第29話 ユイの『ユ』は勇者の『ユ』
*
わたしには何人ものお父さんがいた。
もうほとんど覚えていない最初のお父さんお母さんは、とても優しい人だった。
どこかの公園で、わたしを真ん中に挟んで三人で楽しそうに歩いている記憶だけが鮮明に残っている。
「ユイは俺たちの自慢の娘だ」
よくお父さんはそう言ってくれた。
わたしは嬉しくてお父さんとお母さんの顔を交互に見上げて微笑むと、お父さんとお母さんも微笑み返してくれた。
……でもその顔はおぼろげにしか覚えていない。
――突然お父さんとお母さんがいなくなったから
その後わたしを引き取った親戚のおじさんおばさんは、お父さんお母さんが事故で死んじゃったと教えてくれた。
当時のわたしは死んだということがよく分からなくて、またしばらくしたら戻ってきてくれるのかなと思ってたけど、いつまで待ってもお父さんとお母さんは戻ってこなかった。
次にお父さんとお母さんになったのは、その親戚のおじさんおばさんだった。
二番目のお父さんお母さんは、最初のお父さんお母さんに比べてとても厳しかった。
まだ五歳だったわたしは家の手伝いをさせられて、間違えるとすぐに叩かれたし、わがままを言うとすぐに叩かれた。
とても痛かった。前のお父さんとお母さんはそんなことしなかったのにどうして? と尋ねると
「前のお父さんとお母さんは甘すぎたんだよ。厳しくしないとちゃんとした大人になれないから、お前のためを思ってやってるんだよ」
と言われた。
なるほどと思ったけど、わたしは痛いのは嫌だったのでお父さんお母さんには逆らわないようにして、せっせと働いた。
それでも小さい体ではどうしてもできないこともあったし、間違えてものを壊してしまうこともあった。
そんな時は思いっきりお腹や背中を叩かれた。ごめんなさいと謝っても、泣いても、痛いと騒いでも、食べたものを吐いてもやめてくれなくて、抵抗できなくなってぐったりしたところでやっとやめてくれた。
叩かれたところは紫のアザになったりしたけど、顔とか手とか目立つところは叩かれなかったのは、優しさなのかもしれない。……それとも。
お父さんお母さんの〝しつけ〟はどんどんエスカレートして、寒い日に外に出されたり、ごはんを食べさせてもらえなかったり……
ある日、わたしはちょっとしたことが原因でお父さんを怒らせてしまい、水を張ったお風呂に沈められた。
――寒くて
――苦しくて
自分に力がないことが辛かった。
自分が出来損ないだからお父さんお母さんの役に立てないんだって……そう思った。
その時、ふと頭の中に浮かんだのが、最初のお父さんに言われた言葉。何度も何度も言われた言葉だった。
「ユイは弱い人、助けが必要な人を助けられる人間になれよ」
「ユイの『ユ』は勇者の『ユ』だ」
強くなりたい。
――勇者になりたい。
そう思いながら、わたしの意識は闇に飲み込まれていった。
*
気づいたらわたしは懐かしい公園にいた。
「あれ、お父さん? お母さん?」
わたしは公園の芝生の上を走った。大好きなお父さんとお母さんを探して。
でも、二人はどこにもいなくて……というか、よく見ると懐かしい公園でもなかった。
木の多い場所を公園しか知らなかっただけで……。
「あれ……あれ……」
どこまで走ってもお父さんとお母さんは愚か誰もいない。わたしはだんだん寂しくなってきた。
「うぅ……お父さん……お母さん……」
泣きながら走っていると、小さな池を見つけた。
喉が渇いていたので、水を飲もうと池のほとりにしゃがみこんだ時
「えっ……?」
水面に映った自分の姿を見て、わたしは驚いた。
そこに映っている顔は、銀色の長い髪の毛に紅い目をした、わたしとは似ても似つかない姿をしていた。
「うそ……これがわたし?」
――見たこともない場所
――見たこともない自分
ここはどこ? わたしは誰?
「わ、わぁぁぁぁっ!?」
わたしは大声を上げながら再び走り出した。
「……ぶぁっ!」
そしてぬかるみに足を取られて転んでしまった。
「痛い……痛いよぉ……」
痛いのは慣れていたはずなのに……ただ寂しくて、わたしはその場で泥だらけになりながら泣いた。
「……どうした嬢ちゃん?」
突然そんな声がして、わたしは顔を上げた。……目の前には心配そうな顔でわたしの顔を覗き込んでいる、大きな斧を担いだおじさんの姿があった。
「……帰る場所ねぇのか? 親はどうした?」
「うわぁぁぁぁん!!」
安堵感で泣き出したわたしに、とりあえずうち来るか? と声をかけて、わたしを抱き上げ、家に連れ帰った木こりのおじさん。……それが三人目のお父さんだった。
三人目のお父さんとわたしの生活はとても楽しかった。山の中の家の周りは、自然が豊かでわたしは退屈しなかったし、厳しくしつけられたお陰で家事を手伝うこともできたので
「とても助かる」
とお父さんは言ってくれた。
そんな生活が何年続いただろうか。お父さんはわたしにいろんなことを教えてくれた。この世界の成り立ち、怖い魔物のこと、強いドラゴンのこと、魔法のこと……そんなのずっとおとぎ話だと思ってた。でもこの世界には確かにそれらは存在しているらしかった。
――もしかしたら今までいた世界とは別の世界に来てしまったのかもしれない
そんなことをよく考えた。
ある日、お父さんがわたしを街へ連れて行ってくれた。
でも、その街はわたしの知っているような街じゃなくて、鉄とかコンクリートじゃなくて、木とか石でできた建物ばかりだった。
お父さんはわたしを『神殿』と呼ばれる大きくて綺麗な建物に連れてきてくれた。
「お前も将来のためになにか職業(ジョブ)を探さないとな」
「職業……わたしは何になるんだろう?」
「なあに、適性は神官が確かめてくれるさ」
そう言って、お父さんは神官に数枚の銀貨を渡し、白いローブを身にまとったおじいさん神官がわたしの前に進み出た。
「では、職業適性を調べるぞ」
「お、お願いしますっ」
わたしは緊張しながら目を閉じる。
すると、神官の手がわたしの額に翳される感覚があって……
「……ん?」
いつまで経っても終わらないので、わたしが目を開けると、目の前でおじいさん神官が手を翳した姿勢でカタカタと小刻みに震えていた。
「あ、あのぅ……どうかしました?」
恐る恐るといった感じでお父さんが神官に問いかける。
「こ、ここここここれは……」
「ここここ?」
神官のただならぬ様子にわたしは首を傾げる。
「こ、この子……いえ、この方は既に職業をお持ちですぞ!!」
「はぁっ!?」
神官の言葉にお父さんが大声を上げた。
「いやいや、俺はこいつに職業を与えた記憶ねぇぞ?」
「しかし確かに既に職業を持っています……」
「で、なんの職業なんだよ……? 俺と同じ『木こり』か?」
「それが……」
神官はローブの袖で額に浮かんでいた大粒の汗を拭うと、唇をわなわなと震わせながらゆっくり告げた。
「この方の職業(ジョブ)は冒険者……その中でも固有職業(ユニークジョブ)の『勇者(ブレイブ)』です……」
「――ゆ、勇者だとぉ!?」
お父さんが素っ頓狂な声を上げた。
「ま、まさか実在していたとは……伝説のとおりだとすれば、勇者が現れた時、この世界に危機が迫っている証だとか……」
「う、うそだろおい……確かに奇妙な髪と目の色だと思っていたが……」
神官とお父さんが今にもひれ伏しそうな勢いでわたしのことを凝視している。
でも、わたしは一人納得していた。
――あの時
――冷たいお風呂に沈められた時
わたしは願ったんだった。……強くなりたい。勇者になりたいって。
「ふふっ……ユイの『ユ』は勇者の『ユ』……」
願いは……叶った。
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