友達
「あはは。この手は離してやらないぞ? なぜならそれは、君が可愛いからだー」
そんな声が聞こえたのは、通りがかった公園からだった。
街灯もあまりない公園。遊具の奥にあるベンチに、微かに人影が見える。
っていうか、知ってる人だった。
微かな光が、綺麗に映し出したその金髪。腕に巻かれた包帯。
あれは、まあ、あいつしかいないわな。
俺はゆっくりと香月の方に歩き出す。
足音で、姉貴も付いてきてることがわかった。
「な、なあ、何してんだ?」
一向に俺たちに気付く気配のない香月に、俺は恐る恐る声をかける。
すると、香月はビクッとして体が一時停止する。撫でていた猫の手が止まり、にゃーと言いながら猫は茂みの中へと消えていく。
ガクガクと震えながら、ゆっくりと顔をこちらに向ける香月。
「み、み、見た?」
「やっぱりお前、猫好きじゃん」
見てたよと言わんばかりに、俺は少しからかってみる。
瞬間、香月の顔が一気に赤くなる。
まるで、タコがゆであがる瞬間を見たよう。
「ってあれ?誰かと思ったら沙也じゃん」
後から、ゆっくりと歩いてきた姉貴が、香月を見ながら言う。
何?この人たち知り合いなの?
「え?天谷先輩?」
赤くなった顔を姉貴の方に向けながら、目をまん丸にする香月。
「何してんのよ沙也。ってか二人知り合いなの?」
そう言って、俺と香月の方に顔を左右する姉貴。
いや、それはこっちの台詞だが。
「え、いや、まあ。それとなく、友達?って言うよりかは、知り合い?」
この質問に、俺は明確な答えを出すことができなかった。
未だに俺は、香月との関係を上手く言語化することができない。
いや、それは他もそうだ。
一ノ瀬だって、音山だって、真彩はまあ、幼馴染だろうけど。
メッセージアプリのグループということで、この四人の関係を明確に定義することはできるかもしれないけど、個人となったらそれは別。
俺はあいつらと、友達と言えるほどにあいつらと仲が良くなれたのか。
そう問われると、そこまで自信を持って答えることができない。
恐らく、俺はどこが恐れているのだろう。
友達を失うことを。
一度、失っているから。
友達を失う悲しみを知っているから。
でもそれじゃ、いつまで経っても俺は。
いや、今はそんなことを考えてる時じゃない。
「まあ、友達でいいんじゃないか?少なくとも、僕はそう思っている」
もう既に、顔色が正常に戻っていた香月は、自身の表情を浮かべて、そう言った。
ニコッと笑った香月に、俺は少しドキッとしてしまう。
「そうか。そう言われたら、しょうがないな。じゃあ友達だ」
俺は照れ隠しをしながら、なんかダサめの台詞を吐いてしまう。
うおー。かっこ悪いぞ俺。なんだその台詞、今時の海外ドラマでも言わねーぞ。
「へー。ふーん。なんかいい感じじゃん二人」
相変わらずのにやけ顔で、ふむふむと俺と香月を見る姉貴。
「もう。何言ってるんですか?天谷先輩は。……そもそも、なんでこいつと天谷先輩が?」
「ん?ああ、これ実は俺の姉貴」
後ろにいる姉貴を、親指で指差しながら俺は言う。
「……姉貴?ってことは姉?家族?え、まじ?」
「まじだよーん。それで沙也、あんたここで何してんの?」
陽気なテンションで、俺の肩にもたれかかる姉貴は、能天気な感じで香月に聞く。
「え?それは、まあ、さ、散歩?」
明らかに動揺して、明後日の方を見ながら香月は言う。
「なんだ?沙也。あんた、家に帰りたくないの?」
姉貴の表情が途端に真剣になる。
全てを察したような、言葉遣いに香月は図星をつかれたようにビクッと体がなる。
「べ、別に、そ、そんなんじゃないですよ?」
「あんたねー。嘘つくの下手すぎ」
「あうー」
なんだその声。香月の鳴き声か?
そんな、声を出した香月は明らかにシュンとなる。
「ってかその感じ、何日も家に帰ってないでしょ?親とか心配してるんじゃない?」
優しく、それでも厳しく、姉貴は香月に言う。
「いえ、心配なんてしませんよ。僕の親は」
俯いて、来ているパーカーの裾を掴みながら香月は言った。
それはまるで、親と喧嘩したとか、そんなもんじゃない、もっと深い何かを感じた。
そしてそれは、大方俺が感じていたことと、同じな気がする。
「……じゃあうち来る?」
姉貴も、俺と同じ何かを感じたのか、さっきまでの厳しさはなく、優しさだけが残った声で差し伸べる。
「「え?」」
瞬間。俺と香月の声が揃う。
「寝るところは部屋で、着替えは……私のでいいか。よし、問題ないな」
最早、泊める気でいるらしい姉貴は、独り言のようにぶつぶつと呟く。
何言ってんの?まじ、泊めるの?いや、別に嫌だってわけではないけど。
「い、いいんですか?」
体を前のめりにして、興奮気味に香月は言う。
「いいよな?翔」
「え、まあ、別にいいけど」
「じゃあ決まり!よし、早速帰ろう!」
高らかと右手をあげながらそう言った姉貴は、香月の手首を掴んで歩き出す。
それを見て、俺は優しいため息を一つ吐き、ゆっくりと歩き出す。
その時の俺は、誰にも見られないように微笑んでいた。
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