第26話 バカップル
5:13p.m.
「すげー雲」
俺は空を見上げて呟いた。
どんよりとした曇り空だ。
今にも雨が降りそうだと思う。
でも俺は特に心配していなかった。
なぜなら天気予報よりも当てになるうちの妖刀が言っていたのだ。
”今日、雨降るかな”
”降っても通り雨ですね、すぐに晴れるでしょう”
らしい。
ちなみに今までも、何度か影静に天気を予想して貰ったが、外れたことがない。なので、俺はもう天気予報を見ようとせず、影静の言葉で傘を持っていくか決めていた。
俺は空を見上げるのを辞めて、歩みを再開させた。
違う高校の生徒の集団や、ネクタイを緩めたスーツ姿のサラリーマンが目に入る。金曜日の夕方ということもあり、皆の表情は明るい。生徒たちは今からどこに遊びに行ったり、サラリーマンはこれから飲み会だったりするのだろう。一週間分の疲れを癒やすために。
「にしても」
未だ、志波竜次は見つからない。
昨日も町を探索し、怪しい男たちを捕まえて話を聞いたが、”大蜘蛛”のメンバーではなく、皆答えることは同じだった。だが、もう大まかにではあるが志波竜次が潜伏していそうな場所はいくつか見当がついた。
後はもう、一つずつ確認し絞り込んでいくだけだ。
「……」
そんなとき、”しゃりん”とメッセージアプリの音が鳴った。
画面を覗く。俺は息を呑んだ。
「……っ」
”栞さんが攫われた”
そんなメッセージが雪さんから届いていた。
俺すぐに学校の方へ走った。
「マジか……マジかよ! クソったれ!」
*
「雪さん!!」
「恋詩……」
学校から少し距離のあるバス停付近に雪さんは座っていた。頬が腫れ、殴られたのだと遠目からでもわかる。
「栞さんが攫われたって」
「うん……そのまんまさ、僕が一緒にいたのに笑えるでしょ?」
雪さんは俯いた。
俺はすぐに雪さんから大まかな話を聞いた。
それは、15分前に起きたことで、雪さんは殴られ数分意識を失っていた。警察を呼べば、栞さんを壊すとも言われたそうだ。
そして栞さんを連れ去った相手が志波と呼ばれていたと雪さんは言った。おそらくそいつが指名手配犯の志波竜次だったと。
警察には頼めない。だから栞さんを助けるのに協力して欲しいと。
「ごめん……こんなこと頼めるの恋詩しかいないんだ。僕弱いから……でも絶対に助けたいんだ。栞さんを助けるの手伝ってほしい」
そう言った雪さんの目はさっきまで俯いていたとは思えないほどギラギラしていた。何があっても絶対に助ける! という強い決意がそこにはあった。
「もちろん手伝います、でもどうやって」
15分という時間は大きい。車であれば結構遠くまで行ける。
だが、まだ栞さんを連れ去っただろう志波竜次の隠れ家は見つかっていない。
どうする? もう手当たり次第に候補の場所を探しまくるか?
そう考えていると、雪さんが俺にスマホの画面を見せる。
そこにはマップ上で動く丸い点があった。
「栞さんの位置情報」
「……」
「その、栞さんに言われて、位置共有アプリ二人で入れてるんだ」
バカップル……。
雪さんは意識を取り戻した後、すぐにタクシーを呼んでいたらしく、俺たちは急いで到着したタクシーに乗り込んだ。
タクシーの後部座席で俺たちはスマホを覗きこむ。
「……」
丸い点は未だに移動している。
この速度からして栞さんを攫った奴らも間違いなく車だ。
どこに向かっているのだろう。
この方向は確か……。
「「え」」
雪さんと俺の口から戸惑いの声が漏れた。
丸い点が急に止まったのだ。
「でも恋詩ここって」
「はい、ここ何もないっす……たしか大きな公園の建設予定地だった筈っすけど」
ひとまず、その場所へ向かう。
タクシーの運転手に「お願いします! もっと飛ばしてください!」と言いながら。
タクシーの運転手は、ただ事でないと俺たちの表情を見て感じ取ったのか、「わかった」と一言だけ発し、さらにアクセルを踏んだ。
約十分後、俺たちはその点の位置に到着した。
「嘘……」
道路の端に、画面が割れたピンクのスマホが捨てられてあった。雪さんの表情を見る限り、それは栞さんの物で間違いないようだ。
「そんな……もう終わりだ」
雪さんが俯いた。
すべてを諦めたような雰囲気だった。
「……雪さん、大丈夫っす」
「……?」
「ここまで来たらだいたい予想できそうっす。ソイツらの行き先」
「え」
突然だが俺は幼い頃、――町流離いのチャリ小僧と呼ばれていた。この辺も、チャリで来たことがある。なので、この先にあるのもだいたいわかる。
この方向で、志波竜次たちの隠れ家になりそうな場所はもう限られている。俺の直感のようなものだが、もう志波竜次の居場所はなんとなく予想がついた。
さらに俺たちはタクシーを走らせて、その場所へ向かった。
俺の予想が正しかったのならきっと。
俺は、一昨日世界史のノートに書いた地図を脳裏に浮かべながらタクシーの運転手を案内した。
「ついた」
俺たちはタクシーから降りた。
そこは町の繁華街から数百メートルほど離れた場所。
繁華街の近くであるが外からはわかりにくい隠れスポットのような場所で人通りは少ない。
「恋詩、本当にここにいるの!?」
「少し確認しますね」
そこは今はもう使われていない、古びたライブハウスの前だった。
駐車場には2台ほど車が停まっているだけで、外観は普通だ。
去年、隣町に移転し、取り壊し予定のライブハウス。
ここなら、騒いでも声が漏れることはないし、人通りは少ない。
それに数十人もの人間が屯することが出来る。
うってつけの場所だ。もし俺が志波竜次ならここを選択する。
俺は、確認するために意識を聴覚に、嗅覚に集中させる。
影静の力によって、今の俺の五感は普通の人間の何十倍にもなっている。だからそれだけでもきっと分かる。
「……ビンゴ」
ライブハウスから微かに喋り声が聞こえた。
話の内容までは分からない。だが、少なくとも20人以上の人間が”今は使われていない”このライブハウスの中にいる。
それに匂いがする。
虫のような匂い、汗の匂い、香水の匂い、そして甘ったるい奇妙な匂いがライブハウスから漂っていた。そして隣にいる雪さんと同じ匂いがほんの微かに残っていた。たぶん、これは栞さんの匂いだ。
「雪さん、ここに栞さんはいます」
間違いない。栞さんも志波竜次も、このライブハウスの中にいる。
*
そのライブハウスから200メートルほど離れた、5階建てのマンションの屋上。そこには風を物ともせず奇妙な男が仁王立ちしていた。
まるで何百年も前からタイムスリップしてきたような兜と鎧を身に着けている男。その男には両腕がなかった。だが、何のためか男の腰には二本の刀が差してあった。
「鬼の匂いがするのう、本物の鬼の匂いが」
男はライブハウスの近くにいる一人の少年を見ながら、掠れた声で呟いた。
「そうか、”虫”が何体か、帰ってきたのはあの坊からする鬼の匂いに逃げてきたというわけじゃのう」
本来”虫”は、どれほど強い相手であっても取り付いた個体の暴力性を増して死ぬまで戦わせる。逃げるということはない。相手が強ければ強いほど、寄生個体が死ぬ可能性が高くなり、それは”虫”にとって喜ぶことだ。産卵の場所が出来るのだから。
だが、一つだけ例外がある。
鬼。それに相対した”虫”は、その生態すら忘れ、ただ逃げることを選択する。知能をほぼ持たない”虫”ですら、その臭気を嗅ぐだけで、怯え逃走するのだ。
「面白くなってきたのう、酒が欲しくなるわい」
男はそう言って、屋上から姿を消した。
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