第49話 もし良かったら


「それにしても昨日の大雨凄かったね」一ノ瀬が歩きながら言う。その言葉に俺も柊子も頷いた。昨日の夕方から振り始めた雨は、夜遅くまで止むことなく続いていた。未だ道路には、雨の名残が残っている。


 柊子と一ノ瀬と放課後残り、学校で勉強した翌日、俺たちはいつものように朝早くからファストフード店に行き、テスト勉強をし、今から学校に向かうところだった。


「今日もなんか雨降りそうね」柊子が空を見て言う。見ると、太陽は大きな雲に隠れており、いつ雨が振り始めてもおかしくない空模様だった。影静も雨が降ると予想し朝、俺が出るときに傘を持たせていた。


「うん、お昼頃また降るみたい」一ノ瀬がスマホの天気アプリの画面を見せてくる。その画面には――町12時頃から雨と表示されていた。


 その予報どおりに、昼頃また雨が振った。雨の音が響く中、授業を受ける。

 雨風が窓に当たる。でもどこか、その音に落ち着く感じがした。


「ここはテストでるから、確実に復習しとけよ~」黒板の前で教師が言う。

 このように、テスト前にある程度テスト内容を教えてくれる先生もいる。

 とくにテスト前の最後の授業では。すげぇ、ありがたい。


「うーし、じゃあこれで俺の授業は終わりかな。もうテストは作ってあるから、あとは大丈夫かな。お前ら赤点取るなよ~、赤点とったやつは夏休み学校だからな」


「「え~」」


「先生もしたくねぇから、ちゃんとやっとけ~」


 そう言って、教師は教室から出ていった。

 そして休み時間になった。


「嫌だぁ~、夏休み学校は嫌だぁ~」

「わたしもちょっと怖いなぁ」隣の席で一ノ瀬が小さく言う。

「一ノ瀬は大丈夫だろ」

「うーん、英語がちょっとね」


 そう言って少し笑う一ノ瀬。俺はそれを聞いて少し、というか結構不安になった。一ノ瀬さんが赤点とるなら俺は恐らく0点である。と話していると、柊子が近くに来て話に加わる。


「恋詩、夏休み頑張ってね」と辛辣なことを言う柊子。

「まだ赤点って決まったわけじゃないんですけど」

「あはは、柊子ちゃんひどい」


 そんな感じで学校での時間は過ぎていった。





 時刻は午後5時。学校が終わり俺は自宅に向かっていた。

 お昼ごろから降り出した雨は、幸いにも放課後には止んでおり傘を差す必要はなかった。


 いつもの道を通り帰宅する。雨上がりの匂いと、心地よく感じる冷たい風。街路樹の側では蛙や虫が鳴いており、雨があったということを全身から感じさせる。


「そういえば、あれ切れてたっけ」


 俺はいくつかの日用品が切れていたことを思い出し、帰る途中にスーパーに寄ることにした。不足していた日用品を買い、スーパーを後にする。


 そうして、自宅に向かっていると黒いフードを被った女性がこちらのほうに歩いて来るのが見えた。どこか見覚えがある。女性も俺に気づいたように、視線を向ける。フードの隙間から銀色の髪が覗いていた。


「佐藤さん……?」

「ちっす、偉月さん」


 以前、一緒に猫を助けた女性、偉月さんがそこにいた。

 



 



 近くの喫茶店。そこに俺と偉月さんはいた。二人用のテーブルに向かい合って座っている。何故こんなことになったのかは俺もよくわかっていない。ただ見せたいものがあると、偉月さんに誘われたのだ。


 それにしても前も思ったが、偉月さんすごい綺麗な人だな。艶のある長い銀髪を後ろで纏めており、どこか清廉な雰囲気を持つ彼女。喫茶店でフードをとると、店内の人が全員、彼女に見惚れていた。「すごい、海外の女優さん?」「美人」そんな声が微かに聞こえる。


 俺も心の中でそれに同意した。本当に外国の女優のように思える。


「佐藤さん、これを」そう言って、偉月さんがスマホの画面を俺に見せてくる。そこには、日本家屋の縁側で日向ぼっこをする猫の動画が流れていた。


「以前、佐藤さんが助けた猫です」

「えぇー、すっげえ変わりましたね」


 猫は以前の様子とは全く違い、その場所で優雅に過ごしていた。

 毛並みも綺麗に整えられ、怪我をしていた足もほぼ治っている様子だった。


「ここどこっすか」

「私の自宅になります」

「……すごい」


 動画に映る家はチラリと見るだけでも、とても広いということがわかった。古き良き日本家屋。まるで大河ドラマに出てくるようなお家だ。


 前も思ったけど、偉月さんってすごい家柄なのだろうか。


「この猫さん、なのですが、私の自宅のほうで飼うことにしました。家族も気に入ってくれたので」

「えー、そうなんすね。良かった~」

「それで……もしよかったら佐藤さん、名前を付けてくれませんか?」

「なまえっすか?」

「はい、すごく悩んだのですが、私はこういうのが苦手で」


 そう言って、少し困ったように眉を下げる偉月さん。

 名前かぁ、どっすかなぁ。


「公園……雨……キャッツ」と悩む俺。

「……」それを心配そうに偉月さんは見つめている。


「……ハムぞう」それが俺の頭で浮かんだ名前だった。

「ハム蔵?」偉月さんが聞く。

「公園で雨宿りしたから、ハム蔵……ってさすがに安直っすね」そう言って、俺は笑った。さすがにねぇわ。そう公園の公という字をカタカナで分けるとハムになるのである。そんな適当な考えから生まれた名だった。


「いえ、とっても良い名前だと思います、可愛いです」

「ほんとっすか?」

「この子の名前はハム蔵にします、ありがとうございます佐藤さん」


 そう言って偉月さんは優しく微笑んだ。

 

 そうして猫の名付けが終わり、偉月さんがごちそうしてくれたケーキとコーヒー(ミルクをめっちゃ入れた)を頂きながら、俺達はもう少し話をすることにした。その中で偉月さんのことを色々と教えてもらった。

 

 偉月さんは今年で24歳らしい。大人の女性というやつである。

 

 また、まだ結婚はしておらず、家族で暮らしているなど。

 結構色々なことを教えてもらった。

 ただ、仕事について聞くと偉月さんは、少し悩んで「秘密です」と言った。なんだろうすごい気になる。


 ハッ、あれだろうか。実は夜のお仕事とかそういう。俺はこれ以上聞いてはいけない気がして、仕事については聞くことをやめた。


「佐藤さん……あの」偉月さんが少し言葉を途切れさせながら言う。

「ん? なんすか?」

「あの……もし良かったらこれからも、こうしてお話しませんか?」

「ふぇ」

「佐藤さんとお話するのすごく楽しいです……私、こういうの初めてで」

「……え、あっ、あっ、大丈夫っすよ」


 一瞬何言われてるのかわからず、テンパってしまった。


 これはあれだろうか夢か。夢なのか。普通、こんなことある?

 モテ期か? ついにモテ期と呼ばれる伝説の現象が来たのか?

 

 むっ、待て。もしかすると何かの罠なのかもしれない。

 結婚詐欺てきなそういう。美味しい話には裏があると昔から決まっているのだ。落ち着こう俺。


「嬉しい……ありがとうございます」


 そう言って微かに笑みを浮かべる偉月さん。その笑みに邪気はなさそうだった。どこまでも真っすぐで、透き通っている人。そんなイメージを俺は偉月さんに抱いた。


 そうして俺と偉月さんは連絡先を交換し、その後もしばらく話をした。

 気づけば19時を過ぎようとしていたので、そこで今日はお別れすることになった。


「佐藤さん、ではまた」偉月さんは俺に小さく手を振り去っていった。











「ただいまー」そう言って家に入ると、いつものように影静が「おかえりなさい恋詩」と迎えてくれた。影静の服は、着物ではなく黒のラフなTシャツとショートパンツ。もうこちらの世界の服を着ることにも慣れたのか、影静はどちらかというよりも着物よりこちらの服を着ていることがほとんどになった。


「ん? どうしたんですか?」と聞く影静。

「ううん、なんでもない、ってか腹減ったー!」


 ギュルギュルゥと音が部屋に響く。俺はさっき喫茶店でケーキを食べたはずなのに、むしろいつも以上にお腹が減っていた。


「もうご飯出来てますよ、食べましょう」と影静は笑いながら言った。


 そうして夕食を食べ入浴した後、俺はテストに向けて勉強することにした。テーブルの上には参考書と筆記用具が広がっている。ちなみに影静はその隣で、静かに読書をしていた。


 そうして、ただ穏やかな時間が過ぎていく――




 はずだった。


「え……」俺は持っていたペンを落とす。


 遠くで”何か”が開いた。その”力”が俺にまで伝わった。

 感じたことのない奇妙な感覚だった。


「恋詩……狭間が開きました。2つ。それに……これは」

「俺も……感じた」


 そして世界に”何か”が墜ちた。

 





 薄暗い室内。御堂朱里は壁に凭れ掛かるように座っていた。

 その表情に覇気はなく、何かが抜け落ちたようだった。


「……」


”もう彼の人生にあなたは必要ない。私が守るから……ずっとね”


 そう言った、彼女の言葉が頭で何度も蘇る。

 

「私が守るから……か」


 私が彼に言えなかったこと。その覚悟が足りていなかったこと。

 彼女はその言葉をいとも簡単に言う。


「……あぁぁ」


 全て、自らの弱さが引き起こした。

 彼を傷つけたのも、こうなったのも。


 何度も繰り返した思考。

 どこまでも黒く終わりがない。


「あ……」


 そう考え込んでいたとき、それは起きた。


「なに……これ」


 ”鬼道”が開いている。これまでに感じたことのない規模。

 しかもこの方向は。


 コールが鳴る。

 つまりそれは”鬼”が出現したということ。

 その呼出の名前には御堂椎名と表示されていた。

 

『朱里、聞こえる?』


「お姉ちゃん……?」


『”鬼”が2体出現したわ。しかも……東部本部を挟む形で』


 








 その日、叛鬼衆東部総括本部、その北側と南側に”鬼道”は開いた。

 そして、それぞれの”鬼道”から”鬼”が出現した。




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