第32話 皆瀬 明莉

―――― side 皆瀬 明莉




「ただいまー」


 ドアを開けて家に入る……今日はお母さんがお休みのはずだったけれど鍵がかかっていたのでひまりと一緒に買い物にでも行っているんだろう。

 リビングの横を抜けて二階の自分の部屋へと向かう私の足が軽やかなのは仕方ない事だと思う。


 楽しかったなぁ……今日は凄く充実した一日になった、初めての相馬君や美央ちゃんとのお出かけ。


「ふふふっ……兄さん、か」


 美央ちゃんからの提案、受けて本当に良かったな。最初はどうなる事かと不安にも思ったけれど……だって、いきなりクラスメートが妹のふりをするなんて……。


 脱いだカーディガンをかけ、スマホや財布、それに今日買った物をバッグから机の上に取り出す……ひまりのお土産は彼女の好きなキャラクターもので揃えてみた、喜んでくれるかな?


 スマホがブブブッと震えメッセージの着信を教えてくれる。


――――『今日はありがとうございました、とても楽しかったです』


 美央ちゃんからだ、彼女も楽しく過ごしてくれていたみたい。


――――『こちらこそ凄く楽しかった、それに美央ちゃんの言ってた通りでした』



 相馬君は妹にとても甘い……美央ちゃんと一緒に居るところを見てそれは実感していた。でもまさか、自分がその立場になれるなんて……。

 待ち合わせたときはいつもの相馬君と美央ちゃんだった……はず。美央ちゃんが少し元気がないというか……不安? 戸惑い? そんな雰囲気を感じだけれど、すぐにいつも通りの美央ちゃんだったからきっと気のせいだったのね。


 私や孔美に対して、相馬君の態度や雰囲気は学校に居る時と比べてだいぶ柔らかいと思っていた、一緒に帰ったりして少しは打ち解けてくれたのかなって。

 でも『兄さん』と私が呼んで、『お兄ちゃん』と孔美が呼んだ後から……なんて言うんだろう、他のクラスメートにあるような壁や、私たちの間にあった隙間が一気に無くなってまるで彼が包み込んでくれるかのような……そんな感じかな?


 それまでとは全く違うそれに私は一気に包み込まれてしまった。腕を組んで歩くなんて恥ずかしくて無理だなんて思っていたけれど、まるでそれが当たり前のように彼の腕に絡みついてしまった。やっぱり恥ずかしかったけれど、それ以上の幸せ……美央ちゃんはいつもこんな気持ちだったのかな、うらやましい。


 こんな兄さんだなんて……美央ちゃんが恋に落ちたって仕方ないじゃない……。





――――『私ね、本当はすごく怖かったんです』


 美央ちゃんからのメッセージ……あぁ、そうか今ならちゃんとわかる。

 兄に恋をして、ずっとそれを1人で抱えてきたであろう美央ちゃん。そしてそれを誰かに伝えるだなんて……私にはきっと出来なかった、彼女の勇気や強さは本当に凄い……。

 今朝の美央ちゃんから感じた雰囲気は……気のせいなんかじゃなった。それでも、例え何かを失うことになったとしても……彼女はたった1人の愛しい人だけはを失いたくはなかったんだろうな。


――――『美央ちゃんもう大丈夫よ、これからもよろしくね』

 

 これからはお姉ちゃんも一緒だからね……。


――――『そうだよー3姉妹仲良くしていこー! あっ! でも私が3女って納得いかないんだけどー!」


 孔美も同意してくれている……どちらかというとまだ『楽しい』と言う感情の方が強そうだ……孔美が末っ子なのは兄さんが私たちをちゃんと見てくれているからかな? 3人を知っていればそうなるのは仕方ない事だしね。


 なんだか孔美の反応が楽しくってメッセージを返していた私は、その一文を見て手が止まる……


――――『じゃあ、添い寝しても良いわけだー』


 え? 添い寝って一緒のお布団で寝る事よね……他の意味ってあったかな……? でも時々孔美とは一緒に寝るし……美央ちゃんとも一緒に寝てみたいかも?


――――『だって―美央ちゃんもしてるって言ってたし、兄妹きょうだいなら普通でしょー?』


――――『もちろんですよ、じゃあ今度うちでパジャマパーティしましょうか』


 え? 美央ちゃんのおうちで? 兄さんもいるのよね? あれ? 添い寝って……兄さんと!? えぇー!?




 その後、少しメッセージのやり取りをした所で美央ちゃんがご飯らしくお開きになった。

 結局、美央ちゃんのお家でパジャマパーティをするのはもう確定みたい……兄さんに見られちゃうのかな……でも、今日見られちゃったし……少し良いのを身に着けていて本当によか……ってそういう問題じゃないわよねっ!


 焦る気持ちをごまかすように机に置いた手帳をそっと手に取る……兄さんとお揃いなんだ、そう思うだけで笑顔になってしまうのはもうどうしようもないんだろう。

 そう言えば、と手帳を置き帰りに渡された箱を手に取った。綺麗にラッピングされた小箱はきっとペンの類かな、手帳のおまけって兄さんも言っていたし。


 丁寧にラッピングを取り箱を開けると、可愛い桜色のシャープが入っていた。

 意匠の掘られた少し大人っぽく、それでいて女の子っぽさも感じる素敵なデザインだ。


「わぁ……可愛い……」


 手に持ってみると、持ちやすいように考えられているのだろうか重さもバランスもちょうどいい。すっかり気に入った私はそのシャープをもっと見ていたくてくるりと裏返し……そこから目が離せなくなった。


 贈答用なんだろうしそういうサービスがあって当然かもしれない。そこには周りの意匠に被らないよう少し小さめの書体で刻印がされていた。


――『N ♡ A』


 えっ? なんだろう、これ……。


 見間違いかも……なんて、一度逸らした目をもう一度向けてみるけれど、そこにはやっぱり『N ♡ A』と刻まれている……。


「え? えぇー!?」



 

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