第35話 ヒーローの夜、ヤンキーの朝

 その後、祐一たちを取り囲んでいた少年たちは総崩れになっていた。


「オラァ!!」

「ひぎぃ!」


 ブルドーザーの如くチンピラを薙ぎ倒していく祐一と、二本の特殊警棒メタルロッドを持ったレオは、素早い動きで次々にチンピラを昏倒させていく。

 それに負けじと高笑いを響かせるアンジェ。


「ホーッホッホッホ、我がブルーローズ家に伝わる聖剣デュランダルの斬れ味、とくと味わいなさい!」

「な、なんだこいつ、100%銃刀法違反だろ!」

「お黙りなさい! ナイフを振りかざすあなた達に法を説く資格などありませんわ! さぁ行きますわよデュランダル、その姿をわたくしの前に見せなさい!」


 意気揚々と豪奢な鞘を引き抜くと、デュランダルは刀身がなく柄しかなかった。

 一瞬バカには見えない剣なのかと思ったが、そんなことはない。


「あれ? お、お姉様わたくしのデュランダルが!?」

「あんなもの税関通るわけ無いだろうが。それはただのレプリカだ」

「そんな!?」


 よくも騙したなとギャグ担当のアンジェが取り囲まれる。


「ふざけやがって、この縦ロール女。エロ同人みたいにしてや――あふん」


 ナイフを舌でなめていたチンピラが、白目を剥いて膝から崩れ落ちる。その後ろにスタンガンを持ったいろはが立っていた。


「あ、これ凄くよく効く」


 この包丁よく切れるわ、みたいな感じで言ういろは。

 彼女は青い電流を放つスタンガンを、次々にチンピラの背中に押し付けていく。


「やべぇぞあの女! スタンガン使う時顔が笑ってやがる!」

「ふ、ふざけんな桧山はともかく、なんでこんな女に良いようにやられてんだよ!?」

「それは女となめてかかっているからだろう」


 巧みなロッド捌きで容赦なくチンピラを昏倒させていくレオ。彼女を狙おうとすると祐一がカバーに入り、鉄拳で中空を舞うハメになる。

 とても手がつけられる状況じゃない。狼狽したチンピラたちは声を荒げる。


「ちょちょっと待て! 先生先生! 桧山を頼みます!」


 チンピラ集団の中の誰かが叫ぶと、明らかに年齢が周囲の少年に比べて高い、20代後半くらいの男がゆらりと現れる。

 真っ黒いスポーツウェアには逞しい大胸筋が浮かんでおり、細身でありながら鍛えられた筋肉をしている。

 静かに獲物の力量を探る鋭い眼光は、どう見ても喧嘩慣れしている。

 男はバンテージの巻かれた拳を強く握りしめると、ボクサーのように腕を縦にして構えた。


「悪いが金を貰ってる分ガキでも本気でやるぞ」

「来いよおっさん」


 本物の喧嘩屋は凄まじい力を持つ祐一を観察する。

 多少はやるようだが所詮は素人。力任せの人間なんぞ何人も相手にしてきた。こちらが負ける確率は0%。

 喧嘩屋は経験と戦歴に裏付けられた勝率を計算すると、構えた腕をヒュンとしならせる。

 視覚出来ない速度で祐一の顎に綺麗なフックが入った。

 ピンポイントで顎を狙い脳震盪を誘発させる、相手の意識を刈り取る為だけに鍛え上げられた拳。どれほどの体格差があろうとも、その拳を受けて立っていられたものは未だ一人もいない。

 顎骨を粉砕する可能性があるため、絶対に素人に放ってはいけない凶器と同等のパンチ。


 だが、次の瞬間地面に倒れていたのは喧嘩屋の方だった。

 確かに鋭利なフックが決まり、祐一の意識を落としたと確信した。しかし目の前の少年は一歩よろけたものの、しっかりと踏ん張りをきかせ、喧嘩屋の顔面にカウンターの拳をめり込ませていたのだ。


「おらぁ!!」


 相手の技術をパワーでねじ伏せる渾身の右ストレート。

 泡を吹いて大の字に倒れる喧嘩屋を見て全員が戦慄する。


 冗談だろ。その男裏社会を歩くほんまもんのやばい奴なんだぞと。


 知らなかったものは真に理解する。砂倉峰の悪魔桧山祐一。

 なぜ魁男子高のような治安の悪い高校が近くにあるにも関わらず、砂倉の生徒とは小競り合い程度で済んでいるのか。

 それはこの地域のヤンキー全員VS桧山祐一一人でバランスがとれてしまっているからだ。


「顎痛った。外れたらどうしてくれんだ」


 50人近くヤンキーが揃い、皆ナイフや角材で武装している。にも関わらず全く有利な雰囲気がでない。

 誰もがその圧に尻込みし、なぜ自分たちはちっちゃな猫をいじめていたつもりでリンチに加担したのか?

 可能であれば一時間前の自分に往復ビンタし、この場にいるとお前は殺されるから今すぐ逃げろと怒鳴りたい。 

 力量の差に気づいたチンピラたちはガタガタと足を震わせ、あるものはグズグズと涙を流し、あるものは「皆殺されるんだ。俺たちは生贄なんだ」とうわ言のように呟きつつ壁に頭を打ち付ける。


「ダメだ。逃げろ!」


 まだ正気な人間が叫ぶと、他のチンピラは堰を切ったように逃げ出す。


「まだ死にたくねぇ!」

「どけ! 殺されるぞ!」

「俺はもう二度と砂倉には来んぞ!!」

「権代さんどうすんだよ!?」

「知るかよあんなハゲ!」


 今更逃げたところで時すでに遅く、遠方より複数のサイレンの音が鳴り響いていた。



 それから一時間後、チンピラたちは全員捕まり警察署へと連れて行かれることに。数が多いため、10台を超えるパトカーや護送用のトレーラーが来るなど周囲は騒然となった。


 祐一はケガの治療のため病院へと搬送されたが、医者はほんとに50人のヤンキーにボコられたのかね? 打撲と外傷以外何も悪いところがないんだが? と呆れられ、一応大事を取って入院するか? と聞かれたが、動画作んなきゃいけないので帰りますと言ってすぐに帰宅することを選択した。


 病院から帰ったときにはもう既に外は明るくなり始めており、今日が平日であることにお嬢達は絶望する。

 ブルーローズ家のリムジンから降りて、自宅の前に立つと皆眠そうに瞼をこすっている。


「もういいじゃん兄者。今日は休もうぜ」

「何言ってんだ、こんなもん徹夜ゲー後と大差ないだろ」

「ほんと桧山君タフね……」

「一番タコ殴りにされていましたのに」

「兄者、このまま学校行ってもどうせ寝るだけだ。そんな学校行く意味あるか? 今日しっかり休んで明日に備えるべきだとあたしは思う」

「ダメだ。お前どうせ夜中に元気になってきて配信つけて、次の日の朝に同じこと言ってるのが目に見えている」

「ぐっ、バレている……」


 おかん祐一は朝食の準備しなきゃなと思って家に入ると、燕尾服を着た美男子が玄関で出迎える。


「お帰りなさいませお嬢様方、桧山様」

「あんたは」

「ランスロットだ。今回の件はこいつがちゃんと面倒を見なかったのが悪い」

「誠に申し訳ありません。権代の監視が不十分でした。彼に関しては今後厳重な監視をつけさせていただきます」

「マフィアに目つけられるって地獄だな……」

「ケガもあるから家事に関してはこいつに任せて構わんが」

「飯は?」

「朝食の準備はできておりますのでご安心を。他何でも承ります」


 しかし――


「あたしは兄者のカレー以外認めんぞ!」

「そうね、朝はいいけど夜は桧山君の食事が良いわ」

「わたくし実は家庭のカリーというものが初めてで、楽しみにしておりますわ」


 全員の意見が一致したので祐一はしょうがねぇと呟く。


「……悪いけどカレーの食材買っといてくんね?」

「かしこまりました」


 執事は微笑みながら静かに頭を下げる。

 こうしてハードな夜を終えたゲーマーたちは、すぐに優等生とヤンキーに戻り学校へと登校するのだった。



 昼休み、屋上にて憔悴したヤンキーが二人。

 今宮と祐一は言葉少なく昼食のヤキソバパンをかじっていた。


「ほんま全てをむしり取られた。ひどい目にあったわ」

「俺もだ」


 罰ゲームで大阪に帰阪していた今宮は、天王寺とデートという名の市中引き回しの刑に処され財布の中身はおろか、今後の貯えすらすっからかんにされた。

 そのせいで今食べているパンとコーヒー牛乳は、桧山金融の融資によるものだ。


「お前はまぁいつもどおりか」


 祐一のケガを見て苦笑いをこぼす今宮。


「なんか魅男子と派手にやりあって、結局お前が抗争終わらせたとか聞いたぞ」

「一人すげぇ強いのがいて顎が未だに痛ぇ」

「お前大体ワンパンで倒すから誰が強いとかよーわからんわ。あっ、そういえばお前動画出したんか?」


 言われてハッとする祐一。


「そうだ昨日チャンネル作って出したんだった」


 慌ててスマホを確認する。昨晩ゴタゴタしたせいで、途中経過を全く見れなかったがどれくらい再生数回っただろうか? さすがに以前出した彼女達の個人動画を下回る結果になっていてほしくはない。

 Vステにログインし、昨日は再生数1、チャンネル登録者数1だった動画ページを開く。


「えっ……」

「どうした、伸びとらんのか? 昼飯の礼にワイが貴重なチャンネル登録者数1をプレゼントしたろか?」

「再生数4万2千――」

「お前それちょっとバズってるやんけ」


 そのとおり、予想再生数2000を遥かに上回る20倍超えの4万。

 チャンネル登録者は前日1からの2002と爆増。


「マジか……」


 コメント件数78件、祐一はまさか炎上とかしてるんじゃないだろうなと思いながらスマホをスクロールしていく。


 一番最初に目に入ったコメントは


『女の子が可愛い(語彙力)』


 他には――


『金髪の子がバカっぽくて可愛い』

『スタイルが良すぎるんですけどエディットアバターですよね?』

『皆結構上手いけどほんとに初心者?』

『喋ってるのほんとにヤンキーマンとネズミだけで草』

『7:18空中戦開始』

『ゴールドナイトから漂うポンコツ感』

『ポリスブルーが好み』

『U1がアイドルプロデューサーみたいになってる。妬ましいので低評価押します』

『ブラックドクターの闇背負ってる目すこ』

『ネズミコロコロで可愛い』


「あれ……これ、もしかして」


 ごくごく普通に初速成功した?

 どこかしらまとめサイトなどから誘導された感もなく、不適切発言で炎上している様子もない。なんならいろは達三人の人気が出ている。


「ってことはランキングにも載っているのでは?」


 Vステの日刊ゲームジャンル動画ランキングをスクロールしていくと97位とギリギリ100位圏内に入っていた。

 一日何千本と投稿される動画の中で、初投稿100位圏内に入るというのは快挙である。


「いや、でもチャンネル登録者数2000超えはさすがに現実味が……。大丈夫かコレ、アカウント買ったとか思われるんじゃないのか」

「完全に疑心暗鬼なっとるな。ランキング載ったらそんくらい行くんちゃうか? 埋もれてる動画でもおもろいもんはあるけど、結局人目につかんから伸びてないだけで、お前らの作った動画はちゃんとおもろくて人目についたってことやろ」


 確かにVステの仕様上、再生数とGOOD評価が多くなると他のユーザーのおすすめ動画に出現するようになり、人が人を呼ぶ好循環が生まれる。今回はどうやらその波に乗れたようだ。

 祐一は結果を見て小さく息を吐くと、屋上から見える青い空を仰いだ。


「あぁ、チンピラ50人に囲まれてる時よりも、殺し屋みたいな男と対峙した時よりも足震えてる」


 良かった。


 本当に良かった。


 彼女たちの努力と楽しいは見ている視聴者たちに伝わった。


「なんか大学受験合格したみたいな顔しとるな」

「娘の受験を見てきた父親の気分だった」

「感想は?」

「今日は美味いカレー作ろうって思った」





――――――――――――――

次回で多分エピローグになるかなと思います。


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