第4話

『は、入るわよ…?』


 ドア越しに聞こえて来るその声は、凛花のものだと確信する。

 現在、俺がいる場所は凛花の家の風呂場で、腰にタオルを巻いている状態で風呂の椅子に座っていた。


「お、おう…」


 顔を真っ赤にしている。自分でも自覚しているその状態でそれを言うと、扉が開かれて凛花が風呂場に足を踏み入れる。


「ふふっ、一緒にお風呂なんて久々ね。アレは確か…っ!!」


 凛花が急に黙ってしまうと、俺も以前風呂に入ったことを思い出す。アレは確か…2ヶ月ほど前の事。凛花が俺の背中を流している時に勝手に欲情して結局風呂場で…だった気がする。


「おいおいどうしたよ凛花さんよぉ、やけに動揺してねぇか?」


「し、しししし、してないわよ!!勘違いしないでよね!」


 古臭いツンデレのセリフを吐くが、俺はニヤニヤとしたまま凛花を眺める。


「な、なによ…そんなジロジロ見て…恥ずかしい…」


 どうやら限界を迎えるのは俺が早いかもしれない。だけど待て。俺は理性を抑える事には自信があるんだ。


「いやぁ…いつ見ても綺麗だなと思ってさ」

「っ!?バカ…好きな人にそんなこと言われちゃ…調子狂うわよ…」


 いつもの冷徹という文字が具現化したような学校の凛花は何処へやら。今は小動物のような愛らしさを持った凛花しかいない。


「じ、じゃあ…背中流すわよ?」

「はいよ。お手柔らかに頼むぜ」


 そう言って背中を向けると、ボディタオルでゴシゴシと洗い始める。


「……いい筋肉してるわね…」

「ははっ、そりゃお前と釣り合う男になりたいからねぇ」


 凛花に釣り合う男になりたい。その一心で努力してきた結晶を見てもらうのは、悪い気はしなかった。


「バカ…。そんなことしなくても私はずっとアンタのことが好きよ」

「お前が良くても俺がダメな…っ!?」


 思わず心臓が跳ね上がった様な動揺が走る。凛花は俺の背中に抱きついて、その2つの胸を押し付けるようにしてきた。


「り、凛花さん?」

「……本当なら、私はアンタを止めなきゃなんないと思う。頭おかしいくらいに自分を追い込んで必死に努力して、私と釣り合おうとするアンタを、止めなきゃなんない。だけど…なんでかな?私のためにそこまでしてくれるアンタを、好きで好きで堪んない」


 凛花の鼓動が、俺の背中にも伝わる。恐らくは俺の心音も、凛花に伝わっているだろう。


「恭弥…好き」

「知ってる」

「いや、分かってない。アンタ私がどれだけ好きか分かってない」


 何故否定されるのだろうか。分かっていると言ってるのに分かってないと言われた。

 凛花は俺の耳元で、囁く様にして呟いた。


「今夜はそれを嫌ってほど教えたげるから、覚悟しなさいよ?」


 妖艶に、男の本能を刺激する様な声。何度も聞いた、無茶苦茶にしたくなる様な声。

 俺は立ち上がり、後方に振り向いて凛花と顔を合わせた。


「凛花、とっとと体洗って出るぞ。我慢できそうにない」

「え…?ち、ちょっと…」


………

……


「くっ、くうぅっ…まさかあんなにされるとは思わなかったわ…」


 凛花の部屋の中は、花の様な良い匂いで充満しており、ホテルの様な大人びた雰囲気に包まれた部屋だった。

 その部屋のベッドに、俺達は座って居た。


「楽しかったです」


 お互いにお互いの体を洗い合う時間は幸せでした。うん。


「バカ!変態!」

「変態で結構」


 男は皆変態だ。それに人のこと変態変態言う前に自分はどうなのだろうか。前半はともかく、後半結構楽しんでなかったか?


「ふぁ…あぁ…にしてもなんか気疲れがやばい…」


 ベッドに倒れ込み、そのまま寝落ちしてしまいそうな雰囲気に、凛花が少し不安そうな目を向けてきた。


「………」

「何だよその目」

「し、しないの?」


 そこで俺は小さく笑みを浮かべる。どうやらあのジョークを本気だと思って居た様だ。

 体を起こして、凛花を押し倒す。


「する」

「そうよね。それでこそ恭弥よ」


 そして、俺と凛花はキスを交わすのだった。

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