第16話

「あれ? ここにもいないね」


図書室を覗いた月形が肩を落とす。

あれから心当たりのある空き教室も回ったけれど、音無さんたちは見当たらなかった。


「電話してみたら?」

「泉くん、うちの学校はスマホ持ち込み禁止だよ? キミは普通に使ってるけど」

「そういえばそうだった……」


そしてそもそも俺も、音無さんや他の連中の番号なんか知らないということを思い出す。


「向こうもこっちを探してて、行き違ったのかもしれないな」


そんなことを言いつつスマホをしまおうとした時、俺はその画面を見てハッとした。


「……時間!」


表示されている時刻は、16時2分。

すでにワンライのお題が発表されている頃だった。

数校の文芸部を横断して行われているワンライは、毎回16時から17時までの1時間でお題に沿った作品を書き上げなければならない。


「どうする? 月形」

「仕方ない、僕らはここで書こう」


彼は図書室奥のテーブルに向かい、小脇に抱えてきたノートPCを開く。


「そうだな。時間がもったいない」


俺も月形と同じテーブルに座り、スマホからワンライのページに再度アクセスした。

見ると今回のお題は「明治維新」。

突然書けと言われても、なかなか難しいお題である。


「明治維新だって」


同じページを確認していたんだろう、月形がノートPCから目を上げた。


「1時間で時代小説を書けって言われてもな。まともにやろうとすれば調べることが多すぎる」


ぼやく俺に、月形はにっこり笑って答える。


「時代小説じゃなくてもいいんじゃない? 明治維新っていうお題にかすっていれば」

「現代から明治維新に思いを馳せるような? それも難易度としては変わらない気が……」

「考えるより動こう。ラッキーなことに、僕たちは図書室にいるよ」


月形が俺に背中を向け、背後の本棚を仰いだ。

視線を追うと、ちょうどそこが歴史関係の棚になっている。


(考えるより動こう、か。こいつらしい)


そしてその判断は正しいと、俺も思った。


「まずは適当にピックアップしていこう」


月形は棚から引き出した本をパラパラとめくっては、めぼしいものをこっちへ寄越してくる。

俺はそれを受け取り、物語になりそうなネタを探した。


大政奉還、廃藩置県……こういうのは話がでかすぎる。

龍馬、西郷、徳川慶喜。人物を描くには1時間じゃ掘り下げが足らない。

黒船来航、禁門の変……ピンポイントの事件を描くなら、あるいは……。

そうだ。明治維新を象徴するようなアイテムを抜き出し、そこからイメージを広げてもいい。

その方向で進めよう。


……資料を当たるうちに、20分近くが過ぎていた。

もともとのスタートの遅れもあって、時間がきつい。


(月形は……)


見ると彼は、キラキラ光る瞳でキーボードを叩き始めていた。

その顔を見て、俺はなんだかホッとする。

こいつが楽しそうに書けるならそれでいい。

どうしてかそんな気分になった。

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