★閑話★

 閑話は本題とは関係ない、ふたりのちょっとした日常のエピソードです。


 ちょこんと、小さなエルフの少女が草の上に座った。

 

「風が抜けて涼しいです。アナタもこっちに――」


 リルリルがウェルガーを見あげて行った。

 濃藍の瞳が緑の風景の中で輝く宝石のようであった。

 黄金の細い糸で創り上げた彼のような、長い髪が浜風の中を揺れている。

 陽光を散乱させ、まばゆい光の粒子に包まれているかのように見えた。 


 その光景は、まるで幻想を実体化させたかのような感じがして、ウェルガーは呆然と立って自分の妻を見つめる。


「もう、ジッとみて…… 隣に座って欲しいです」


 恥じらいと蕩けるような愛情の混じった声音で、エルフの美少女は言った。

 リルリル、10歳――

 元勇者ウェルガーの幼妻だ。


 ウェルガーは、元日本人のおっさんで、女には全く縁がないブラック企業の中間管理職だった。

 他人のプロジェクト失敗のしりぬぐいのために行った過酷な業務で過労死。

 そして、異世界に転生した。


 異世界に生まれ変わり「ラッキー」と思ったが、それは甘かった。

 赤子のときから、黒髪の悪魔、鬼畜、変態の師匠により、勇者としての過酷な修行が始まったのだ。

 もはやそれは、虐待という言葉すら生ぬるい。

「民明〇房」が数ページを割くに十分な内容の修行だった。(本編参照)


(俺は、やっと幸せを手にした。そして、リルリルも絶対に幸せにしなければならない。絶対にだ! 命に代えてもだ)

 

 勇者となった彼は、人類を滅亡の淵に追い込んだ数百万の魔族を一撃で全滅させる。

 さらに、山脈より巨大な魔王を瞬殺し、ぶっ飛ばした。死んだ魔王はこの星の第三の月として衛星軌道に乗っているのだった。


 そして、彼は勇者を引退し、その力は封印された。

 彼は、エルフの幼妻を娶った。一目ぼれの相手だった。

 人類を救った功績で、南の手つかずの孤島を領地としてもらった。


 今は、人の良い島民(一緒に移住してきた)とその島で暮らし、島の開発を続けている。


 いつもは、建設に必要な木の伐採を行っているウェルガーだが、今日は休みだった。

 そして、入江の疎林の方へリルリルと一緒に出かけた。デートだ。


「もう~ 早く来てほしいです」


 パンパンとくさっぱらを手で叩き、隣に座れと要求するリルリル。

 

「えっと…… お願いがあるんだけど」


「え?」


「座るんじゃなくて、ひざまくらしてくれないかな…… ダメならいいけど」


 ウェルガーは思い切っていった。

 彼女の膝の上、底で寝転んでみたくなったのだ。

 

「えッ…… ひざまくらですか?」


 そう言って、リルリルはあたりをきょろきょろする。

 人気が無いのを確認しているのだ。


「ダメかな。ダメなら座るだけもいいし」


 そう言ってウェルガーはリルリルの隣に座った。

 軽く彼女の手をとった。


(くそぉぉぉ―― なんで、こんなに細くて、小さくて可愛くて、あり得ない程柔らかいんだ…… ぐぁぁぁぁぁ――)


 リルリルとの接触。家の中では散々、イチャイチャしているのだが、ちょっと触っただけで、ウェルガーの脳が溶けそうになる。

 外でイチャイチャするのと、家の中ではまた違うモノがあった。


「人、いないですよね――」

「まあ、この辺りは、人はこないよ。そもそも、島の人口がまだ少ないし」

「そ、そうですよね……」


 そう言いながら、リルリルの耳が赤くなりパタパタと振られていく。


「いいです。ひざまくら―― でも、ギュッと重くしないでください」

 

 リルリルは恥ずかしそうに言った。

 家ではもっと、恥ずかしいことをやっているけど。

 初々しい新婚夫婦の姿がそこにあったのだ。


「リルリル―― 可愛いなぁ♥」


 そう言ってウェルガーはごろんと、彼女の膝の上に寝転ぶ。

 思いきり体重はかけないが、柔らかい腿の感触――

 そして、彼女の体温が染み込んでくるようだった。


「もう…… 小さな、子どもみたいです」

「子どもみたいな、俺はダメか?」

「ん…… そ、そんなことないです。大好きです。私は、どんなアナタも大好きです」


 周辺の空気がべたべたの砂糖か蜂蜜のような匂いになってくるようだった。


(ウェルガー、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、愛してます)


 愛する夫の重さを細い脚の上に感じ、リルリルも、幸せだった。

 抑えることのできない、彼への思いがあふれ出てくる。恥ずかしくて言葉にはできない。

 違う――

 その思いは、口にすることが出来ない様な思いだった。


 時間がゆっくりと流れて行く――


 海から聞こえる波音は倦みもせず、同じ音を繰り返していた。


 幻想と夢と現実が混ざり合い、その空間を彩っていく。

 ふたりはジッと見つめ合っていた。

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