記憶結びのネコメロンソーダ

ぽてゆき

第1話 突発性親愛記憶欠乏症

 僕には、12歳以前の家族との記憶が無い……と言っても、それまで施設に預けられていた、とかそういう事じゃなく、ちゃんと普通に過ごしていた。


 突発性親愛記憶欠落症──。


 僕が患っている病気の名前。

 親しい人との思い出がすぐに消えてしまう、って症状、あまりにも酷すぎるでしょ!

 10歳の時に家族4人で行った沖縄旅行も全く覚えてないし、妹と2人で行った動物園の思い出も綺麗さっぱりなくなってる……らしい。

 だって、僕としてはそんな思い出を忘れたことすらわからないんだから。


 ちなみに、家族との思い出は無くなってるけど、父親と母親と妹の存在自体を忘れることは無い。

 でも、あくまでも“その人たちのことを知ってる”という感じで、家族っていう特別な存在という感情は持てなかった。


 ……あっ、今は大丈夫!

 中学1年生の時にその病気の第一人者って言われてる医者に診てもらう事ができて、記憶欠落の回避法を伝授して貰ったから。

 それが〈合言葉療法〉。


 患者(つまり僕)にちなんだ言葉を〈合言葉〉として設定し、親しい人からその合言葉を定期的に言って貰うことで、記憶の欠落を回避できるという方法。

 家族と僕との合言葉は〈ウオキッサン〉。

 僕が小さい頃に凄く懐いてたおじいちゃんのあだ名らしいけど、残念ながら全く覚えてない。

 9歳の時に死んじゃって大泣きした……なんてことすらも。

 そのおかげで、高校2年になった今では家族との思い出がちゃんと残ってるし、恥ずかしくてあんまり言いたかないけど、妹たちのことをちゃんと大切な存在だって思えてもいる。

 おじいちゃんの思い出はゼロだけど、毎日家族から「ウオキッサン!」って言われ続けたおかげで、その言葉に愛着が沸いてきたりなんかもしてる。

 そして、17になった今の僕には家族以外にも大切な人が──。

 

 


「ヒナタくーん!」


 公園の入口からこっち向かって、手を振りながら駆け寄ってくる女の子。

 僕はその姿にすぐ気がついたけど、約束の時間に遅刻した罰として街灯にもたれかかったまま気がつかないフリをした。


「遅れちゃってホントごめん! お風呂が気持ちよすぎて!」


 彼女は両手を膝につきながら、ハァハァと息を切らしていた。

 シャンプーの良い匂い、そして湯上がりの火照った顔が妙に色っぽ──。


「あっ、エッチなこと考えてたでしょ?」

「えっ!? そ、そんなわけねーし!!」


 なにそれエスパーかよ!

 せっかく遅刻されたんだからもうちょっと怒るフリをして楽しもうとしてたのに、目と目が合った瞬間に立場が逆転してしまった。


「ほ、ほら、早くしないと風邪引くぞ!」

「うん、そうだね。じゃあ、せーの……」

「ネコメロンソーダ!」

「ネコメロンソーダ!」


 これが、僕とハルカの合言葉。


「じゃっ、また明日!」

「おう、じゃーな!」


 本当はもう少し喋ったりしたいんだけど、今は夜の11時。春の風はまだ肌寒い。

 僕は良いとして、ハルカの親に心配かけるわけにはいかない。

 それに、明日になったらどうせ学校で会えるし、好きなだけ喋れるし。

 ってことで笑顔で手を振りながら、お互いに別々の出口に向かって帰って行く。

 これで8時間、僕たちはお互いのことを忘れずに居られる。

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