35.引っ越し計画

「水が創れる? 魔法でか」


 鍋の中の鶏肉の細い骨を口から取り出すと、ウェルガーは言った。


「そうです。マリュオンは凄いです。水くみに行かなくてもいいです。火も簡単に起こすのです!」

「それは便利だ。万能お手伝いさんだな」

「お手伝いさんではないです。もう、リルリルの友達です! マリュオンは友達なのです!」

「そうなんだぁ」


 ウェルガーはマリュオンを見た。 

 マリュオンは黙々と晩御飯を食べていた。

 食べるというより、口から食物を流し込んでいるという感じだ。

 

(全部、飲み込んでるのか?)


 マリュオンを見て、食事というより燃料補給だなとウェルガーは思う。


「ねー、マリュオン」


 リルリルがパンをポリポリかじるのを止めて、マリュオンに話しかける。

 セルシンモータで制御されたようにマリオンの首が動く。

 そして、ウェルガーを見た。


「そう言う存在と認識されているのであれば、自分はそれを否定できない」

「リルリル友達ができたな」

「うん!」

「了解した。自分はウェルガーの妻、リルリルの友達という存在だ」


 感情が有るのかないのかイマイチよく分からないマリュオンだが、その声音は少し柔らかくなった気がした。


 一方で、押しかけ弟子となったカターナは、遠慮なしにお代わりを続け、ガツガツと夕食を喰らい続けている。

 エルフの硬いパンも、バリバリと平気で食べている。

 遠慮も糞も無く、美味しそうに食べる姿は逆に清々しいくらいだ。

 

(石を喰えと言っても噛み砕きそうだな…… コイツは――)


 ウェルガーは硬いパンを鍋の汁に浸して食べているが、それでも、硬さは大して変わらない。

 硬度だけではく、耐水性まで備えているようなパンだった。決して味は悪くないのだが。


「水くみだけでも大変だもんなぁ……」


 一度目の人生を終了させた日本とこの異世界は違うのだ。

 家事ひとつとっても大変だ。

 水道という存在が無いではないが、王国の大都市、それもごく一部だ。

 そして、それも今は戦争でぶち壊されてしまった。


 井戸や川から水を運んでくるのが、女の仕事になっている。

 ウェルガーとしては一〇歳の幼妻にそんなことをさせたくはないのだ。

 しかし、ウェルガーがやると言っても、リルリルが「妻の務めです」といってやりたがるのだから仕方ない。


 ただ、楽に水が手に入るなら、そっちの方がいいに決まっている。

 魔法で水を作ってくれる友人がいる。

 それは、本来妻がやるべき仕事を夫がやるのとは意味が違うのだ。


「水が手に入る―― 魔法で……」


 ウェルガーは硬いパンの欠片を口の中で転がしながらつぶやいた。


「マリュオン」

「はい。マイマスター」

「水はどのくらい出せる?」

「一度の魔法発動による最大量?」

「ま、それでいいけど」


 透明な視線を放つ瞳の動きが止まる。

 妖精を思わせるような人間離れ(人間じゃない)した美しい顔の動き全てが止まる。

 本当に人形のようになった。

 ただ、頭の中で、カチャカチャと演算しているかのようだった。


「この島を完全に水没させるのは、三回の魔法発動が必要」


 チューリングテストであれば完全に失格の答えを出すマリュオン。

 生粋の魔法兵器じゃねぇか。コイツ。

 コミュニケーションが成立してない


「一回で新しい水瓶いっぱいになりました」

「水量は調節できる」


 リルリルが今日起きたことから説明を加える。

 マリュオンがその言葉に口にするまでもない常識的なことを付け加えた。


「でも、それが…… アナタ、なにかあるのですか?」


 小首を捻ってリルリルが訊いてきた。その仕草だけで、ウェルガーの脳から幸福快感物質がダダ漏れしそうになる。

 A-10神経にドーパミンが流れ込み至福のヘブン状態になるのだった。


「あ…… いや、水に困らないなら、あの場所に家を作れるかなと思って――」


「あの場所?」


「海が見える、入り江の近くの高台だよ。一緒に何回か行ったろ?」


 後方に疎林があり、水平線まで見える見晴らし最高の場所だ。

 クローバーのような草が広がっている原っぱだ。

 そして、ラシャーラを拉致して逃げようとした船をウェルガーが、石を投げてマストをへし折った場所だった。


「お引っ越しですか! 海の近くに!」


 嬉しそうにリルリルが行った。

 別にこの家が気にいらないわけではないだろう。

 ただ、あの場所はリルリルも俺もお気に入りなのだ。


「まあ、ラシャーラは、船が来たときに迎えに行くから引っ越しても問題ないだろうし」

「そうですね。きっとラシャーラも気に入ります。あの場所を」


 ニコニコと笑いながらリルリルは言った

 ウェルガーは「俺はこの笑顔の為に生きている」と強く思うのだった。


「ま、弟子もできたし、マリュオンも……」


 そう言えば、マリュオンはどこに住んでいるんだろうとウェルガーはチラリと思った。


「あそこで、お店をやりたいです。私はお店を開きたいです!」

「お店? お店かぁ……」

「パンとかお料理のお店です」

「ああ、飲食店かぁ……」


 リルリルはイスから立ち上がり耳をパタパタさせて語った。

 以前から持っていた夢なのか、この島に来てから思ったのかそれが分からない。


「あそこで、店か……」


 今、建設中の街からは少し離れている。とはいっても、この家よりはずっと近い。

 港からであれば、かなり近いといっていい。

 これから、島が発展していけば、悪くない場所かもしれない。


 ウェルガーはあれこれ考えるのを止めた。

 リルリルのやりたいことは、万難を排しても実行するのみだからだ。


「よし! 引っ越しするかッ!」

「はい!」


 リルリルが喜ぶことは可能であれば、即実行。それが、引退勇者であるウェルガーの生き様なのである。


 引っ越しが決定し、夕食が終わる。

 マリュオンは「ごちそうさまです」と言ってペコリと頭を下げ、家を出て行った。

 

(彼女はどこに帰るんだ?)


 魔法使いだから、「結界」とかそういった家のようなモノが作れるだろうかとウェルガーは思う。

 そして、魔法兵器ともいえる彼女の安全を脅かせるような存在はこの島にはいない。


 カターナは「お、美味しかったです!! 奥方の料理はぁぁ!! 最高だ!」と感激を露わにしてリルリルに礼を言った。

 飾り気のない、本当に本心からの言葉だ。

 リルリルも嬉しそうに耳をパタパタさせて「そうでもないですぅ」と照れる。

 

 ウェルガーの中で、弟子となったカターナの評価が上がる。

 リルリルを悦ばせるというのは、非常にポイントが高い。


 そして大剣を背負い、カターナも家を出ていく。

 五〇メートルほど先のポンコツ・ガラクタのサバイバル・シェルターみたいな場所に帰るのだ。


(引っ越しに合わせて、弟子(アイツ)にも離れたとこに家を作ってやろう)


 ウェルガーでも、あれは流石に酷いと思っている。

 スッと家の中が静かになった。

 ふたりだけの空間。それは、久しぶりのことだった。

 

「…… ふたりきりになってしまいました……」


 リルリルがウェルガーの背中にぺとっとくっ付いて行った。

 小さな体の温度がウェルガーを浸食し、リルリル成分が全身に浸み込んでくるのだった。


「お風呂も沸いています。一緒が…… いいです……」


 ちょっと照れた上にデレて甘えた感じでリルリルが行った。

 ウェルガーの脳神経が焼き切れそうになる。


「じゃ、お風呂、ベッド、でもう一回お風呂だぁぁ」


 ウェルガーが荒い呼気をはぁはぁさせて言った。

 リルリルはキュッとウェルガーにしがみ付く。


「アナタが大好きです。私は幸せすぎです」


 もはやその言葉で、ウェルガーの脳は真っ白だ。

 脳が蕩けて、そのまま耳から白い液体がダダ流れになりそうになる。


 久しぶりのふたりきりの夜だった。

 とにかく、その夜から明け方まで――

 

 おふろで五回、ベッドで一〇回、さらにお風呂で――

 ウェルガーはリルリルと激しくいちゃラブラブエッチなことをした。

 ウェルガーの蕩けて真っ白になった脳みそは、耳からではなく、別のところから溢れだしたのだった。

 それは、あくまでも、比喩表現としてであるが。

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