13話「思い描く力」

「消え失せろ!」


 雫に向かってジャンプした蜘蛛が悠斗の声と共に虹とかし霧散した。


 襲い来る蟲に怯み身を屈めていた雫が顔を上げると、目の前に悠斗が背を向けて立っていた。雫と奏汰を背に蟲と対峙してる。


「悠斗君・・・何で・・・」

「置いていけるわけないだろ!」


「何なんだこれ!」


 悠斗の隣に立った奏汰が指さした先に、赤い光が生まれ増え広がっていくのが見えた。


「蟲の眼が・・・!」


 真っ赤に染まった無数の複眼がこちらを睨んでいる。


 先頭の蜘蛛がゆっくりと足を近づけ、そして両側の1番前の足をするりと天へ掲げた。体を大きく見せようと両手を上げて胸を見せてにじり寄って来る。


 幾つもの蜘蛛が近づき、その足下から石がカラカラと音を立てていた。


 回りを埋め尽くす蜘蛛が両手を上げて歯を鳴らして威嚇してくる。振り上げられた沢山の蜘蛛の腕が前後左右にゆらゆらと揺れ、時折こちらに突きつけられる。


「やるぞ、お前等を殺す」


 そう宣言するような威圧感があった。

 怒りが空気を振るわせている、仲間を殺された怒り以外の何物でもないと思えた。


 後方の川の中からグルグルと喉を鳴らす獣のような声が響く。

 月の光を葉先に受けた草むらがその下に闇を作り、その闇に数多くの赤い光が灯っていた。遠くまで赤い光が見える。


「川まで逃げたら大丈夫って言ってなかったか?」


 そう問う奏汰の声がうわずる。


「そ、そのはずなんだけど・・・」


 雫の声も震えた。

 腹の底から背筋を通って震えが体に広がって行く、それは雫だけではなかった。


 夜の暗い草原に、見渡す限りの赤い光が蟲の多さを知らせている。疲れた悠斗はどれだけ持つだろうか、夜明けまではまだ遠い。


 両手を振り上げて体を揺すりながら、蜘蛛達が更にじりじりと間を詰めて来る。その後方を巨大カマキリがついてきていた。カマキリは巨大なサーチライトの様に赤い眼孔でこちらを見下ろしていた。


「何?」


 音にならぬ音を聴いた瞬間、雫達を取り囲んでいた蜘蛛の先頭が跳ねた!


 軽々と跳躍した蜘蛛が雫達を見下ろすほどの高さから弧を描いて迫って来る。悠斗がそれを横一線に剣で払う。無惨に斬られた蜘蛛の体が雫達の横をかすめ飛んで行った。


「ひぃ!」

「きゃぁーーー!」


 第2、第3の蜘蛛達が飛びかかり更に悠斗が斬り捨てる。

 胴を斬られ足を斬られ、屍が累々と増えていった。地べたに転がりヒクヒクと動く物やばたつく足が蠢いて、見ていた雫の体を悪寒が走った。


 頭を失った蜘蛛が闇雲に駆けずり回り、


「いやぁーーーーッ!!」


 ブォワ!!


 雫にぶつかるすんでの所で悠斗に消された。


「上だ! 逃げろ!」


 悠斗の声に見上げた先、カマキリの大鎌が見えた。考える間もなく体が動く。振り下ろされた鎌を避けて雫と奏汰がその場から飛び退いて左右に分かれた。


 今まで立っていた場所に巨大な鎌がそそり立っていた。


 3人がバラバラになり待っていたとばかりに蜘蛛がそれぞれを襲って跳んだ!


「遠くへ行けぇーーーーッ!!!」


 悠斗が叫ぶ! 喉が千切れそうな程の声で。


 声のぶち当たった蜘蛛が近い所から遠くの物へ順々に姿を消していった。半円を描いて赤い光が消えていく。


 後方の川がざわつき人々の悲鳴が上がった。

 振り返れば川面が半円を描いて波立ち、幾つもの小さな波が広がっていくのが見えた。波は高くなり川を歩く人の足をすくって転倒させていく。


 雫はその光景を見ているしかなかった。大変なことをしでかしている・・・そんな不安が心の奥をざわつかせた。


「蜘蛛を飛ばしたのか!? 何処へ?」

「分からない・・・とにかく遠くだ・・・・・・」


 肩で息をする悠斗がごくりと唾を飲んでそう言った。直後、膝をついて屈み込む。


 難は去った、そう思った。

 しかし、暗い草陰に赤い火が灯る。


「・・・嘘だろ」


 悠斗と奏汰の声がそろう。

 次々と赤く光る眼が増えていった。


「飛ばすより消した方が良かったんじゃないか?」


 奏汰の質問に悠斗が頭を振る。


「消すのは飛ばすよりも体力を使うみたいだ」

「飛ばすのも剣を振るうのもそろそろ限界近くないか?」


 奏汰に言われるまでもなく悠斗自身そう思っていた。雫や奏汰から見ても分かるその疲れは、蟲達にも伝わっているに違いない。


「ここだと思った以上に力を消耗するみたいなんだ・・・」


 今まで居た世界ではこれくらいでは疲れを感じなかった。しかし、ここではどうだ。あれ程みなぎっていた力が嘘のように目減りしていく。


 新たな蜘蛛達が草の間からするりと川辺へ足を下ろす。まるで時間を戻した様な光景。


「俺達にも悠斗みたいな力があったらいいのに」


 奏汰の漏らした言葉に雫はふと、最初に見た一面の花畑を思い出した。雫が見ていた花畑が彼岸花を思い描いた途端に景色を変えた、その光景に光が射す思いがしてハッとする。


(・・・もしかしたら)


 にじり寄る蜘蛛への恐怖心を堪えて、雫はふたりの前に立った。


「おい、雫!」


 腕を引こうとする奏汰の手を払って雫は集中する。


(やっつけたい! 守りたい! 蜘蛛をカマキリを切り捨てたい!!)


 右手に力を込めて握りしめる。

 その手に剣を握っているイメージを描いて、光るやいばを想像して両手を前に剣道の構えをとった。


(きっと出来る!)


 この世界は天国だ。

 あの時のように思っただけで風景を変えられるのなら、きっと思っただけで剣もこの手に出現されられるはず!


「負けない! あんた達に殺されない! 斬ってやる!」


 気持ちを言葉に乗せて雫が叫ぶ。叫ぶだけの雫に蜘蛛がじりじりと近づく。


(私が自分で戦えなきゃ悠斗君はいつまで経っても川を渡れない! きっと出来る!)


いでよ、剣!!」


 蜘蛛を睨みつける雫の手から唐突に白銀の光が生まれた。

 突如出現した光に蜘蛛達がひるむ。


 その光は空へ向かって立ち上がり稲妻のように鋭い閃光が剣を造り上げ、その光景を悠斗と奏汰が呆気にとられて見つめていた。


「すげーーっ!」

「出来た!! あっ!」


 声を上げた途端、剣が光を弱め雫は慌てて意識を集中する。消えかけた光が再び強く輝き鋭く光を放ち始めた。


「出よ、剣!」


 見ていた奏汰が雫と同じ台詞を叫んだ・・・が、何の変化もなかった。


「何でだよっ! どうやるんだ?」


「草原が花畑になったでしょ、思うだけで景色を変えられるのよ」


 色めき立つ奏汰を見ずに雫が言った。説明する間にも蜘蛛が間を詰める。


「思いが現実になる世界・・・」


 そう呟いた悠斗の言葉に奏汰が真剣な面もちで視線を落とす。つかの間そうしていた奏汰は、おもむろに両手首を合わせその手を腰の位置、脇に構える。


「かぁーめぇーつぅーるぅーーーー波ぁぁーーーー!!!」


 合わせた掌をそのまま前へ勢いよく繰り出した。開いたその手から光がほとばしり、あっという間に草原を遠くまで光が駆け抜けていった。


「出来たぁ!!」


 喜ぶ奏汰の前から蟲が消えていた。光の線上にいた蜘蛛もカマキリも跡形もない。


「ははは、これ一度やってみたかったんだよぉ。最高! 雲に乗って空も飛べるかなぁ」


 蟲と共に草原もえぐられてしまっているのを見て、雫と悠斗がはしゃぐ奏汰を冷たい目で見つめた。


「・・・今度は、もっと上手くやってみる」


 恥ずかしそうに頭をかく奏汰。その背後へ向かって蜘蛛が飛びかかる!


「後ろ!」


 そう言いながら雫が光の剣を振るった。雫に両断された蜘蛛の片側がヒットして奏汰がもんどり打って転がった。


「痛たたた・・・外骨格ハンパなく堅いぃ。そしてこいつ半分でも重いーーッ」


「痛がらない! 立って!」


 奏汰が痛がっている間も蜘蛛の攻撃は止まない。雫が奏汰の前に出て次々と斬っていた。


「かぁーめぇー・・・」

「時間かけ過ぎ!」


 悠斗のげきが飛ぶ。


「ハッ!!」


 奏汰がドンと光を放ち、火炎放射のように次々と光を連射し始めた。面白いように蜘蛛が姿を消し、奏汰は戦えることに有頂天になっているようだった。


 蜘蛛と雫、カマキリと悠斗が混在して戦うそばで、考えなしに好き放題光を放つ奏汰に悠斗が叫ぶ。


「俺達まで消すなよ!」

「分かってるよぉ」


 答える奏汰の声が楽しげで危うい。


 雫と奏汰が蜘蛛と戦い、悠斗がカマキリや川からやってくる魔物へ剣を振るった。蟲達の勢いは衰えず月はまだ地平に辿り着きそうになかった。



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