第29話

無機質だったリビングが、乱れた吐息と衣擦れの音に満たされる。

空気が熱と湿り気を帯びていた。


「ん……ふぅ……」


俺は慣れないキスをしながら、月形のウエストラインを探っていく。

両手で捕らえた腰は、想像以上に華奢だった。


「お前……こんなに細くて大丈夫なのかよ?」

「……え?」

「俺も初めてだから、優しくできる気がしない」


唇を離した月形は、もう潤んだ目をしている。


「大丈夫、僕もがんばるから」

「がんばるのか」


ちょっと笑ってしまった。

それで少し、気持ちに余裕が生まれる。


「じゃあとりあえず、できるところまでやってみようぜ」

「うん、うれしい」


月形の濡れた唇がほころんだ。


「“うれしい”?」

「だって、90パーセントくらいの確率で、泉くんには拒否られると思ってたから」

「10パーセントはいけると思ってたのか……」


それでもすごい賭けだ。

こいつらしい大胆さだと思う。


「確率はともかく、僕には何度でもチャレンジする気持ちがあるよ。この先のこともね」


意を決したように言われて、今はレンズ越しでないその瞳に引き込まれた。

そして今さらだけれども、こいつがなかなかきれいな顔をしていることに気づく。


「月形……」


両手で頬を包み、普段触れられないまぶたやまつげにもキスをした。

こいつが自分のものだと思うと愛おしい。


「泉くん」


月形はくすぐったそうに笑う。

それから俺の鼻筋にキスを返し、自分の制服の襟元に手をかけた。

学校は衣替えの期間になっていて、こいつはすでに夏服を着ている。

白いシャツの隙間から乳白色の肌が覗いた。

その光景に、俺はまた余裕がなくなる。


月形が自分のシャツのボタンを上から外し、俺はそれを下から手伝った。

お互いに無言で、時々視線だけが絡み合う。

1分もかからない作業なのに、もどかしかった。

それが済むと月形は俺のシャツのボタンに手を伸ばし、俺はそのまま月形の腰のベルトに手をかけた。

体が熱くて、早く裸になりたいと思った。


そんな時だった――。

沸き立っていた体が、ある日常の物音を捉える。


「……?」

「泉くん?」

「静かに……!」


マンションの廊下を歩くリズミカルな足音、それが近づいてきて止まった。

続いて玄関のカギを開ける音。

この部屋の合いカギを持っている人物は1人しかいない。


「……くそっ! なんでこんな時に!」


俺は運命を呪った。


「誰か来た?」

「俺の母親」

「……へ?」


俺にはそんなものはいないとでも思っていたんだろうか。

月形はきれいな胸元を晒したままきょとんとしている。


「早く服着ろ!」


俺が月形に言ったのと、玄関から母親に呼ばれたのとがほぼ同時だった。


「隼人? 誰か来てるの?」


玄関に並ぶ靴を見て気づいたんだろう。

そして俺も気づく。この作品、R18がついてねえ!

どうあっても、そういう展開にはならないワケだな!?


「……行ってくる。お前は早く服着ろ。そんな格好を見られたら困る」


共犯者はこくこくと頷き、シャツのボタンを留め始める。

俺は月形に外された1番上のボタンを留めながら、泣きたい気持ちで玄関に向かった。

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