第三章 ブリード

3-1

 数日後。

 八月も二週に入ると、暑さはさらに茹だるようなものになっていた。血を抜かれた遺体の事件報道は今日で四人目を数えた。――そんな中。

 事務所に茶封筒が届いた。麗華が懇意にしているという刑事からだ。中身はラミネート加工を施された色紙のような厚紙だった。情報を送ってくる時の形式だから別段戸惑うことはない。

 綺麗にラミネートされた厚紙を外すと、間にクリアファイルが挟まっていた。中には数枚のコピー用紙。その内容は、神崎岳人の経歴、家族構成、財閥に名を連ねる企業のリストに総資産、筆頭株主名など。

 所長の机を見下ろし、麗華と流し読んでいくが、これといって気にかかる情報は見当たらない。

 そんな折、一際目を引いたのは最後の十一枚目。手書きで書き殴られた文字だ。


「――アンダーグラウンドでの取引?」


 口火を切ったのは麗華だった。


「地下競売でもしてるってことか?」

「闇市、か……」


 十一枚目には、他にも『Blead』という単語。そして、『これ以上はヤバそうなんで手を引くよ。情報料はいつもの三分の一でいい』という文言が添えられていた。


「やっぱりヤバイことなのか……?」

「刑事がそう言ってるんだから、そうなんでしょうね」


 まるで他人事のように麗華が零す。

 それにしてもブリードっていうのは何だろうか。アンダーグラウンドでの取引。真っ先に浮かぶのは、麻薬や覚醒剤の類だが。

 送られてきた書類の中に、製薬品会社の名前もいくつか確認している。推測の域を出ないが、そういったところが裏で製造精製したりっていうのは、漫画やドラマではよくある話だけれど。


「なんにせよ、子細が分からないんじゃ今のところは動きようがないわね」


 刑事に頼んだのに分かったことといえば。地下世界で何かしらの取引があること、そしてブリードというものが関係していることと、ヤバそうだということだけ。依然として緞帳越しだ。

 それに相変わらず犯人は殺害現場に証拠など残しておらず、目撃者もいない。現場に赴いて聞き込みしたとしても、情報を得ようにも得られはしないだろう。

 現に警察の捜査もまったくといっていいほど進んではいない。

 こうなったら本当に夢に頼るしか――


「ん? 姉さん、どうかしたのか?」


 なにやら麗華が期待の眼差しで俺を見てくる。


「頼りにしてるわよ、零司」

「それっていうのは、やっぱり……」

「夢に決まってるじゃない」


 結局か。まあ、分かってはいたけどさ。今までも、特に人探しなんかに一役買ってるんだ、俺の夢は。時々ペット探しでも、飼い主がよく行く場所だったり散歩コースを見て、それが参考になって見つかったりってこともあるし。

 事件絡みで警察に情報を提供したことも何回かある。見ようとして確実に見られるモノじゃないけれど。寝なければ始まらないこともまた事実。


「あんまり期待しないでくれよ、外れは多いんだからさ」

「解ってるわよ、し過ぎない程度に期待しておくわ」


 一応と、麗華から書類を受け取って、俺は事務所の応接ソファに寝そべる。

 運のいいことに、恭介は今日単独で外に出ているため、煩わしい新聞の音に睡眠を邪魔されずに済む。


「そういえば今日って、恭介はどんな用事なんだ?」

「なんだったかしらね。確かいつものセレブな若奥様の買い物に付き合うとか、そんなだった気がするけど」


 あー、あれか。俺も以前付き合わされたことがあったけど。ほとんどただの荷物持ち。山越えはさすがにしないけど、歩荷の気分を味わったな。

 どうやらセレブ妻は恭介をお気に召したようで、以降、恭介がその依頼をこなしているのだが。比べるのもなんだけど、俺はこっちでよかった気がする。


「ってことは、帰りは遅くなりそうか」

「安心して寝られるわね」


 なんだか急かされているような? 麗華はどうしても俺を早く寝させたいらしい。

 なら、期待に添えられるかは分からないけど、ご要望に応えるとするかな。

 俺は受け取った資料で顔を隠し、静かに目を閉じた――。

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