4-5  龍の目

 それで、おれ、今、『本日の武器』として、なんとなんと、あの、妖刀『霜降らし』を持っている。

 この、由緒ある、しかも、おそらくは超高価であろう刀を、あやかさんが持つのではなくて、おれが使ってもよいものとして持っている。


 萱津たちが来るまでに、まだちょっと時間がありそうなので、そのことについて、今、話しておこう。


 朝、お父さんの会社から戻ってきて、みんな、一度、うちの食堂に集まった。

 そのときは、妖結晶の入った鞄は、有田さんとデンさんが持っていて、それぞれの脇に何気なく置いていた。

 そして、このとき、かをる子さんは、まだ、おれたちと一緒にいた。


 それで、席に着くと、吉野さんが、『朝ご飯、お弁当を食べたとはお聞きしましたけれど…』と、サンドイッチを大皿に盛って出してくれた。

 好きにお取りなさい、といった感じで。


 それに、たっぷりのおいしい紅茶も。

 この香り…、たまらずに、まず、紅茶に口をつけたんだけれど、それが呼び水。

 全員、サンドイッチにまで手を出した。


 そして、そのとき、こちらでの作戦というか、まあ、いつ来るのかわからないけれど、どのように構えておこうかという話になった。

 すると、まず、かをる子さんが、自分は『地下に潜ってるよ』と言い出した。

 これ、萱津が怖がって近づかない、なんてことがないようにするためになんだとか。


 かをる子さんが一緒にいないことを、アイツがどう考えるのかは、まあ、向こうのことだということで、こちらはこちらで、やることをやっておこうということ。

 かをる子さんの住まいや、常にあやかさんと一緒にいること、そんな情報は、初めから、向こうとしては持っていないだろうと言うことで。


 そんなこんなで一通りの打ち合わせが終わったところで、かをる子さん、サンドイッチを二つ食べ…ハムが主体のものと、卵が主体のものとの2種類あったので、その両方を食べて…、紅茶を飲み干してから、

「それじゃ、私、帰るから…」と、席を立った。


「あっ、地下室まで、私も一緒に行くわ。

 一応、『霜降らし』も用意しておかないといけないから…。

 あなたも、なんか、適当な刀でも、持っていた方がいいんじゃないの?」

 と、あやかさん、最後に、おれに向けて一言付け加えた。


「えっ?刀…?」


「そう、刀。

 一振り持っていなよ。

 あそこにあるの、『霜降らし』の替え玉とは言っても、いい刀ばっかりだから、どれか気に入ったの持ってるだけで、ちょっとは気合いが入るかもよ」

 と言って、ニヤッと笑った。


 気合いは、充分に入っているつもりだったんだけれど、まあ、いいか。

 こういうことは、言われた通りにしておいたほが、あとあともいいに決まっている。

 ということで、かをる子さんと一緒に、あやかさんと、久しぶりに、地下室に行った。


 妖刀『霜降らし』などの刀…替え玉も一緒…は、かをる子さんが地下室で暮らすようになったとき、1度は2階のおれたちの区画に持って行ったんだけれど、大切な刀を保管する環境ではないということで、今は、元々置いてあった、地下室の脇にある、湿度などをコントロールできる小さな部屋に戻してある。


 地下室に入ると、あやかさん、奥の方に行き、刀を二振り持ってきた。

 刀二振りなので、一振りはおれのためかと思ったら、違っていた。


「困っちゃったな…。

 普通に使うのなら、こっちの方が使いやすいんだけれど、『霜降らし』も必要だし…」

 と、あやかさん、どのように対処したらいいのか、悩んでいた。


 一振りは、普段、練習などに使っている、『霜降らし』の替え玉。

 替え玉とはいえ、もちろん、かなり…いや、すごく、いい刀。

 替え玉だけれど、機能を考えなければ、見た目では『霜降らし』として充分に通じる。


 でも、特に名前はない。

 まあ、替え玉に、ほかの名前があったら、おかしいからね。


 そうしたら、かをる子さん、

「あやかは、こっちの刀の方が好きなの?」

 と、その替え玉の刀を、あやかさんからゆっくりと取った。


「うん、馴染んでいるせいか、扱いやすいのよね…」


「ククク…、本当は、それだけじゃないんだと思うよ。

 実はね、刀として見れば、『霜降らし』よりも、こっちの方が、できがいいんだよ。

 本物よりも、替え玉の方が質がいい…、ククク…、よくあることかもしれないね…。

 あやかは、それを、ちゃんと見抜いていたんだよ。

 ククククク、見る目がある、と言うことだよね…、ククク…」

 と、かをる子さん、うれしそうに、また、面白そうに笑っていた。


 で、刀としては、そういうことだったわけ。

 でも、妖刀『霜降らし』には、『霜降らし』でなければできない、妖刀としての機能がある。


 それは、妖魔のような暴れ回るエネルギー体を、1点に集結させて、妖結晶としてしてしまう力。

 『神宿る目』になったときに持つあやかさんのエネルギーと、協調しての働きだ。


「それじゃ、あやかのために、特別、こっちの刀にも、『霜降らし』と同じような力をつけておこうか…」

 と、かをる子さん、あやかさんの愛刀を引き抜いた。


「えっ? そんなこと、できるの?」

 と、あやかさん。


「あたりまえだろう。

 その『霜降らし』だって、今、サチが持っている短刀だって、あのようにしたのは、わたしなんだからね、ククククク…」


 そう言って、かをる子さん、鞘を、左の台に乗せて、引き抜いた刀をぽんと上に投げて、真剣白刃取りのように、バシッと刃を両手で挟んで受け止めた。

 この人…本当は人ではないんだけれど…ものすごく怖いこと、平気で、しかも、何気なくやる。


 そして、神社や寺で拝むような格好で、両手を合わせたまま…もちろん、その両手、日本刀を挟んだままだけれど…、目をつぶった。


 すると、すぐに、日本刀の刃がうっすらと光り出した。

 やがて、刃に赤味が差していき、全体が真っ赤に変わり、さらに、オレンジ色が混ざるようになった。


 ちょうど、日本刀を打つときの、火に入れた刀のように見えるんだけれど…それに、実際、なんとなく熱さも感じるんだけれど…、つかの部分は煙が立つわけでもなくそのままだし、かをる子さんの手も普段のまま。


 やがて、刃は急速に白くなっていき、すぐに普通の輝くやいばの色に戻った。


 すると、かをる子さん、刀を挟んだ両手をポンと上に伸ばしてその刀を放り上げ、落ちてきたところを、右手で受け取る。

 何気なくやっていて、ちゃんと、日本刀の柄を握っているのは…それまでかをる子さんに向いていたは反対の方を向いている…、おれからすると、奇跡のような技。


「ほら」

 と、かをる子さん、あやかさんに刀を突き出した。

 もちろん、柄の方が先に出ていて、刃の方は、後ろに斜めっている。


 刀を受け取って、刃を見ていたあやかさん、

「本当だ…。

 この刃、『霜降らし』と、同じ感じだ…」


「機能的には、あやかに合わせて、少し強くしてあるよ。

 前のだと…、お藤に合わせていたので…、ちょっと弱かったかもしれないんだよね」

 お藤って、あの、翠川一族の最初の頃にいたオフジさんのことだろう。

 この一言で、いろいろな流れの輪郭が、わかった気がした。


「強い、弱いって?」

 と、あやかさん。


「うん、まあ、使うエネルギーの出方というか…、持っている力、その全部を出し切ることができるかどうかということなんだけれど、これ以上の説明は、かなり面倒だよ。

 まあ、今のあやかに合わせて作った、と言うことで、ありがたみが増すだろう?」


「ええ、確かにそうね…。

 私の刀って感じるわ、ありがとう。

 となると、こっちはこっちで、何か、名前をつけようかしら?」


「ああ、それだけれど、『霜降らし』なんてダサい名前じゃなくてさ、『龍の目』にしないかい?」


「龍の目?」


「そう、龍の目。

 櫻谷では、妖魔なんて言われているけれど、あれこそが龍なんだということ、覚えておいてもらいたいのと、今回の戦い、私が参加しているからには、画竜点睛を欠くなんてことにはならないよ、という意味でね」


「わかったわ、それじゃ、今日は、この『龍の目』を持っていることにするわ。

 それじゃ、こっちの『霜降らし』はしまっておこうかな」

 と、あやかさんが言ったとき、


「せっかくだから、龍平に持たせておきなよ。

 龍平でも、役に立つんだよ」

 と、かをる子さんが言った。


「えっ?うちの人も?」


「当たり前だろう。

 龍平だって、力…本人は、ヒトナミの力って言ってるけれど…それを使えるんだから、似たような作用は出てくるよ。

 ただねぇ、どのくらいの作用だとか、具体的にどうなるんだとか、あとは、本人次第だ、というところなんだよね、ククク…」

 と、最後には、なんか、含みを持たせる笑いをした。


 と、言うことで、今、おれ、妖刀『霜降らし』を持っている。

 でもな…、確かに、『霜降らし』って名前…、ダサいかもしれないな。

 まあ、『龍の目』だって、似たようなもんなのかもしれないんだけれど…。


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