あの日の続きは異世界で -京都夢想案内絵巻-

いずも

北野天神にて合縁奇縁を想起す

 有り体に言うと、電車を乗り間違えたのだ。


 京福電気鉄道株式会社、通称『嵐電』は四条大宮から嵐山までを結んでいるのだが、事件は嵐山から帰るときに起こった。


 少し疲れていたこと、さらに乗り慣れない電車だったこともあり、電車に揺られながらついウトウトしていると、いつの間にか寝入ってしまった。

 電車のアナウンスが聞こえて飛び起き、寝ぼけ眼のままに乗り換える必要もない帷子かたびらつじ駅で北野線に乗ってしまったのだ。

 終点のアナウンスで再び意識を覚醒させたボクはそのまま電車を降り、改札を抜けて「あれれ~おかしいぞ。四条大宮ってこんな出口だっけ」と思い振り返ると、そこには『北野白梅町』という見慣れぬ駅名が書かれていた。


 なんとなく状況を察したボクは、落ち着いて現状を把握する。

 己を鑑みる。


 かそけし自称ルポライター、阿納桧都月あのひの つづきという人間は、つまりボクは、異世界転生を夢見ている。

 高校卒業後、進学もせず定職にもつかず彼方此方をフラフラと彷徨っては今日を生きる社会の迷い人である。

 人生というレールから脱線し、嵐山本線という路線からも道を踏み外した哀れな暴走機関車だ。

 自業自得の極みである。


 趣味と呼ぶには憚られ、生業と呼べるほど立派なものでもないが、パワースポット巡りをして、それを記事にまとめてネットに載せている。

 取材中にそのまま異世界へ連れてってくれないだろうか。

 異世界渡世のルポライター。

 なんて格好いい肩書だ。


 さて、北野白梅町といえば北野天満宮の最寄り駅である。

 せっかくなのだ。

 寄り道も悪くない。

 パワースポットとしては名高い天神さんにお参りするのも良いだろう。

 そんな軽い気持ちで北野天満宮に向かって北上する。


 やけに人が多いと思ったら、もう紅葉の季節なのだ。

 ……引きこもりだから気付かなかったとかじゃないぞ。


 どうも四季というものが曖昧になっていないだろうか。

 少し前まで春風に遊ばれていたと思えば急に夏の日差しが強くなり、余韻もなく彼岸花が咲いて木枯らしが吹いている――あれ、四季折々楽しんでる?

 まあいいや。


 雑踏の中を一人歩いていく。

 以前訪れたときはその広大さに驚いたものだが今回もその印象は覆らなかった。

 広い。

 でかい。

 紅い。

 本堂へ向かう参道で遠くを眺めれば山は色づき、前を向けば賑やかな参拝客が後を絶たない。


 鳥居をくぐり楼門へ向かって歩いていると、ふと看板が目についた。

「なんだこれ……『国宝をアニメートする』か。アート展、かな」


 京都は日本の伝統を残しつつ、割と新しいことにも挑戦的だ。

 むしろ寛容であるがゆえに時代に合わせて順応しつつ、根底は変わらないという日本らしい文化が受け継がれたのかもしれない。


 描かれたマスコットキャラは世界一有名なツインテのボーカロイド。

 ネギは持っていない。

 それは神楽を舞っているような美しい一枚絵だった。

 ボクは彼女に対して造詣は深くないけれど、せっかくだし立ち寄ることにした。



 会場内にはそのボーカロイドをモチーフに、様々なイラストが飾られていた。

 かの「三十六歌仙」にちなんで「三十六画仙」と称している。

 残念ながら大幣おおぬさの代わりにネギを振って大祓しているおもしろイラストは選出されていなかった。

 当たり前か。


 奥へ進むと巨大なスクリーンに超歌舞伎と銘打った3D映像が流れており、順路に沿って地下へと降りる。


 中央の横に広く伸びた透明なケースには国宝『北野天神縁起絵巻』が展示されている。

 壁には『現代版 北野天神縁起絵巻』の説明に続いて、承久本に描かれている場面とともに六枚のイラストがそれぞれ一対になって並べられていた。


 北野天神縁起絵巻とは菅原道真の生涯を描いた絵巻で、出生から太宰府への左遷、死後鬼神となって京を襲い、北野天満宮に祀られるまでが描かれている。


 そこから抜粋した六場面をイラストレーターが現代風に描いたものが『現代版 北野天神縁起絵巻』である。


 ボクは幻想的で蠱惑的なその絵の前で立ち止まった。

 それは――


①あどけなく微笑む幼子の絵だった。


②父と娘を分かつ梅の木の絵だった。


③嵐の中を果敢に進む船の絵だった。


④都を襲う鬼神に挑む男の絵だった。


⑤地獄を見返る美しき鬼の絵だった。


⑥社に祈りを捧げる女性の絵だった。



 手を伸ばすと導かれるように、するりと絵の中へと吸い込まれていった。

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