アイドル(パート3)

[芸能事務所 某日 AM8:30]


『続いてのニュースです。一昨日夜に行方不明となった

アイドルグループPPPのメンバー、ジェーンさんが、

昨夜北京州市内で保護されました。誘拐した犯人とされる

オオミミギツネ容疑者は武器を所持していたため、その場で射殺されました。

警察は「今回の判断は適正だった」と説明しています』


「....」


「良かったよなあ。

ジェーンは無事に帰って来たし、事件は一日で解決。

流石京州の警察は有能だな!そう思わないか?プリンセス」


イワビーがそう語りかけたが、

彼女は彫刻の様に一切その表情を変えなかった。


「...自分の企みが玉砕されてショックなのか?」


コンコンと、ノックが聞こえた。


「入っていいぞー」


「おはようございます。お二人とも」


「かばん!君のおかげで事件が早々に解決して良かったよ!」


「いえいえ、僕は警察として当たり前の事をしたままです」


かばんはプリンセスの方に寄った。


「プリンセスさんもジェーンさんが助かって嬉しいんじゃないですか?」


そう、顔色を伺ったがそれでも表情は変わらなかった。



「やめましょうか。プリンセスさん。署まで同行願えますか?」



「何で!?ジェーンを誘拐したのはあのオオミミギツネでしょ!?違うの!?」


彼女は感情任せに取調室の机を叩いた。

それに負けじと、取り調べ担当のカラカルは、机をたたき返した。


「ちょっと落ち着きなさい!

確かに彼女を誘拐したのはオオミミだけど、それを指示したのはあんたでしょ!?」


「あなたと犯人が繋がってたって証拠、ここにあるんだから」


同席したサーバルは、1枚の写真を見せつけた。

オオミミの部屋にあった、いわゆる、『プリンセスの祭壇』


「それに、あんたとの関わり知ってる証言だって得られたんだからね」



遡る事数時間前。

サーバルから連絡を貰ったかばんは、住所の家を訪れていた。

住まいは、こじんまりとしたアパートだった。


「“元”警察のオレがホイホイ同行していいのか?」


「イワさんは僕の知り合いだから、いいよ。

誰かいた方が捜査も捗るしね」


かばんとイワビーは2人で、被疑者の部屋へ乗り込んだ。

部屋に入ったイワビーは思わず声が出た。


「うわー...、やべえなこの部屋」


「どこもPPPのグッズばっかりですね」


「ファン...、つーより信者だな。

オレが言っていいのかわかんねえけど、気持ち悪いなぁ」


部屋にはPPPのグッズが大量に置いてある。

流石の手の込み様にアイドルの一員である彼女も、ドン引きだった。


「狂信的ですねぇ。特に...。プリンセスさん辺りが」


「え?」


「見てください」


クローゼットを開けたかばんの方に寄った。


「プリンセスさんのサイン、CD、写真...」


「ああ、思い出した。聞いたことあったな。

自分の事を凄い推してくれてるファンがいるって話してたな。

まさか、コイツの事だったのか」


「そうですか。その人に対して何か詳しくは?」


「...アイツもコイツに対してはあまりいい印象は抱いてなかったはずだ。困惑してたからな」


「では...」


「かばんさんは、アイツがコイツと何か絡んでると思ってんだろ?

いいよ。仲間だけど、言ってたよな。

警察として一番大事な事は真実を突き止める事だって」


「その通り」


かばんは頷いた。


「アリバイがあるってことは、指示してたってことか」


「具体的な指示のやり取りをどの様に行っていたかが、疑問です。

対して友人でもない、ファンに犯行を依頼するのであれば...」


「...握手会かもな。

PPPの握手会は1人90秒、チケット1枚につきメンバー1人と1回限りという制限があるが、常連のファンだったら円滑に会話が出来るはずだ。

握手会はそれぞれ、個別に行われる。間仕切りもあるし見られる可能性はない。

会場はBGMが流れているから、警備員が傍にいても小声なら聞こえないだろう」


かばんはイワビーの推理を聞きながら歩き回っていた。


「って、聞いてるのかー?」


「もちろん」


彼女は、ある机の引き出しを開けた。


「...薬?イワさん、この薬わかりますか?」


処方箋の袋には、『アンテロドキシン』と書かれている。


「これは...、多くの薬局に行けば貰える精神安定剤だ」


彼女の肉親は本庁の科捜研に勤めていた。彼女自身も薬物には多少知識があった。


「なるほど、そういう事ですか。ここの詳しい家宅捜索は後で行いましょう。

まずはジェーンさん救助が優先ですから」


「でも、思い当たるフシ、あるのか?」


「イワさん、事務所に電話して、プリンセスさんが何処にいるか確認してもらってもいいですか?」


「あ?お、おう...」


しばらくしてイワビーは戻ってきた。


「アイツ、気分が悪いっつって一回家に戻ったらしいぞ」


「プリンセスさんの住所知ってますか?」


「知ってるぜ」


「...行きましょうか。彼女は事の一部始終を見るはずです」



「あんたは、握手会を利用して犯行計画を持ち掛けた。

常連でいつも来ていたオオミミギツネに、誘拐してくれないかって頼んだんでしょ」


「それに彼女はあなたにとって...。

ファンでありながらも、“ウザい”と思ってたんでしょ?」


二人で畳みかけると、威圧的な彼女は息を吐き、声を震わせた。


「...だって、ジェーンは...、ジェーンはネットに私の悪口を書いたのよ!?

裏垢を使って...、ファンを装って...」


(他のメンバーから聞いたけど、相当口うるさかったみたいね。

後から入ってきてそれじゃあ...。反感を買っても可笑しくないわね)


「それで、オオミミは?」


「最初は熱狂的なファンで嬉しかったけどだんだんエスカレートしてきて...。

でも、無下には出来ないでしょ?...だから、ジェーンと一緒に死んでもらおうって思ったのに...。

どうして彼女だけが...!」


「あんた、回りくどく言ってるけど、要はあの犯人を殺すつもりだったんでしょ?

何であの子がそんな自分の命を投げ出すようなことやるなんて言ったと思う?」


「...え?」


「オオミミギツネは病気だった。

部屋の家宅捜索をしたら、遺書も出てきたわ」


透明な袋に入れた、直筆の紙を机の上に置いた。


「元から、あの子は死にたいと思っていた。

だけど、あんた達アイドルに出会って、それが唯一の生きる希望だったのよ」


「....」


「大好きなアイドル、しかも推しに『死んでくれない』って言われたら、あたしならどうするだろうな」


彼女は、俯いたままだった。


「やっぱり自分の好きな人が喜んでいる顔が見てみたいわね」


「...っ」


「皮肉よね...。生きがいだったアンタに殺されるなんて」


「こ、殺したのはあなた達警察じゃない...」


「どのみち、死ぬ運命に導いたのはあなたよ」


カラカルの強い口調の言葉に、彼女は下唇を噛み締めた。



[京州市内 病院 某日 某時刻]


事件が一段落したあと、かばんは

ジェーンが検査入院した病院を訪れた。

特に怪我はなく、2週間程で退院できる予定だ。


「何もなくてよかったです」


かばんはそう声を掛けた。


「...助けてくれて、ありがとうございます」


細々とした声を出した。


「...先に謝らないといけませんね。

いくら緊急事態とは言え、あなたには少々ショッキングな物を見せてしまいました」


ジェーンは目を逸らした。


「...いえ。彼女の命を、奪ったのは私です...」


「どういう事ですか」


「私が、プリンセスさんの指摘に嫌気が差して...。

ネットに悪口を書き込んでしまった。

彼女はそのせいで、こんなことをしたんでしょう?」


「.....」


「私も同じ罪です...。出来る事なら、直接謝りたい」


彼女は目元を軽く拭った。


「プリンセスさんの事、恨んでは無いんですね」


「当たり前じゃないですか...。彼女も、いい所ありますから。

帰ってきたら...、真っ先に謝って、また一緒に...、歌って踊ろうって...」


「元気をまた、いろんな人に届けてください。僕は用事があるので、失礼します」


かばんは席を立ち、病室を去った。


「しばらくはオレたちも世間から冷たい風を浴びるだろーなぁ...」


廊下で立っていたイワビーは言った。


「警察時代で慣れたはずじゃ?」


「冗談よせよ。世論って怖いもんだぜ?」


「忠告ですか?」


かばんは鼻で笑った。


「...元相棒からのアドバイスだよ」


「また、ライブやる時教えてください。来ますよ」


こうして、この事件は幕を閉じた。

しかし、もう一人腑に落ちない人物が、いた。


ーーーーーー


「もしもし、サーベルタイガー総監。この前の犯人発砲の件ですが...。

彼女曰く、『ああでもしないと犯人は捕まらなかった』そうです」


『...ふん。そうか。中々、大胆にやってくれるじゃない』


電話の向こうのサーベルタイガーはどこか、この状況を喜んでいるようにも聞こえた。


『逐一、大きな動きがあったら報告して。“警察の膿”を絞り出すチャンスは近いわ』


彼女はそう言い残し、電話を切った。

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