第38話

(そうだ、長編の話だ)


背筋を伸ばす俺を見て、間々田さんが笑った。


「眉間にしわが寄ってます、そんな顔をしなくても大丈夫ですから」


この人は俺の師匠とも親しくしている編集者で、年齢は四十前後だろうか。

何かと面倒見がよく、しばらく書けなかった俺のことを見捨てずに、ちょくちょく連絡をくれていた。

俺としても、恩義を感じている相手だ。


「それで、読んでみてどうでしたか?」


テーブル越しに身を乗り出すと、間々田さんは月形の方を気にする素振りを見せる。


「えーと……少し長くなりますけど、いま話しても?」


月形を先に帰らせた方がいいのでは、ということみたいだ。

確かに作品内容に踏み込んだ話になれば長くなる。

ところが俺がどうするか決めるよりも早く、月形が気を利かせた。


「僕はそろそろ帰るね」

「えっ?」

「大事な話なんだよね?」


そう聞かれるとイエスだが、大事な話をするのに、こいつが外すべきかどうかといったらノーだった。

立ち上がりかけた月形の腕を、俺はとっさにつかむ。


「別にいてもいい」

「いいの?」

「時間あるんだろ?」

「うん……、じゃあいる」


月形は一瞬戸惑いの色を見せたものの、すぐ隣に座り直した。


この長編は月形に見せるべくして書いたものだ。

今さら恥ずかしがってもしょうがない。

こいつだって俺の作品の話に付き合うのを、嫌だとは言わないだろう。


それに思えばこの作品は、月形がいてくれたから書けたものだった。

書けなかった俺が今の高校に転校し、こいつと出会った。

初めは高校の文芸部なんてくだらないと思っていた。

そんな俺に書く喜びと自信をくれたのが、文芸部部長・月形歩だった。


月形をがっかりさせたくない、こいつに憧れられる作家でいたい。

そんな思いが、筆の止まりがちだった俺を何度も原稿に向かわせた。


(書く時はひとりだったけど、月形と一緒に書いたみたいなもんだよな)


そう考えると、作品についても自信が湧く。

俺は隣にいる月形の気配を心強く感じながら、間々田さんに視線を戻した。

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