第32話 魔王の姉になりました

 *



「――あとはカナも知ってるとおり、わたしは魔物たちをまとめて人間に仕返ししてやったの。魔物たちや悪魔だけじゃなくて、アンデットとか異形とか、色んな種族がわたしの元に集まってきた。……いつしかわたしの〝勇者〟の職業(ジョブ)は〝暗黒勇者〟になって、新たな勇者が生まれた。……それがあのレオン」


「……そう、だったんですね」


 私はようやくその言葉だけを絞り出した。

 魔王様は……私なんかよりよっぽど過酷な人生を歩んできてたんだ……。


 そんなことはアホな私にでも分かる。そもそも、そんな話を聞かされたところで、私に魔物たちの運命を背負う覚悟なんてできないし……。

 やっぱり私なんかに務まるのかな? 暗黒勇者って職業は……。


「悪魔としてわたしと契約してくれた悪魔族当主のレヴィアタンと、強力な魔物デュラハンのノーランは、まだ子どものわたしに色んなことを教えてくれて……彼らが四番目の両親……かな?」


 魔王は照れくさそうにそう言うと、ふぅーっと大きく息をついた。よほど疲れたのだろう。そりゃそうだよ、自分の辛い経験を他人に話すのって疲れるもん……。


 こんなに小さいのに(実年齢はもっと上らしいけど)、勇気を出して話してくれた魔王様……。私にできることは、そう、これくらいかな?


「――魔王様、失礼します」


「えっ……あうっ……」


 私は立ち上がると、魔王様の小さな体をぎゅっと抱きしめた。

 魔王は変な声を出したものの、抵抗せずに大人しく抱きしめられている。


 ……やがて、小さな手が私の背中に回されて……魔王の肩が小刻みに震える。


「……ぐすっ……うぇ……うぇぇぇ」


 そりゃあ辛いよ。小さい頃から頼れる親はいなくて、信用してる人には裏切られて……人の上で『強い魔王』を演じなきゃいけなくなって……誰にも甘えられてないんだよね?


 私は嗚咽を漏らす魔王――ユイちゃんの背中をひたすら撫で続けた。

 こういう時に相手の頭を埋めてあげられるだけの胸があるって素晴らしいと思う。よかったぁ……おっぱい盛っておいて。


 どのくらいそうしていただろうか……。

 やがて魔王は泣くのをやめたので、私はそっとその体から離れた。


「……ごめんなさい。わたし……」


 魔王が白目まで真っ赤になった目をこすりながら謝るので


「ううん、全然大丈夫ですよ」


 私は努めて優しい笑みを浮かべるように(上手くできてるかな?)しながら言った。


「カナ……敬語はやめて普通に話してくれる?」


「は、はいっ……うん、わかった」


 どうやら私は、魔王様にとって唯一信用できる人間として認定されてしまったらしい。

 まあ私以外身の回りにいるやつら全員魔物なんだからね……たまには人肌が恋しくなる時もあるよね。


「あと、お姉ちゃんって呼んでもいい?」


「えぇっ!?」


 これにはさすがの私も驚いた。……そんなにですか? 魔王様?

 リアルお姉ちゃんとして弟たちの面倒を見てきた私だけど、魔王様の面倒を見れるかと言われると……重いよ。


「うそうそ、冗談だよ。……お話聞いてくれてありがとう! カナ」


 魔王はいたずらっぽく舌を出してみたりしている。……もうすっかりテンションは元通り……なのかな?


「じゃあ、わたしの暗黒勇者の力、カナに渡すね?」


「お、お願い……します」


 あ、いよいよ私に魔王様の力が……?


「あっ、その前に二つ注意点があるんだけど……」


「なあに?」


「えっと……暗黒勇者の力で、カナには魔法以外にも色んなスキルが付与されると思うんだけど、そのほとんどが〝森を侵す者の呪い〟で使えないと思うよ」


「な、なんだってぇぇぇぇっ!?」


 私は思わず大声を上げた。……せっかく手に入ると思った力、それも呪いで使えないなんて……おのれルナァァァァッ!


「カナが使えるのは職業(ジョブ)ボーナスの大幅なステータスアップと、わたしも使ったことのない〝奥の手〟『完全解放(ブレイクバースト)』くらいかな? それでも役に立つはずだよ」


 ……なんだ、ステータスアップの恩恵は受けられるのか……それならまあ。


「なにその完全解放(ブレイクバースト)って?」


「完全解放(ブレイクバースト)っていうのは、体の魔素を全て身体能力の強化に回す裏技で、カナの場合は魔素の量がすごく多いからほんとに凄まじい強化になるよ。……なるんだけど」


「だけど?」


 魔王の目が右上の方にすーっと泳いでいく。相当言いにくいことみたい。


「本来魔法のために使う魔素を無理やり身体能力の強化に使うわけだから当然無理があって……まず、制限時間が約三分。カナの場合はもっと短いかも。次に、効果が切れるとしばらく動けなくなる。……最後に、一度使うと二度と使えなくなる上に、魔法が一切使えなくなる」


「……」


 それは……恐ろしい諸刃の剣だ。

 呪いがあるから最後のデメリットはあまり考えなくていいにしても、使うならここぞっていう時にしないと……できれば使わずにレオンを倒したい。


「まあ、そういうのもあるよってだけだから! 使うつもりないなら忘れて!」


 魔王も同じことを考えていたようで、慌てて手を振りながらフォローしてくれた。


「ありがとう。……で、二つ目の注意点は?」


「あー、それは……暗黒勇者になると、職業についている呪いで体の成長が止まるの。……わたしみたいに」


「それなら全然平気」


 魔王様と違って私はもう十分成長したからね。


「……じゃあ、始めるね」


 魔王は玉座から立ち上がって私のすぐ目の前に立つと、しゃがんでいる私の胸に右手を当てる。


「……〝職業変更(ジョブチェンジ)〟」


「っ!?」


 魔王が静かに告げると、私の胸にバシンッ!! という電気ショックのような衝撃が襲ってきた。いや、私電気ショック食らったことはないから分からないんだけど、例えるならそんな感じ。


 そして、すぐに私の頭の中に溢れたのは、先程魔王が語ってくれた悲しい過去。……公園で手を繋ぐお父さん。風呂に沈められる私。魔物を殺す私。お父さんを殺す私……。


「あぁぁぁぁぁぁっ!?」


 私はパニックになって叫び声を上げ続けた。痛い……辛い……痛い……苦しい。

 こんなの、事前に言われてなかったらショックで精神が壊れちゃうよ……だから魔王は私にあの話をしてくれたのかな?


「カナ……」


 魔王は私の胸から手を離して私の体を抱きしめてくれる。……私が魔王にしたように。


 あれ、でもおかしい。あんなに小さかった魔王様の背丈は私よりも高くなっていた。私の体縮んでない!? 暗黒勇者の呪いで縮んだのかな!? あぁぁぁぁぁぁっ!! カナちゃんのパーフェクトボディーがぁぁぁぁぁぁっ!? いや、ロリカナちゃんもアリか? アリなのか!?


「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 魔王の悲しい過去よりも、そちらのショックの方が大きいようで、私は再びパニックを起こしてしまった。


「カナ、もう終わったよ? 大丈夫……?」


「大丈夫じゃない……私のおっぱいが……」


「……ん?」


 魔王様は首を傾げながら私の胸を触る。……モミモミ。あれ、前と変わってないじゃん私。

 ……ってことは?

 私は恐る恐る口を開いた。


「魔王様……」


「「大きくなってるぅぅぅぅ!?」」


 私と魔王は同時に叫んだ。

 魔王様は美しい銀髪と紅い目の色はそのままに、長身で物憂げな瞳のダウナー系お姉さんに職業変更(ジョブチェンジ)していた!


「呪いが解けて成長したんだね……今はカナの元の職業の高位魔導士(アークソーサラー)を受け継いだみたい。……だからこんなことも」


 魔王は、すっかりツルツルテンになってしまったゴスロリ衣装を見て複雑な表情をすると、指をパチンと鳴らして衣装をカッコイイ黒ドレスにチェンジするという便利技をやってのけた。……なにそれ私も使いたい! 多分使えないけど!


「……どう? 暗黒勇者は?」


 魔王は私を見下ろしながら尋ねる。……うぅ、なんだこの美人お姉さんは……。


「は、はい。いい感じです!」


 私は軽く飛び跳ねてみたりしてみた。体がものすごく軽い。まるで別人になったようだ、

 これがステータスアップの効果なのかな?

 頭の中の魔王様の記憶もだいぶ整理がついてきた。


「魔王様の想い……確かに受け継ぎました」


 私は魔王の紅い瞳を見つめながら言う。せっかくのタメ口許可だけど、こんな美しいお姉さんの前でタメ口で話せないよ……。


「……よかった」


「……でも」


 安心した様子の魔王に私は続ける。


「私はこの力を魔物のためじゃなくて、自分の目的のために使います。……ムカつくやつを殴るため、相棒のため、師匠の仇をうつために……」


 魔王の想い、魔物のために戦う決意、弱きを助け強きをくじく、そんなお父さんの願いまで私は全て受け継いだ……でも私にはそれらを背負うだけの力も覚悟も頭脳もないから、全部一旦置いておいて、まずは私のために力を使う!


 後のことはそれから考えればいい、

 ……ごめんね、魔王様。


 すると魔王は、ふっ……と優しく笑った。


「カナらしいね。……いいよ、わたしの想いがカナの中に生きている。……それだけでわたしは嬉しいから」


「魔王様……」


「魔王様じゃなくて、ユイちゃんって呼んでね。お姉ちゃんっ!」


 美しい銀髪のお姉さんが舌を出しておどけながらそんなことを言ってきたので、カナちゃんはしばらく呼吸ができなくなってしまうのでした。

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