ける。


「はぁ……なんて固いのかしら……でもそれがイイ!」


 そこには一冊の教科書をとろけた表情で舐め回す一人の少女が座っていた。


「…………」


 一先ず途中まで開けた戸を静かに閉める。

 どうやら入るクラスを間違えてしまったようだ。

 自らの失敗を反省しつつクラスを示すプレートを確認する。

 しかし何度確認しても、目を擦ってもクラスを示すプレートの文字は変わらない。


「OK、落ち着け、一旦深呼吸をしよう。だとしたらあれは俺が見た幻覚だ」


 そう、あれは幻覚。

 俺以外には誰にも見えない幻だ。

 落ち着け、落ち着くんだ、俺よ。


 しかし、言葉とは反対に段々と混乱する頭。

 ついには戸に足をぶつけ大きな音まで出してしまう。


「誰なの?」

 

 相手に気づかれてしまえば流石にもう後には引けない。

 逃げたい気持ちを抑えつつ再び戸を開け、その先にいる肩より少し長い黒髪の少女を見る。

 よく見るとその少女はちょっと変わってはいるがそこが逆に良いとクラスの男子から人気のある椎名しいなえりだった。


「ど、どうも」


 まずは軽い挨拶から、さも今来ましたよという感じで会釈をする。


「……」


 対する彼女の反応はなし。

 どうやら警戒されているようだ。

 とりあえず俺がここに来た目的を伝えて相手の様子を見よう。


「あ、俺は忘れ物を取りに来ただけで何も……」

「どこまで見たの?」

「何を?」

「見ていたんでしょ? 教室の外から」


 彼女は指先をビシッと教室の引き戸に向ける。

 そんな彼女の行動に精神的に追い詰められるがそれでもあなたが教科書を舐めているのを教室の外から見てました、とは正直言えない。

 言った後にどうなってしまうのか予測出来ないのだ。

 もしかしたら俺の身に危険が及ぶかもしれない。

 なのでここは、あくまでも今来ましたよというていだ。


「何の事だ?」

「惚けないでくれるかしら? あなたの嘘は既に私が見抜いているのよ」

「本当に分からない」

「まだ惚けるつもりなのね。なら私にも考えがあるわ、早坂君。ちょっと良いかしら?」


 椎名えりは手招きをして俺を呼ぶ。

 一体俺をどうする気だ? と警戒しつつも体は無意識のうちに彼女の方へと向かっていく。


「ここに座って」


 椎名えりが示したのは自身の膝の上。

 ん? 膝!?


「いやいやいや……」

「いいから座って!」


 これは膝に座れってことだよな?

 でも女子の膝の上に座るって良いのか?

 後で訴えられたりしないか?


「あんたは良いのか?」

「何が?」

「その……俺があんたの膝の上に座るって何か嫌だろ?」

「別にそんなことはないわ。それに座ってもらわないとこれが使えないもの」


 そう言って彼女が取り出したのは先程舐め回していた数学の教科書。


「使えないってその教科書を?」

「そうよ……」


 少し言葉を溜めた後、彼女は教科書を高く振り上げ、まるでスイカでも割るかのように思い切り下に振り下ろす。


「こう使うの」


 用はあれか。

 俺を抹殺する気なのか。


「そういうことなら遠慮する。俺はまだ死にたくない」

「安心して頂戴、ちょっと強い衝撃を与えてちょっとあなたの記憶を消すだけよ」


 彼女は手でほんの少しだけというのを強調するが俺が

 彼女の『ちょっと』という言葉の裏に隠された狂気を見逃すはずもない。

 つまるところ彼女が言っているのは記憶が消えるまで教科書で殴らせろというとてもクレイジーなことだ。

 普通に死ぬ。


「だから俺はまだ死にたくない」

「大丈夫よ。痛いようにはしないわ」

「その保証はどこにある?」

「私は一応女の子。だから非力なのよ。ということは痛くないわよね」

「確かにそうかもしれないな……まぁ全てその教科書がなければの話だが」

「これは記憶を消すために必要な装備よ。これで殴ればどんな人でも一撃で殺れ……記憶を消すことが出来るわ」

「殺れるって言いかけちゃってんじゃねぇか!」


 俺は渾身の突っ込みを椎名えりに浴びせるが彼女が動じることはない。

 平然と澄ました顔でただ俺を見ている。

 それにずっと気になっていたが……。


「その教科書、俺のじゃないか?」


 俺が指差したのは椎名えりが持っている彼女の唾液がふんだんにトッピングされたベトベトの教科書。

 その教科書には俺の名前がしっかりと記入されている。


「そうよ」


 俺の質問に当然でしょ? とでも言っているかのような表情で椎名えりは答える。

 なんだ? 気にしている俺がおかしいのか?


「それでどうするの? 記憶消しとく?」


 質問のノリが完全に電気消しとく? のそれだが騙されてはいけない。

 これは俺の命が消えるか消えないかの大事な選択。

 となれば俺の答えはもちろん決まっている。


「消すわけあるか!」

「そう、ならまた明日ね」


 椎名えりのまた明日という言葉に俺が恐怖を抱く中、彼女は音もなくスっと椅子から立ち上がる。

 それからは俺を一目見ただけで特に教科書を振りかぶってくるということもなく、静かに教室を出ていった。


「おいちょっと俺の教科書……」


 そして俺の教科書はそのままパクられた。

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