初めての恋でもないんだから



 携帯に送られてきた景色はとても寒々としていた。

 高台から撮ったのか、白波の立つ海が遠くに見える。よくよく確認すれば、斜めに降る雪も写っている。

 こっちも雪国といわれる地域だけど、向こうに比べたらまだかわいいものじゃないかといつも思う。

 僕は手短に返信を終わらせ、携帯を閉じると正面の窓へ視線をやった。

 きょうは午前中に終業式があり、いまは生徒の大半が帰宅した午後だ。

 式が終わってすぐ、デスクについて携帯を見ると、逢坂先生からメールが来ていた。きょうのお葬式が無事に終わったこと、二十四日の謝罪、そして一枚の写真が添付されていた。

 メールをする余裕がようやく持てたんだとほっとした一方で、やはり声が聞きたいと思ってしまう。

 ──低くて、少しハスキーで。とくに通話口からだと拾えてしまう、言葉を舌で転がすような間合い。息づかい。


「お前のイキ顔……やべーな」


 思い起こすにしても、もう少し、場をわきまえたものはなかったのか!

 慌てて耳を払った。頭を、無理やり違う方へ持っていく。

 お葬式が終わってから初七日まではなにしているんだろう。北海道は観光地がいっぱいあるから時間つぶしには困らないか。

 札幌、小樽、函館……網走。カニやウニなんかの海産物はこっちでも食べられるけど、やっぱり北海道のは格別なんだろうな。

 おいしそう……と思って、強く首を横に振った。

 逢坂先生は、遊びで行ったんじゃない。人が一人亡くなっているんだ。それも、大切なお祖父さんが。

 きっといまごろも忙しなく動き回って、僕には想像できないくらい大変なことになってるんだ。




 メールを送れる余裕ができたなら、一回くらいは電話もくれるかな。そう構えていたけど、その夜も、なんの音沙汰もなかった。

 忙しいから仕方ないと思いつつ、「電話してもいいですか」とメールを打ったら、「こっちだと長話できねえからな」とだけ返ってきた。


「ただ声が聞きたかっただけなんですけど」


 向こうにいる事情が事情だし、もとより、長話がしたくて訊いたわけじゃなかったから、素直に伝えた。

 だいたい、逢坂先生は、メールより電話してくるタイプだ。とはいえ、僕の声を聞きたいからではなく、単に手っ取り早いのを選んでいるんだとは思う。


「通話の長さは離れてる距離に比例すんだよ。それに、話すだけじゃすまなくなったらどうするよ」


 僕は最初の一文にどきっとして、次の一文で首を傾げた。

 話すだけじゃすまなくなるって、どういうことだろう。やっぱり、会いたくなるってことなのかな……。

 だとしたら僕も……会いたい。

 お風呂から上がっですぐ布団へ横になって、そうメールを打つ。なのに、しばらく返信がなかった。

 僕は体を起こすとあぐらをかいて、携帯に見入った。またちぐはぐなことをしたのかと思って、いまのやりとりを見返したけど、おかしなところはない。

 ない……はずだ。

 それから三十分ほどして、メールの着信が鳴った。


「会いたいっつっても、いますぐは会えんでしょうが。人の行き来が多いここでテレセにでも発展したらどうしてくれんのって話ですよ。渡辺先生。ただでさえ天然エロ爆弾を隠し持ってんだから」

「テレセ? ってなんですか?」

「俺に訊くな。人に訊く前に自分で調べろって、先生は生徒に言ったことないですか」


 逢坂先生から言ってきたことなのに、俺に訊くなってなんだとむっとなりつつ、僕は布団から離れた。近くの座卓にあるパソコンを立ち上げ「テレセ」を検索する。

 ずらっと並んだ結果を口にする。


「テレフォンセッ……くすの略」


 僕は顔をしかめた。

 電話をしながらアレな行為をすることらしい。

 対面での「こと」を終えている身としては、はたしてそれで気持ちよくなれるのか疑問に思った。相手があるとはいえ、電話なのだからなにもしてはもらえない。結局は自分で慰めて、その音だったり声だったりを、聞いたり聞かれたりするだけだ。

 想像してみて、ようやく恥ずかしさが湧いてきた。

 僕はどう返信しようか悩んで、結局は調べた結果と感想、そういうことはちゃんと相手がいるときにしましょうというのと、おやすみなさいを送った。


「やっぱヤバいよ。お前」


 そのあと、逢坂先生からそう返ってきた。

 ……僕のなにがどうヤバいというのか。

 笑いながらの言葉ならば軽い感じで、テレセの意味を人に訊いてくるやつがあるかよって言われそうだし。まじな顔つきでなら、いい年してそんなことも知らねえ上に、ばか正直に調べてんじゃねえよと呆れる感じか。

 ……むむ。

 文字だけのやりとりは、なまじ残るだけに、いろいろと考える余地ができてしまって難しい。

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