第24話 「おっさんさぁ、俺らに金貸してくんない?」

 

『前回のあらすじ 暴糞虫の生態を恋詩は知る。暴糞虫に寄生された生物は、暴力性が増し喧嘩っ早くなり、一部の個体は身体能力や皮膚の強度が増す。ここ最近の拉致、暴行事件はこの虫が関連している可能性が高い。恋詩たちはそれを調べることに。恋詩は影静から右半分が人、左半分が鬼を模したお面を貰う』





 高層マンションの屋上。そこに俺と影静はいた。

 影静は妖刀の姿で、俺は半分づつ鬼と人を模したお面をつけて。

 

 風が心地よい。頭上の月が、すぐ近くに感じられる。ここからなら――町の大部分を見通すことが出来る。


「恋詩、いいですか」

「頼む師匠」


 膨大な力が俺の身体に流れ込んでいく。元々あった力の通路がさらに拡張される。力によってその速度を増した心臓から流れ出る血液が、前腕に血管を浮き上がらせる。思考が、すべてクリアになっていく。身体が燃えているような感覚。


「さぁてと、探しますかね」

「えぇ」


 俺は、町を見下ろす。この高層マンションの高さはだいたい150mだろうか。そこの屋上から町を見ているのに、まるで望遠鏡を使用しているようだった。町を隅々まで見渡せる。元々高かった視力がさらに影静の力によって、何倍にもなっているのだ。


「見っけ」


 遠くの公園に、おかしな光景が見えた。男たちが屯している。それだけなら別におかしくない。おかしかったのは、男たちの手には、顔を隠せるマスクのような物と、バットがあった。


 その光景は、今から人を襲いますよとでも言っているようだった。


「じゃあ、行くかぁ」


 俺はビルから飛び降りた。





 *




「な、なんだね、君たちは」


 恰幅のよい中年の男性が、怯えたように後ずさる。

 その中年の男性は、高級そうなスーツを身に着けており、それなりの地位であることを見る者に想起させた。その中年男性の視線の先には、顔全体を覆ったマスクをした男たちが公園の出口を遮っていた。周囲は暗く、あたりに人影はない。


「おっさんさぁ、俺らに金貸してくんない?」

「な、なにを言ってるんだ」


 鈍い音が鳴った。

 青年達の一人が、木製のバットを地面に叩きつけた音だった。

 

「あーもう、察しわりいなこのおっさん」

「だからさ、さっさと出せって」


 中年男性は、それでやっと理解したのか、すぐに踵を返して公園の入口に戻ろうとした。


 だが。


 背を向けた瞬間。意識が一瞬飛んだ。

 後ろからバットで殴られたのだ。


「何逃げようとしてんだ!? あ!?」

「ひ、やめ、やめてくれ。か、金なら払うから」


 中年の男が震える手で財布を取り出そうとする。

 そんなときだった。


「払わなくていいっすよ」

「あ?」


 マスクの男達も、襲われていた中年の男も同じ方向を見る。

 そこには、男達よりもさらに奇妙な人間がいた。

 声からして、男であった。まだ若いだろう。黒いジャージを身に着けている。そこまでなら普通だ。


 だが、その存在の首から上はわからなかった。

 男達のように顔を隠していたのだ。

 右半分が人で、左半分が鬼の面を被って。


「ぷっ、なんだこいつウケる」

「ギャハハハ、なにそれ!! こわー、カッコイイと思ってるんですかー?」


「君! 逃げなさい! こいつらは普通じゃない」


 中年の男は、その存在に向かって叫んだ。確かに奇妙な存在であったが、自分を助けようとしているのはわかった。そのとき中年の男は、その存在が何かを掴んでいることに気づいた。細長い何か。それは刀だった。黒の鞘に赤い柄の刀を。


「んー、どうっすかね……」


 その存在は誰かと会話しているようだった。


「……マジでなんだこいつ、おいやれ」

 

 マスクをした男たちのリーダー格であろう、一番体格の良い男が命令した。それに従い、他の男達がその存在に向かって、バットを振るう。


「やめなさ「まぁ、いいか。操られていたとしても仕方ねぇわ」


 鈍い音が鳴った。

 

「え」


 中年の男は、今自分の目の前の光景を疑った。

 一瞬だった。一瞬で、マスクをした全員が、地面に顔を埋め込まれていた。先程命令していたリーダー格の男の前に、その存在がしゃがんでいた。

 

「あ……あ……」


 リーダー格の男はピクピクと身体を痙攣させ、呻いた。

 奇妙な存在が、顔を地面から引っこ抜き、男のマスクを取る。

 そこから出てきたのはまだ20代前半だろう男の姿。耳にも、鼻にもピアスをし、髪は黄色だ。その男は完全に白目を向いていた。


「ビンゴ。やっぱこいつも寄生されてる……うん、別の場所で」


 その存在は刀を持っている手と反対の手でリーダー格の男を肩に乗せるように持ち上げた。

 

 どこかに連れて行くようだ。


 そして、その存在は、中年の男を一瞥した後、「おじさん、最近は物騒だから気をつけたほうがいいっすよ」と言い、どこかへ走り去った。人を担いでいるというのに、その存在は軽やかな足取りで公園から去った。


「は、はい」


 中年の男は、これが現実だったのか確かめるように自らの腕を抓った。









 町の外れにある廃ビル。

 そこの屋上に俺と影静はいた。ここなら音をたてても風で消えそうだ。影静は、刀の姿から人の姿になっており、いつものように狐の面を被っている。


 そして、目の前には公園でおじさんを襲っていた柄の悪い男がいた。髪は黄色に染められていて、いくつものピアスと、よく見れば服の下に入れ墨もされている。男はまだ気絶したままで、その腕は紐で縛られ柵に繋げられている。


 俺たちは、男を攫った後、この廃ビルに連れてきた。

 男から話を聞くために。


 この男も、暴糞虫に寄生されていた。男から取り出した暴糞虫は影静の足元でひっくり返っている。


 この男が一連の事件の関係者なのはほぼ間違いないと思う。


「兄ちゃん、起きてくれや」


 ペシペシと、男の頬を叩く。

 

「あ……あ?」


 男がゆっくりと目を開く。その目は朦朧としていて、まだ現状を認識していないようだった。だが、俺の顔というか仮面を見た男は、目を見開いた。


「てめぇ!」


「突然だけど兄ちゃん、これに見覚えある?」

「あァ!? なんだそのきったねぇ虫は」


 俺が、男の目の前に出したのは暴糞虫だった。

 

「これあんたについてたんだけど」

「何言ってんだお前、頭湧いてるんじゃねえのか」


(自分に暴糞虫が寄生していたと認識出来ていない?)


 一応、男の表情を見るとそれが嘘のように思えない。


「彼は嘘をついていません」


 隣にいる影静が言った。

 その言葉には確固たる確信があるようだった。


 それにしてもどうするか、男に聞きたいことは山程ある。

 でも一応、この男があれほど暴力的になっていたのは、暴糞虫の影響もあるだろう。できるだけ手荒にはしたくない。


「おいテメェ! さっさとこの縄を解け! 殺されてぇのか!」


 男は騒ぐ。だが、その声は風でかき消される。

 そんなとき、影静が俺の肩を叩いた。


「見ていてください」

「へ?」


 影静が男の前に立つ。


「なんだよ、お前」


 男が不審がって影静を見た次の瞬間。

 世界が凍った。そんな感覚があった。


 なんだこれ。


 恐怖。


 そこにあるのはそれだけだった。

 影静の背中が大きく見える。そして自分がとんでもない矮小な存在に思えてならない。怖い。ここから逃げ出したい。


 足がガタガタ震える。それで気づいた。コレは、死だ。目の前に死が存在している。あの日、錨を持った異形に襲われ走馬灯を見た瞬間、あのときの感情をもっと濃縮したような根源の恐怖。


「あ、あ、あ」


 それで男も同じ恐怖を味わっているのだと理解した。

 いや、きっと俺が感じている以上の”死”という概念を。


「話をしてくれますか?」


 男は何度も必死で頷いた。

 男のズボンが湿っていた。


 うん、仕方ねぇよ。

 俺も漏らしかけたから。

 

『あとがき 更新遅れてすみません。やることが重なりすぎて……。でも今日は2話連続更新なので許して』

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