(3)

 黄色いガラス玉の顔を持つ赤い巨大な芋虫。それを倒して鍵を手に入れることが先決だった。

 ただし、今回現れた巨大芋虫には明らかな変化があった。腕が、生えていたのだ。


 アインは少し眉を顰めた。

 どう見ても腕だった。肩があり、腕があり、手があった。

 色は赤。ただし、胴体よりも濃い赤。五本の指もあり、どう見ても成人男性のものだった。

 アインは考えるよりも前に猟銃を構え、撃った。

 狙うは黄色いガラス玉!


 しかし、その一撃を両腕が守ったから堪らない。

 灰色のも緑色のも致命傷は与えられなかったが、少なくとも銃弾の風圧に散らされてはいた。

 それが今、赤い霧の両腕は、黄色いガラス玉を守って銃弾を防いだのだ。

 驚くなと言う方が無理と言うもの。

 しかし、お陰でアインはまた一つ確信した。守ったと言うことは大切な場所であることは間違いないと言うことを。


(つまり、あのガラス玉のようなものを壊せば、何らかの致命傷を与えられるかもしれないと言うことね)


 床を滑りながら掴み掛らんと手を伸ばして来る赤い芋虫を躱し、走りながら装填を済ませたアインが背後を振り返るのと、赤い芋虫が向きを変えて再突進して来るのは同時だった。


 片膝立ちで狙いを定め、防がれることを前提にして、撃つ。

 そして、背を向けて再び走る。

 入り口を通り過ぎても足を止めず、勢いよく近づいて来る気配を背中一杯に感じながら走る。


 振り返り、不意打ちを狙って撃つ。

 狙いが甘く、簡単に滑って躱されたが、横に流れた分時間が稼げた。

 アインは、走りながら床に落ちていた手榴弾を拾い上げると、火を点けずに赤い芋虫へ向かって投擲した。

 飛んで来る物に対しては何であれガラス玉を守る修正でも備えているのか、条件反射の如く両腕を持ち上げる赤い芋虫。それが手榴弾を次の格子の向こうへと弾き飛ばす間に、アインは装填を完了させ、狙いを既に定めていた。


 即ち、赤い芋虫が手榴弾を払い除けた瞬間を。

 銃声が空間を震わせて、パキンと言う軽く小さな音がした。

 赤い芋虫の動きが止まり、ガラス玉に遅れて亀裂が入り、澄んだ音と共にガラス玉の顔が破裂した。霧が解放されたかのように散って行き、後には黄色いガラス玉の嵌められた赤い鍵が落ちていた。


 三度目ともなると、アインは躊躇なく鍵を手に取っていた。

 頭の中に映像が流れ込み、声が聞こえて来る。

 今度の内容は、ハイネスとラチェットが方々を駆け巡り、仕事を得て来たことを見知らぬ連中が喜び労っているものだった。おそらく、アインの見知らぬ連中こそがハイネスの仲間であり、ハイネスを孤独へと追い込んだ元凶たち。


 ハイネスを声高らかに称え合い、労い、褒め殺し、当の本人はどこまでも謙遜している映像を見て、この後、何が待ち受けているのか何となくアインは想像がついた。

 鍵を持ち、入口へ向かって走る。

 開ける。鍵が消えて中へと入り、格子の向こうを窺い見れば、変化があった。

 マネキンたちが、統一性のない作り掛けの服を着て、テーブルの上には色鮮やかな布やフリルが置かれているのが見えた。


 何となく、もしかしたら……と言う可能性がアインの頭の中に浮かんだ。

 ただし、それを確かめるにはもう少し変化を見てみなければならなかった。

 つまりは、鍵を手に入れるために鍵の元を倒さなければならないと言うこと。

 アインはハイネスを右に見ながら足を進めた。


 次に現れた芋虫は、緑色のガラス玉を嵌めた黄色い躰を持っていた。

 さっきは人間の腕が生えていたが、今度の芋虫は上半身が成人男性の形をしていた。

 決して捕まりたくはないと思わせられる引き締まった体型に、アインの顔が嫌悪感で歪む。

 せめて服を着ろと思いながら引き金を引くも、相手の速さは先程の比ではなかった。


 左右に切り返しながら、驚くべき速さでアインに肉薄して来たのだ。

 伸ばされた手から逃れるべく身を仰け反らせるも、相手の手がアインの首を捕らえる方が早かった。

 容赦なく喉を絞められ息が出来なくなる。


 アインはもがいた。リーチの差は歴然としている以上、相手の首を取ることも出来ない。

 締め付けが強くなり、眼の前が暗くなって来る。

 足が地面から離される。


「おい!」


 何故か焦ったハイネスの声が聞こえたような気がした。

 頭に熱が溜まったようになり、耳鳴りまで聞こえて来る中、アインはブーツを強く打ち鳴らした。刹那、右のブーツの爪先から隠しナイフが飛び出して。

 アインは自分の首を絞める手に自らの手を掛けると、腹筋の要領で体を持ち上げて、一切の躊躇もなく、霧の脇の下に深々とナイフを差し込んだ――だけではなく、体ごと捻ってざっくりと切り裂いた。

 一か八かの賭けだった。人体の構造を真似るなら、急所も同じではないのかと。


 もしも違っていれば万事休すの状態で、アインは賭けに勝っていた。

 締め付けが緩みアインは落下。喘ぐように呼吸を繰り返し、涙で視界を歪ませながら、発砲。

 特別痛みを感じていたわけではない緑の顔をぶち抜けば、そこには鍵が落ちていた。

 段々強くなって来ていることに苛立ちが募っていた。

 ゲホゲホと咳き込みながら数歩歩いて膝を着く。


「おい! 大丈夫か!」


 再びハイネスの声が聞こえて来た。

 見たところで表情まではハッキリと分からないが、声のニュアンスからして心配していることだけは伝わって来た。

 それが、アインはなんだか面白かった。

 人との関わりを絶ちたいと思って自らここに来ておきながら。

 アインとは一緒に戻らないと、声高らかに宣言しておきながら。

 殺されかけた自分を心配するのだからおかしかった。


 気に入らない奴がどうなろうとも、気にする必要はどこにもない。

 それでも気にするのだから人が良い。

 肩で息をしながら呼吸を整えるアインの脳裏に、涙を浮かべたフルフレアの顔が思い出されたのはそのときで、ハイネスを笑っていた口元から笑みが消えた。


(私とハイネスは違うのよ)


 誰に言い聞かせるでもなく内心で叫ぶ。

 フルフレアの顔がより一層悲し気なものに変わって消えて行く。

 不愉快だった。だとしても、呼吸は整い動揺は消えていた。

 しっかりと立ち上がり、鍵を拾う。


 次に見た映像は、仲間に頼られ、様々な問題を解決しているハイネスの姿だった。

 いつもいつも頭を下げ、歯を食いしばって耐える中、アトリエに帰って仲間の明るい表情を見て、頑張ろうと気持ちを新たにするハイネス。

 それを少し心配そうに見ているラチェットの顔を見て、アインは同感だと思ったところで映像は消えた。


 足早に次へと進む入り口に向かいながら、アインはハイネスがどんな人間なのか少しずつ分かって行くようだった。

 鍵を差し込んで開ける。鍵が消えて、別のものが現れる。

 何が現れるものかと見てみれば、部屋の壁が現れた。

 床が現れ、アトリエが現れた。

 映像の中でも目にした空間が生み出されていた。


(そう言えば、私が飛び込んだ部屋もアトリエだったわね)


 この屋敷がシュヴァルの言うように、迷い込んだものの『特別』で構成されるのであれば、ハイネスにとって切っても切れない場所と言うことになる。

 その全貌が徐々に表れて行く様を見て、果たしてハイネスは何を思うのか。

 アインは、それこそ関係ないとばかりに次の入り口を探して駆けた。

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