第3話 転ぶんだったら真っ当に転べよ

 意外にも、万引き少女はちゃんとコンビニの外で俺のことを待っていた。――ただし、『喧嘩の準備できてます』と言わんばかりの表情を浮かべて。


「いちいち、マジで……ウザいんだけど」


 俺の姿を認めた途端、彼女が毒をたっぷり含んだ声でそう言ってくる。


 先制攻撃とばかりに仕掛けられた彼女のそんな暴言を無視して、俺はタバコを取り出した。


「吸っていいか?」


「…………」


 一応確認を取ると、頬を剥れさせ少女がそっぽを向いた。否定も肯定も口にしない。


 だからそれを勝手に肯定の意として受け取って、取り出したタバコを口に咥える。


「あー……」


 吸った煙を吐き出しながら言葉を探す。


 それにしてもだ。こういう時、いったいどういうことを俺は口にすればいいんだろうな。頭ごなしに叱ればいいのか、それとも事情を訊ねればいいのか、そんなことすら分からない。


 まったく、どこかに落ちてないものだろうか。『万引きをしようとしていた少女との接し方マニュアル』みたいなもんが。それがあれば、口にするべき言葉も、しまうべき言葉も、はっきりとすることだろうに。


 ちらと少女を見てみれば、彼女は憮然とした面持ちで突っ立っていた。不満げに下唇を押し下げながら、自分の爪に視線を落としている。


 敵意みたいな剣呑な気配が、ビシバシこちらに叩きつけられていた。


「……この間俺に止められたばっかだってのに、なんでまた万引きなんてバカな真似しようとしたんだよ」


 考えた末に俺が口にしたのは、そんな無難ともいえる質問であった。


「……チッ」


 少女はこちらを一瞥すると、すぐに目を逸らして苛立たしげに舌を鳴らすした。


「別に。おっさんには関係ないじゃん。あたしの勝手でしょ」


「関係ないわけねえだろうがよ。毎朝利用してるコンビニで万引きとかされてたら、たまったもんじゃねえっての」


「そんなの、あたしの知ったことじゃない」


 ふん――とそっぽを向く少女の態度はつれない。不満や苛立ちが、口調にもはっきりと滲み出ていた。


「あのなあ。万引きすりゃ、店に損害だって出るわけだ。たとえ些細な損害だとしても、それが嵩んだら万引きで店が潰れることだってあるってことぐらい分かるよな?」


「……で、それが?」


「この店に潰れられたら俺は困るってことだよ」


「あっそ。勝手に困ってれば?」


 ……このガキ。どうしてこういう物言いになるんだか。


 反省や改心の色が微塵も見えない。俺の話し方が悪いのか? それとも、この少女が歪みに歪みすぎているだけか? 自分の話術に自信があるわけでもないので、どっちなのか判別がつかなくて困る。


「とにかくだな。繰り返し言ってるけど、万引きなんてバカな真似はやめとけよ。あとになってから、絶対後悔するからな」


 結局俺が口にできたのは、そんな代わり映えのしない言葉だけだった。


「……別に。そんなの、どうでもいいし。どうせ、あたしなんて――」


「誰も心配なんかしないとか、どうせ要らない子だからとか、そんな下らない理由で捨て鉢になってんだったらそういうのやめた方がいいぞ、お前」


 彼女の言葉を遮って俺が言うと、少女が怒りのためか頬を紅潮させる。


 それからあからさまにムッとした顔つきになると、敵意を声に乗せて言ってきた。


「どうせ、何にも知らない癖に――分かったようなこと口にしないでよ」


「そうだな。確かに俺は、お前のことなんか何も知らねえよ」


「なら――」


「でも、これだけは分かる」


 毅然とした口調で俺は彼女に告げてやる。


 俺だって別に、胸を張れるような人生を送っちゃいない。彼女と同じ年の頃には失敗だってたくさんしたし、恥ずかしい過去だってさんざん積み重ねてきている。


 だけど――いや、だからこそ分かる。


「誰も心配しないとか、要る子とか要らない子とか関係ねえんだよ。――捨て鉢になって道踏み外したりしたら、いつか必ずそのことを後悔するんだよ」


「っ、うるさいなあ!」


 張り裂けるような声で少女は叫ぶが、俺はゆっくりとかぶりを振ってみせる。


 それから、なるべく穏やかな声を作って語りかけた。


「道を踏み外してみたくなったからって、安易にそっちに逃げんなよ。まだ若いんだ。真っ当に転んで、正々堂々失敗するほうがよっぽどいい」


「………………っ」


 苛立たしげに、少女は無言で顔を背ける。それから逃げるようにしてこちらに背を向けると、そのまま物も言わずに立ち去っていく。


 ったく。手のかかるガキだ。俺の話もいったいどこまで通じたもんやら。


 だけど、関係ねえ――とは、もう思えない。一度ならず二度までもこうして関わってしまったのだから、やたら気にかかって仕方のない俺なのであった。

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