脇役で嫌われ者の悪役令嬢の腰巾着に転生したのになぜかヒロインよりヒロインしてます

花咲夕慕

プロローグ

 教室も駄目。廊下も駄目。中庭も駄目。学校中を髪を振り乱しながらばたばたと走り回る。


「ねえどこ行っても誰かいるんだけど! ねえ!」


“いいじゃん、人気者だよ”


「どこが! 大体これはハルクが――」


“あー、だめだ、活動限界”


「嘘つけ! あんたまだ今日時間残ってるだろ! 知ってるんだからね!」


 すっとぼける彼に大声で喚くと、随分楽しそうな笑い声が返ってきた。


“ごめんって、ハルカ。ぼくだってこんなことになると思ってなかったんだ。こ、こんな、愉快なことに、ふふっ、なる、とは……っ”


 まったくもって笑いを堪えられていない彼にむっつりと頬を膨らませる。


「わたしが一番思ってなかったよ! うーっ、あんたが殺されるとか死ぬとか脅すから!」


“いや、それは本当のことなんだけどね。うーん、たぶんハルカが『ハルク』に向きすぎてたんだよ。運命運命”


「軽っ。運命軽っ!」


 更にいい募ろうとしたところで腕が掴まれた。今ではすっかり見慣れてしまった、ストロベリーブロンドの見事な縦ロールに吊り上がり気味のヘーゼルの瞳。つんとした美人がこちらを見つめて優雅に微笑んだ。


「捕まえましたわ」


「エリ……」


「ハルったら最近全然相手をしてくれないんだもの。恋人は一瞬、友人は一生よ?」


「――一瞬でなければいいんだろう、エリザベート嬢?」


 突然現れた大きな手に、エリザベートが掴んでいる腕と反対側の肩が掴まれた。強い力なわけでもないのに簡単に彼女の手からするりと抜け、後頭部が何か丈夫なものにぶつかる。嫌な予感がしながらおそるおそる見上げると、予想通りの人物だった。金の髪に紅い瞳。険しい目つきの、彫りの深い濃い顔の美男子。外見だけは、と注意書きが付くが。


「俺はもちろん一生離すつもりはないぞ。ところでハル、次の訓練についてなのだが――」


 その言葉が終わる前に今度は強引に腕を引かれる。視界に入るのはつんつんと立った赤い髪に赤い瞳。そしてお坊ちゃんには似合わない腰パン。初めに出会ったときから印象的すぎて最初の頃はその印象しかなかったし、今でもまあまあそのままではある。

 

「黙ってろよおっさん。まったく情緒の欠片も無いっての、このクソ脳筋。ほらハル、行くぞ。新しい花畑を見つけたんだ。べ、別にお前と行きたくて探したわけじゃねぇからな! ただ、偶然……って、どういうつもりですかねぇ、センパイ?」


 行く手を阻むように物凄い勢いで突き出された剣を睨めつけ、彼の赤髪が逆立った。紅の瞳と赤の瞳が交差する。互いにばちばちと火花が爆ぜる音がするような気さえするほどの鋭い視線。


「ギルバート、今日という今日は決着をつけてやる! 俺がおっさんなら貴様は尻の青い小僧だ!」


「ふん、図体がでかいだけのおっさんに負けるわけねぇけどなあ!」


 呆れるほど簡単に挑発に乗り、わたしの腕を離して剣の柄に手をやる。


 しかし好都合、勝手に盛り上がり始めた今のうちだ。空気になってそっと距離を取ろうとしたわたしの背中がとんと何かに当たった。振り返ると銀髪碧眼の美青年がこちらを見下ろしてにっこりと微笑んでいる。絵に描いたような王子然とした佇まい。自分には色々と苦手な相手はいるが、その中でも一番嫌な相手だった。


「はあ……女性を誘うこともまともにできないような紳士がこの学園にいるなんて情けないよ。その上淑女レディの前で決闘しようだなんて、きみたちは相変わらず野蛮だね。さあ、彼らは放っておいて行こうかハル。今日こそ城についてきてもらうよ」


 滑らかな仕草で掴まれた手を即座に振り払う。ついでに思いっきり顔を顰めて。


「断固、お、こ、と、わ、り、し、ま、す」


「つれないなぁハルは。でもそういうところも好きだよ」


「…………」


 答える気力もなく黙り込む。顔ごと大きく視線を逸らしたところで、こちらに近づいてくるいくつかの新たな人影に気がついてげんなりとした。



 わたしはただ、静かに平和に二度目の人生を過ごしたかっただけなのに。

 ――何がどうしてこうなった。



「あーーーもう! みんな、まとめて吹っ飛ばしてやる!!!!!」

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