第21話 病弱系美少年


 10:31 a.m.――高校。1年2組の教室。現在、急遽数学の先生が休みになったため、自習中である。自習という知らせが入った瞬間、教室中が大喜びだった。隣のクラスで授業している先生に怒られない程度の声で生徒は自由に過ごしていた。スマホを触る奴、トランプしてる奴、早弁してる奴など様々だ。言われた通り自習している生徒は極一部。かくいう俺も、特に勉強するわけでもなく、ただぼーっと考え事をしていた。

 

「恋詩」

「……」

「恋詩ってば!」

「へ?」


 気づけば、目の前で柊子が俺に呼びかけていた。


「どうした?」

「あんた、大丈夫? 朝から変だって。呼びかけても反応しないし」


 気付かなかった。俺の顔を見た柊子が、おでこに触る。ひんやりとして柔らかい肌の感覚がおでこにあった。


「熱い……恋詩、これ絶対熱あるよ」

「マジ?」

「ほら、私の触って」


 柊子が俺の手を動かし、自分のおでこに持っていく。手の先に、おでこの柔らかく固い感触があった。間違いなく俺より体温は低い。だけど、きっと俺の体温は平常だと思う。元々、柊子が女性で、俺が男というのもあるが、影静の力が常時流れるようになってから、俺の体温は37.5くらいが平常だった。


「これ普通に微熱あるんじゃないかなぁ、保健室行こうよ、着いていくからさ」

「大丈夫だと思うけど、じゃあ保健室でサボってこうかなー」

「そうそう、サボりなさい」


 ちょっと怒られたくて言ったけど、柊子はむしろそれを推奨する。どうやら本当に心配しているようだった。本当に大丈夫であったが、少し一人になりたかったというのもあり、俺は保健室に行くことにした。


 


「ん? 珍しいね、どうしたの?」

「ちょっと、彼が体調悪そうだったので連れてきました」


 保健室の扉を開けると、そこには俺たちと同じように今年この高校に来た新任の先生がいた。桜井結月先生。まだ20代前半の若い女性の先生。他の先生よりも若く自分たちの歳に近いということと、性格が誰にでも人当たりよく優しいということで、生徒にとても人気があった。ゆず先生とみんなから呼ばれている。俺はあまり保健室を利用したことがないので、話をするのが初めてだったりする。

 

「恋詩、じゃあ私もう授業始まるからいくね、ちゃんと寝てなよ」

「おう、頑張れよー」


 柊子は、そう言って教室に戻った。その後、少しゆず先生に症状を聞かれ、休みたかったので少し誇張して伝えた。ゆず先生は「大丈夫? 家帰ろっか?」と心配そうにしていた。


 罪悪感すごい。


 保健室にある3つのベッドは開いていて、誰も使用していないようだった。ゆず先生にどこのベッドでも選んでいいと言われ、一番左の窓側にあるベッドに横になる。日の光が、当たって程よく暖かかった。


 そしてしばらくベッドの上で日向ぼっこをしていた。やばい、これ最高だ。クーラーが程よく効いていて、程よい温度だ。猫が時折窓際にいる理由がわかる気がする。


 外を見ると、体育着を着た生徒がグラウンドを走っていた。青い線が入っている体育着。ということは、二年生らしい。二年の先輩たちは顔を歪めながらも炎天下のグラウンドを走る。固まって一緒に走る生徒、本気で走る生徒など、様々だ。


 うわー、きつそう。


 と言ってる側から、一人の生徒がどんどん遅くなっていく。どうやらもう限界のようだった。足取りがフラフラしていて今にも倒れそうだ。だけど、彼はまだ諦めないようだった。その生徒を他の生徒が追い越しながらも、心配そうに見る。


 って、なんか見覚えあるな。


 俺はその生徒に見覚えがあった。

 小柄な体格。男にしては少しだけ長い髪。


「雪さんだあれ」


 以前、影静と一ノ瀬と一緒に訪れたショッピングモールで出会った二年の先輩。結構優しかった先輩。


「あっ」


 雪さんが倒れた。グラウンドは少し騒然となった。






 しばらくして、雪さんが保健室に運ばれてきた。

 俺の隣のベッドに。カーテンは閉められていない。

 半分、目は開いているので意識はありそうだ。

 俺が見ていることに気づいたのか、雪さんがこちらに顔を向ける。


「……あ、恋詩?」

「久しぶりっす、雪さん」


 ショッピングモールで少し話しただけなので、覚えてるかなと少し不安だったが、覚えていてくれたようだ。


「あはは、恥ずかしいとこ見られた」

「身体、大丈夫ですー?」

「うん大丈夫。倒れること結構あるんだ。昔から身体弱いから」


 そう言って、雪さんは自嘲するように顔を横に向けた。むっ、病弱系美少年か……歳上のお姉様方に人気出そうなんて俺は思った。でもちょっと返答に困るな。こういうとき何を言えば良いのだろう。俺は昔っから身体だけは丈夫だったから。


 少し沈黙。時計の秒針の音と、クーラーの稼働音だけが保健室に流れる。


「恋詩のクラスの担任って誰?」

「山ちゃんですよ」

「あはは、ほんと? 僕たちが一年のときも山先生だったよ」

「マジっすか」


 共通の話題というのは、コミュニケーションにおいてとても便利なものでそこからは、さっきまでの雰囲気はなく、普通に話ができた。山ちゃん先生の失敗談とか、どの先生には気をつけたほうがいいとかを聞いた。そこから先は、恋愛話になって、雪さんの彼女の話を聞いた。ショッピングモールで後ろ姿だけ見た雪さんの彼女さんは、別の高校の三年らしい。中学の頃は同じ部活で先輩後輩の関係だったとか。


 ……俺もなんか部活入ろうかな。可愛い先輩とランデブーしたい。


 そんな感じで、1時間ほど雪さんと話をした。ついでに雪さんのメッセージアプリのIDも聞いた。こうして一人同じ高校の先輩の友達が出来た。






 お昼時間から、クラスに戻った。一時間ほどクーラーが効いた保健室にいたから、もう元気いっぱいだった。その後、普通に授業を受けて、いつの間にか放課後になっていた。











「ただいまー」

「おかえり恋詩」


 家に帰ると、影静が洗濯物を畳んでいた。正座で。

 

「もう行く?」

「そうですね……そろそろ行きましょうか」


 洗濯物を畳むのを手伝いながら影静に聞く。

 どこに行くかと言えば、裏の世界のあの修練場である。

 ほぼ毎日学校が終われば、修行だ。


 洗濯物をたたみ終えて、ケースに仕舞う。以前はシワができるもの以外は畳まないで閉まっていたが、影静が来てからは、洗濯物もきちんと畳むようになった。


「恋詩……」

「?」


 気づけば、影静の手は止まっていた。俺を見て何かを言いかける。


「少し立ってみてくれませんか」

「え? まぁいいけど」


 突然のお願いに困惑しながらも部屋の中央に立つ。


「あと、服は脱いでください」

「えぇ……」


 影静から詳しく話を聞けば、筋肉の発達具合を調べたいとのことだった。パンイチになった俺の身体を、影静がじっと見る。


 ……なんか、新しい扉開いちゃいそうです。


「ひゃん!」


 ちなみに今のは俺の声。影静が、身体に触れてきたのだ。影静の手が胸の近くに置かれる。今度は、腕、太ももに。


 俺は羞恥心で死にそうだった。え、なにこれは。新手の羞恥プレイか。


「これなら、もう入っても良さそうですね……」

「え? 何? エッチな話?」

「……性的な話ではありません、技の修行にということですよ」


 もう服を着てくださいと言われ、遠慮なく服を着る。でも、どういうことなのだろう。技とは。影静に聞く。


「恋詩、今まで教えたものは、心のあり方と、小手先の技術に過ぎません。ちゃんとした技ではない。ですが今の恋詩なら――」

 

 こうして俺は技を教えてもらうことになった。

 




 




 裏世界にある修練場のすぐ近くにある山。

 そこは岩がいっぱいあり、大仏のほどの巨大な岩がゴロゴロしている。


 その岩の前に俺と影静はいた。


「恋詩、私を握って」


 影静の手をとると影静が妖刀に戻る。

 掴んだ瞬間、身体が燃えているような感覚が俺を襲う。


「集中」

「……はい」


 そして俺は剣を振るった。








 

 1分後。地面にぶっ倒れている俺がいた。

 目の前にあった巨岩は、影も形も、その破片すらも無くなっていた。





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