第15話 必殺、触手責め!

 試合は1週間後、対戦相手も割と新人の選手らしい。

 私のデビュー戦、なんとしても勝利して、輝かしい1歩を踏み出さないといけない。

 私は、採掘場での労働がなくなった分空いた時間を食材の買い出しの他に、自主トレーニングにあてた。


 具体的には、ランニング筋トレのような基礎体力をつける訓練の他に、私への見張りの仕事がなくなって暇そうに留守番をしていたオーウェンを相手に、魔獣なしの実戦形式、要するに徒歩での戦闘? で訓練をしたのだ。


「俺の方が先に弟子入りしたのに、お前の方が先にデビュー戦をむかえるというのが気に食わねぇ」


 オーウェンは自分の得物であるロングソードを腰の前で正眼(せいがん)に構えながら言った。なるほど、抜け駆けした私をボコボコにしたくてしょうがないようね。


「恨むなら自分の見た目を恨みなさいよ」


 私も、やっと自由自在に振れるようになったショートソードを構えた。魔物相手の場合は、小型の武器ではそもそもダメージを与えることができない場合もあるので、できるだけ大きな武器が使いたい。……次はショートランスにでも挑戦してみようかな?


「ウォァァァッ!」


 案の定、私の挑発に乗ったオーウェンは、咆哮を上げながら突撃してきた。……なんて単純なんだろう……

 オーウェンはロングソードを腰ためにして私の心臓を突き刺すように一直線に突撃してきたので、ロングソードに必要以上にビビらないように注意しながら引きつけて、セオリー通り相手の利き手の右側に跳んでなんとか躱した。あんなものを受ける訳にはいかない。


 オーウェンは振り向きざまにロングソードを右側に大きく振り抜いて、今度は私の頭を狙ってきた。これは、ショートソードで擦るようにはね上げて軌道をずらしてあげる。


 そこからがら空きの胴体に必殺の一撃を……と、ここまで仕事の合間にちょくちょく技を伝授しに来てくれたディランに教わったとおりにいってたんだけど、最後オーウェンの胸に振り下ろしたショートソードは僅かに届かず、その前にオーウェンの蹴りが私の腹部に炸裂した。


「ぐはぁっ……!」


 めちゃくちゃ痛い。目から星が飛んで、口に血の味が広がる。ほんとに死ぬかと思った。

 私は衝撃で数メートル飛ばされて地面に転がった。……やはり相手は魔物、一筋縄ではいかないし、肉弾戦ではか弱い女の子の私が敵うはずもないのだろうか。


 動けない私にゆっくりとロングソードを振りかざしながら近づくオーウェン。

 私はひとしきり咳き込むと、詰まる喉を無理やり動かして、これだけ呟いた。


「……こ、降参」


「ったく、しょうがねぇやつだな……」


 オーウェンはロングソードを腰に差していた鞘に納めると、私に手を貸して立たせてくれた。私(ムカつくやつ)を思いっきり蹴っ飛ばせて満足したのかな?この犬っころ、たまーにいいところある。


「詰めが甘いんだよお前は。そんなんじゃあモンスターギャルドで勝ち抜こうなんて夢のまた夢だな」


「……次は負けないから」


「じゃあ次も容赦なく叩き潰すとするかぁ」


 オーウェンは余裕の表情だ。……といってももう少しでやられそうだったくせに! あと少し、あと少しスピードがあったら……


 そこから、私はランニングなどの持久力よりもダッシュで瞬発力を鍛えたりして、短期決戦に持ち込めるようにトレーニングをしてみた。


「確かに、体力に自信の無い場合は、最初から全力ですぐに決着をつける方が良いな。あとお主(ぬし)はもっと脚力を鍛えよ」


 とディランのアドバイスもあって、上半身よりも下半身を優先的に鍛えた。脚だけでマシューから落ちないようにホールドできるようになるだけで、だいぶ戦略の幅は広がるし、腹ばいでしがみつくよりも見栄えがいいんだって。そりゃそうか。

 お陰様で毎日下半身に筋肉痛が集中して、ろくに歩けないこともあったけど、真面目にトレーニングに打ち込む私を気遣ってか、エミールもまめに回復魔法をかけてくれた。ほんとに助かるよ。


 さて、体を鍛えるのもそれなりに順調だったけど、本務である養成所の料理長のほうも割と順調で、毎日街に出かけては新しい食材を手に入れてきて(ディランから渡された資金の他に、採掘場の塩を物々交換したりして意外と楽に手に入る)実にバラエティー豊かな料理が作れるようになったし、あの調味料屋のバフォメットともすっかり仲良しになった。


 特に、前世でも得意だった卵焼きはとても好評で、毎日誰かの希望で、珍しい魔物の卵で卵焼きを作らされた。色とかがおぞましいものもあったけど、みんな結構美味しくできた。


 そんなこんなで、あっという間に試合の前日の夜になってしまった。

 いまだに対戦相手の情報は明らかになっていない。

 ディランに聞くと、そういうことは割とよくあることらしい。当日に偉い人の気分でマッチングされるとか……どちらにせよ、相手の対策がとれないのは不安だよ……


「マシュー……私明日ほんとに勝てるのかなぁ……」


 どうしても不安で寝れないので、私は寝っ転がった状態で膝を立て、左右の膝のあいだに大きめの石を挟んで腹筋を使って上下するという、ディラン直伝のトレーニング(腹筋を鍛えると共に魔獣をしっかりと両脚でホールドする力が養われるらしい)をしながらマシューに聞いてみた。


「……ん、まあ大丈夫だろう。カナはよく頑張ってるし、俺がなんとかする」


「ふぅ……ふぅ……カナじゃなくて……カトリーナでしょっ」


 このトレーニング、数回やるくらいなら楽々できちゃうんだけど、10回とか続けているとだんだんキツくなってきて、目標の100回やろうとするとだいたい途中でバテてしまう。いけないなぁ、もっと気合い入れないと!


 マシューも、私のことはあまりアテにしていないようで、自分が頑張って勝てばいいとか思っているようだ。…それじゃあなんというか……モンスターギャルドの意味がなくない? と思わなくもない。


「そうだな。カトリーナは自分のやりたいように戦えばいい。俺は俺のやりたいようにやるから」


「……自分の……やりたいように……かぁ……ふぅっ……あーもうだめ!」


 私はその場で大の字になった。


「前日にわざわざ筋トレして疲れなくてもいいと思うぞ……」


 呆れた声で言うマシューだけど、まあいざとなったらまたエミールに頼んで回復魔法かけてもらうし、とにかく今は何かやってないと落ち着かないの!


「不安で寝られない……」


「寝ろ……」


「寝られない……」


「寝てください……」


 その後実際なかなか寝られなかったけど、そんな感じのやり取りを繰り返してたらいつの間にか寝てしまっていたようだ。私も単純だった。オーウェンのことは言えないね。




 翌日、私は誰にも起こされることはなく、自分でパッチリ目覚めることができた。すごい! 成長!


 その後、朝食を作ってみんなで食べると、いよいよ闘技場(コロシアム)に向けて出発することになった。いつもディランが出かける時のように、私が馬車の方に向かっていくと


「……どこへ行くのだお主」


 と背後からディランの声がかかった。


「えっ、いや、だって馬車に……」


 私の言葉に、ディランの隣でトラウゴットが深くため息をつくと


「あなたみたいな新人が馬車で闘技場まで行けるわけないじゃないですか……私だって歩いていってましたよ?」


「あれ、そうだっけ……? どうしてもダメ?」


 だってここから闘技場ってだいぶ遠いんだもん……


「ダメに決まってるじゃないですか……」


「そっか……」


 仕方ない。大人しく歩いていくしかないよね……街を燃やしちゃうからマシューに乗っていくわけにもいかないし。マシューは後で魔法陣で直接闘技場に転送されるみたい。

 モンスターギャルドに出場する魔物は巨大なやつや凶暴なやつ、生息域が特殊なやつとかもいるから基本的にみんな魔法陣で転送してるんだって。どの養成所にも魔法陣を発生させる装置があるらしい。


 というわけなので、私は闘技場まで30分以上かけて歩いた。トレーニングで鍛えた体力のおかげであまり疲れていないけど、ちょっとテンション下がったかも。


 サンチェスの街を訪れた当日にクロエと来た闘技場(コロシアム)それがまた目の前に現れる。やっとここで戦えるんだね……そういえばクロエは元気かな? また相変わらずモンスターギャルドにハマってるのかな? もしかしたら今日もいたりして?


 私は控え室のような空間でマシューと合流した。


「魔法陣で転移するというのは新たな体験だったが……あれはあまり気持ちのいいものではないな……」


 とこぼすマシュー


「いや、ここまでわざわざ歩いてくるのもあまり気持ちのいいものではないわよ」


「……それもそうか」


 うん、いつものマシューだし、いつもの私。大丈夫、行ける!


「じゃあ行こっか……!」


 私はマシューの背中に乗ると、その背中を優しく撫でた。


「あぁ、勝ってこよう!」


 私は新人だし、ディランのように、お供もなければマネージャーとかもいない。でも私にはマシューがいる。頼れる相棒が!


 闘技場には既に対戦相手がいるようで、闘技場は歓声に包まれていた。


「さあ、悪役の登場だよ!」


 私とマシューは闘技場の中心へ向かう。私はローブを目深に被ったいつもの外出スタイルだし燃え盛るトカゲに乗った姿と相まってだいぶ不気味に思われているのだろうか、会場が次第に静寂に包まれる。

 私は対戦相手を観察した。……といっても、なにあれ……大きなカタツムリの殻のようなものの上に座って三股の槍〝トライデント〟を構えるトカゲ頭の亜人、リザードマン。

 ……なるほど、あの殻が魔獣なの? あんなので戦えるの? とりあえずリザードマンの槍にだけ注意してリーチに入らないようにしながら倒そう。

 ……とか考えながら、私はローブをバサッと脱いだ。ローブと同じくラヴァワームの糸で作られたスパッツと胸当て、だいぶ露出は高めだけど、ラヴァワームの糸は希少だししょうがない。これでも急いでオーダーメイドしてもらったんだから。


 ローブに隠れた私の姿が顕になった瞬間、場内がブワァァァッ! と盛り上がった。私が美少女過ぎたからかな?

 ……ん? いや、これは歓声じゃない……ブーイング……?

 どうして……私が人間だから……? でもこんなはずじゃ……いや、ある程度は覚悟していたけど、実際にやられると結構傷つく。


「俺様は人間をコテンパンに叩きのめしてやるのが夢だったんだ……やっとその夢が叶うぜ」


 と、対戦相手のリザードマンが言ってくる。


「夢は夢のまま終わるよ」


 私もとりあえず悪役っぽいことを言って、ショートソードを構えた。今度はマシューの体に近づけすぎないように気をつけないと。脚だけで体を支えられるようになったので、その心配は少なくなったけど。


 ピィィィィィッ!!!


 と懐かしい笛が鳴って、私の初試合が始まった。


「先手必勝!」


 開始と同時に、マシューが炎を吐く。最初から容赦なしだ。しかし、場内はまたしても歓声に包まれる。リザードマンの乗っている殻から凄い勢いで水が吹き出して、マシューの炎を相殺したのだ。……ていうかなんなのあの魔獣。


 私が唖然としていると、殻からはまた何か長いものが凄い勢いで出てきた。


「うわっ!」


 慌ててショートソードで防ごうとしたけど、その物体はショートソードを握る私の腕に絡みついてきた。……あっ、なんかものすごく嫌な予感がする…


 見ると、殻の中からイカを思わせる軟体動物がのそっと出てきて、触手をうねうねさせている。これはまさか……触手責めというやつでは!?

 そんな薄い本みたいな展開になってはいけない。という気持ちとは裏腹に、私の両手にはしっかりと触手が巻きついているし、離してくれそうにもない。マシューの炎は水で相殺されるので効果なし。両手使えないからショートソードも使えないし……


 はぁ……カナちゃん史上最高のピンチかも……

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