第3話 俺は心を開かない

「なあ、影谷。俺らと昼飯食わねえ?」


 昼休み。クラスメートの男子から声をかけられた。

 えっーと。こいつ誰だっけ。いや、そんなことより、なんで急に俺を誘って来たんだ?

 俺は軽く辺りを見回した。すると、例の茶髪セミロング女がこちらの様子をうかがっていた。

 確かこの男子、あの女と仲良かったよな……。

 なるほど、なんとなく理解した。


「誰の差し金だ?」


 俺は声をかけてきた男子を睨みつけながら、凄むように言った。

 その男子は脅えるように一歩後ずさり、


「差し金っていうか……。ほら、影谷っていつも一人じゃん? だから、もっと仲良くなりたいなって思って」

「そういうの、迷惑だから」


 俺はそれだけ言って自分の席から立ち上がり、前に佇む男子を押しのけて歩き出す。


「ちょっ!? どこ行くんだよ、影谷!」


 俺を引き留めようと、その男子が俺の肩をつかんでくる。


「誘ってくれたことは素直にありがたいが、マジで迷惑だから。ついてくんな」


 必要以上に彼を傷つけてしまわないように最低限の感謝はしつつ、俺はそいつの腕をはねのけ、教室を出る。

 別にどこかに行く当てはないが、今は教室に戻りづらい。今日は教室ではなく、別の場所で昼食を済ませよう。

 俺はとりあえず飯を買うべく、購買へと向かった。

 今日の日替わり定食はなんだったっけなんてことを考えていると、後ろからタタタッと誰かがこちらへ走る音が聞こえてくる。

 ったく、ついてくるなって言ったのに。


「影谷君! どこ行くの?」


 その声を聞いて、またあの女か、と俺は思う。

 彼女は今朝のように俺の隣に並ぶと、


「驚いたよー。急に教室から出て行くから。ようと何話してたの?」


 そいつは、さっきの会話なんて何も聞いてませんでしたよとでも言いたげに、笑顔でそう言った。


「飯一緒に食わないかって誘われた」

「え!? そうなんだ! 良かったね!」

「チッ」


 俺は彼女に聞こえるように舌打ちをした。


「あいつ、お前の差し金だよな? 変なことしてくんじゃねえよ」

「え、え~? 何の事?」


 わざとらしく彼女は言った。演技下手かよ。


「てめえがあいつに何か言ったんだろ?」

「うぅ……。だって、私がお昼に誘っても絶対断るじゃん」

「あたりまえだろ。てめえじゃなくても断る。っつーか、もう話しかけてくるなって言ったよな?」

「確かに言われたけど、私、別にわかったとか言ってないし」

「あぁ? てめえ、なめてんのか?」

「そっちこそ! さっきからてめぇてめぇって、朝名前教えたんだから、ちゃんと名前で呼んでよ!」


 太陽たいよう愛美あいみ。それが彼女の名前だ。


「ほら、早く呼んでみてよ」

「………………」

「なーにー? もしかして女の子の名前呼ぶの、恥ずかしいの? ぷぷっ、意外と可愛いとこあるじゃん」


 俺が沈黙していると、彼女は悪戯っぽく笑って、からかうようにそう言った。


「うるせえな、そんなわけねえだろ」

「じゃあ、呼んでみてよ」

「……太陽愛美」


 俺が彼女の名を呼ぶと、彼女は穏やかに微笑んだ。


「ふふっ、可愛いなあ」


 それは何に対してのかわいいだ? まさか、自分の名前に対してじゃないよな?


「どこが可愛いんだよ?」

「さあーねー?」

「うっざ」


 そんなことを話しているうちに、購買へと着いた。俺は日替わり定食とウーロン茶を購入し、踵を返す。


「いつまでついてくんだよ」


 いまだに俺の隣で歩き続ける彼女に対してそう言った。


「んー? まあまあ、別にいいじゃない」

「よくねえ。不愉快だ」

「私は楽しいもーん」

「チッ」

「あ、また舌打ちした。印象悪いよ、それ」

「わざとに決まってんだろ。嫌いアピールしてんだよ、そんくらいわかれ」

「えー? はっきり言ってくれないとわかんなーい」


 と、そこで俺は足を止め、彼女を睨む。


「じゃあはっきり言ってやる。迷惑だ。うざい。ついてくるな。さっさと消えろ」


 彼女は少し、傷ついたように顔をしかめた。それでいい。そして、俺に二度と関わるな。

 俺みたいな嫌な奴に、二度と近寄るな。

 そして俺は、また歩き出す。今日は……そうだな、人気の少ない階段で飯を食うか。

 本当は外で飯を食えれば良かったのだか、生憎の雨で、そういうわけにもいかない。

 俺は屋上へ続く階段を、最上階まで上る。一応屋上の扉が開いてないか確かめたが、当然鍵は開いていない。

 俺は扉に寄りかかり、そのまま腰を下ろす。

 ここなら、誰かがやってくることはないだろう。

 雨がザーザーと降る音だけが耳に入る。クラスメートの会話は聞こえない。たまにはこういうのもいいな。


『ごめんね、隼太はやた君』


 唯一不快なのは、この記憶だけ。

 俺は一度目を閉じる。


『ごめんね、隼太君』


 もう、誰も信じない。だから、誰かに心を開いたりもしない。

 耳に全神経を傾ける。

 ぽつぽつ。ザーザー。こつこつ。


「だ~れだっ!」


 唐突に聞こえてきたその声に、俺の肩はピクリと震える。

 いつの間にか、俺の視界は誰かの手で塞がれていた。


「………………」


 俺が無言でいると、


「だ~れだっ!」


 今度は俺の耳元で、同じ言葉がささやかれる。その声で、こんなことをしているのが誰なのかはすぐにわかった。


「なにやってんだ、お前」

「名前で呼ぶまで手、離さないよ」

「は? いいから離せよ」

「だ~めっ! 意地でも離さない」

「てめえ、俺は女をケガさせることにも躊躇ちゅうちょしねえぞ」

「なら、私も容赦しないし」

「は? 女が男に力で勝てると思ってんのか?」

「股間蹴るし」

「………………」


 確かに、男の弱点を容赦なく蹴られたらたまったもんじゃない。


「ほら、早く。だ~れだっ!」

「……太陽……愛美」

「正解。よく言えましたっ」

「うぜえ」


 俺が名前を呼ぶと、彼女は俺から手を離し、視界が開けた。俺の目の前には、太陽愛美がいた。


「なんなの、お前。なんでこの期に及んでついてくるんだよ」

「私ね、君と友達になりたいの」

「だから、そういうの迷惑だって」

「じゃあせめて、どうして迷惑なのか教えてよ」

「それは……」


 俺はそこで言葉に詰まる。


「言えないならさ、私が空気も読まずにあなたに近づいても、問題ないよね?」

「意味わからん。なんで俺に構う?」

「それは、影谷かげたに隼太はやた君のことが好きだから、かな?」

「嘘つけ」

「信じるか信じないかは、あなた次第です」

「ああ、もう、うぜえな」

「うざくて結構。これからも私は、君に話しかけるから。とりあえず今日は、一緒にお昼を過ごします」

「チッ。うぜえうぜえ。マジでどっかいけよ」

「そんなこと言って、本気で嫌がってないでしょ?」


 確かに、本気で嫌がってはいない。元々、俺は意味もなく人を嫌ったりなんかしない。

 ただ、他人を信じて、後で裏切られたくないだけだ。

 裏切られるくらいなら、初めから人と関わらない方がいいと、そう思っているだけだ。

 だから、太陽たいよう愛美あいみ。お前がどれだけ俺に近づいて来たって、俺は絶対に、お前に心を開かない。



 

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