第3話 こんな生活も悪くないと思い始めました。

「ドルさん、食卓に飾る花を適当に見繕っておくれ」


 ドルマが魔王軍を辞めてから五年が過ぎた。

 ドルマは土木工事で稼いだお金をコツコツ貯めて町外れに土地を買い、そこに畑を作った。そして更にお金を貯めて、畑で育てた花と野菜を売る八百屋を営むようになった。

 土と大地に精通したドルマが育てる花は色が良くて長持ちし、野菜は大きくて形が良く、味も良かった。更にドルマの無骨ながらも穏やかな性格が町の人々に受け入れられ、八百屋は小さいながらも繁盛するようになっていた。


「あんた、そろそろ休憩したらどうだい」


 客足が落ち着いた昼下がり、店の奥から顔を出したのはアケミーナであった。

 ドルマはあれから足繁くアケミーナのバーに通い、アケミーナと復縁したのだ。


 ドルマは店先のベンチに腰掛けて、アケミーナの作ったサンドイッチを食べながら茶を啜る。


「あれからもう五年か……」

「色々あったわね」


 色々とは、まぁ色々だ。

 花や野菜の品種改良に苦労したりとか、アケミーナの元カレが殴り込んできたりとか、確定申告のやり方とか税金の徴収とか。しかし、それら諸々の事は殆ど自慢の怪力と土属性の技でなんとかなった。


「今思えば、あの時魔王軍を辞めて本当に良かったと思う」

「どうしたんだい急に?」

「あの頃は毎日仕事が忙しくて、こうしてゆっくり空を眺める事すらできなかった。充実はしていたけど、こういう穏やかな幸せとは程遠い日々だったな」

「……そうかい」

「それに、今はお前が隣にいてくれるしな」

 そう言ってドルマはアケミーナの頬にキスをした。


「なっ……!? あんたこんな所で何やってんだい!! 全くバカだようちの旦那は!!」

 そう言いつつも、顔を赤くしたアケミーナも満更ではない様子であった。今夜は八百屋の二階が揺れる事になるかもしれない。

 するとそこに、甘い空気をぶち壊すように近所に住む遊び人のヒロシムが駆け込んで来くる。


「てぇへんだてぇへんだ!!」

「なんだヒロシム。いい所で邪魔しやがって」

「それどころじゃねぇよドルマの旦那! 三丁目のカジノで酔っ払いが暴れてるんだ!! すぐに来てくれよ!!」

「あぁ? 酔っ払いくらい衛兵が取り押さえるだろう」

「それがよ、その酔っ払いってのがえらく腕っぷしが強くて、衛兵じゃあ手が出ねぇんだよ!」

「……ったく仕方ねぇなぁ」

 お人好しなドルマは腰を上げて店の奥から斧を引っ張り出すと、ヒロシムについてカジノへと向かった。



 ☆


「オラァ!! この店のスロットは設定が入ってねぇじゃねぇか!!」


 ドルマがカジノに着くと、奥から男の叫び声と共にドンガラガッシャンと暴れる音が聞こえてきた。声のする方へ進むと、カジノの奥では小汚い格好をして髭を長く生やした赤髪の男が大剣を振り回して暴れていた。


「おいアンタ、何やってんだ! 止めろ!」

 ドルマがそう言うと、男は暴れるのを止めてドルマの方を見た。


「あぁ!?」

 そしてその男の顔は伸びた髭と汚れですっかり変わり果てていたが、ドルマのよく知っている顔であった。


「グ、グレン!? なぜここに!?」

 そう、酔っ払いの正体は、かつて魔王軍四天王の同僚だった、あの炎のグレンであった。


「なんだぁお前? 俺の昔の知り合いによく似てやがるなぁ……ムカつく面してやがる!!」

 グレンは大剣を振りかぶり、ドルマに襲い掛かってくる。それをドルマは斧で受けた。グレンの一撃は酔っていても力強かったが、ドルマも戦場を離れたとはいえ土木工事と農作業で鍛えられていたおかげで力負けする事はなかった。


「止めるんだグレン!!」

 ドルマが怪力でグレンを弾き飛ばすと、グレンは軽やかに宙返りして着地する。そして大剣を構え直し、頭上で大きく一回転させる。すると大剣を真っ赤な炎が包み込んだ。炎に包まれた大剣をグレンは大上段に振りかぶる。


「やるじゃねぇか。ますます知り合いに似てやがる。本気でいくぜ!!」

 ドルマは「まずい」と思った。それはドルマも知っているグレンの大技の構えだったからだ。ドルマの背後にはヒロシム、そして二人の周りには野次馬達がいる。迂闊に受けたり躱したりすれば被害が出てしまう。


「紅蓮滅却————」

 グレンが大剣を振り下ろす前にドルマは素早く動いた。


「グランドクエイク!!」

 ドルマが床に手をつくと、コンクリートでできたグレンの足元の床が隆起して、グレンの股間を直撃する。


「あんっ……!!??」

 グレンは声にならぬ悲鳴をあげ、大剣を取り落として昏倒した。




 ☆


 ドルマはグレンを家に連れて帰り介抱した。

 そして目を覚ましたグレンにドルマは問いかける。


「グレン、一体何があった? どうしてこんな所にいる?」

「……ドルマ? お前こそなぜここに……」

「俺の事はいい。何かあったのか?」

 グレンはしばらく虚な目で黙りこくっていたが、やがてポツリポツリと語り始めた。


「あの野郎……あの野郎がやらかしやがったんだ……」

「あの野郎って誰だ? 魔王様か?」

「違う! ステイル、雷のステイルだ!」

 脳味噌から抹消しかけていた嫌な名前を聞き、ドルマは顔をしかめる。


「半年前、あの野郎がクリアと組んで会計士をたらし込み、魔王軍の運営資金を殆ど持ち逃げしやがったんだ」

「なんだって!?」

「おかげで魔王軍は大幅縮小、四天王も解散になって、俺はリストラされちまった……だけどそれだけじゃなかった。奴は持ち逃げした金でクーデターを起こし、魔王城を乗っ取ったんだ」

「それで、魔王様は今どうしているんだ!?」

「魔王様は力を封じられ、今はご家族と共に地下牢に監禁されているはずだ。まだ殺されてなければな……」


 グレンの報せはドルマにとって衝撃的なものだった。

 すると、グレンはベッドから起き上がり、おもむろにドルマに向かって土下座をした。


「ドルマ、都合が良い話だとは思うがかつての同志としての頼みだ! どうか魔王様の救出と魔王城の奪還に力を貸してはくれまいか!? 俺一人じゃどうにもならなかったが、お前が一緒ならもしかしたら……。魔王様は確かにパワハラとセクハラが酷くて、残業代もろくに払わなくて見栄っ張りだった。だけど、あの人は確かに魔族のために軍を率いて人間達と戦っていた! それはお前も知っているだろう!?」


 ドルマはグレンを真っ直ぐに見据え、口を開こうとした。すると、寝室のドアが開いてアケミーナが部屋に入ってくる。


「あんた。酔っ払いは目を覚ましたのかい?」

「あ、あぁ……」

「全く、明日は再婚記念日だっていうのに厄介な客を招き入れてくれたね。酔っ払いさん、目を覚ましたならさっさと出て行っておくれよ」

 そう言うとアケミーナは寝室を出て行った。


「……すまないグレン。俺には今の生活があるんだ」

 ドルマの言葉に、グレンは何も言わずに立ち上がる。そしてグレンは去り際にこう言った。


「明日の日の出に合わせて俺は街を出る。達者で暮らせ。それから……五年前はすまなかった」と。

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