第26話 アルフィオの家にお泊り

「……という訳で、泊まる宿が無くなったと」

「うん、そうなんだ」

「それは大変でしたね」


 翌日、ギルドにて。

 昨晩俺が泊まっていた金鹿亭で火事が起き、俺の部屋が直接燃えた訳ではないものの、とても人を泊められる状況ではないということで追い出されてしまった。とりあえずギルドに出勤してきたものの、俺はどうしたらいいか途方に暮れていた。

 そのことをアーサーくんと休日明けのアルフィオに話していたのだった。


「それで、火事の原因は何だったんですか?」

「それが宿の客の一人が寝ぼけて宿の中に魔術で火を放ってしまったらしい」


 宿の人から聞いた事情をアーサーくんに説明した。

 異世界の人は魔法が使えるから、ちょっと寝惚けるだけで酷い被害になってまったく大変だな。


「寝惚けて……?」


 その理由にアルフィオが考え込むような表情をした。

 さしもの彼も疑問に思わずにはいられないぶっ飛んだ理由なのだろう。


「だから今日は泊まる宿を探さなきゃならないんだ」

「え、仕事が終わってからですか?」


 アーサーくんが驚きに目を丸くする。


「それよりも今日の所は一旦友達の家などに泊めてもらえばいいんじゃないですか?」

「な、なるほど……!」


 アーサーくんは建設的な意見をくれた。

 コミュ障で前世は友達ゼロ人だった俺にとっては、友達の家に泊まるなんて発想は青天の霹靂だった。

 これで今晩のところは乗り切れるぞと歓喜し……そして別にこの世界でも特に友達などいないということを思い出したのだった。


「いや……それが俺を泊めてくれる心当たりはないんだ」


 溜息を吐きながら俺を泊めてくれる人がいないことをアーサーくんに告白した。


「うーん、僕のところに泊めてあげられればいいんですけど、多分師匠が他人を家に上げるのを嫌がると思うんですよね」


 そういえばアーサーくんはメルランさんと一緒に暮らしてるんだったね。

 そうか、サブマスターはギルドマスターが火事で焼け出されても泊めてはくれないのか……。まあ仕方ないけど。


「これは困った問題だな」


 アルフィオが唸りながら腕組みをする。

 そんな彼の様子を見てアーサーくんは何かを閃いたようにぽんっと手を叩いた。


「あ、じゃあサッコマーニさんがマスターを泊めてあげればいいんじゃないですか?」

「何……っ!?」


 アルフィオはその案にぎょっとして目を剥いた。


「確かサッコマーニさんは一人暮らしでしたよね? マスターを泊めるくらい問題ないですよね」

「流石にそれは迷惑じゃないのか?」


 アルフィオにだって事情とか心の準備とか色々あるだろう、と口を出した。


「いや、迷惑なものか!」


 ところがアルフィオは大きな声でそれを否定した。


「え、じゃあ泊まりに行ってもいいのか?」


 吃驚して彼を見つめる。


「あ、ああ……もちろんだとも」

「ありがとう、アルフィオ!」


 感激して彼の手を取った。


「……っ」


 心なしか彼の手が熱いように感じられた。

 きっと友達の家に泊まるという初めての出来事に高揚している自分の気持ちを彼の体温と錯覚したのだろう。


 *


 …………白い。


「ふうー、さっぱりした」


 胸板が、眩しいくらいに白い。


「この家にはシャワーがあるんだな、驚いた!」

「あ、ああ……」


 目のやり場に困り、彼の白い肌からさり気なく視線を外す。


 違う、違うんだ。

 確かに私は同性を好む嗜好だが、彼のことはそういう目で見ているつもりはないんだ。

 彼は私にとって英雄であり、皆を纏め上げるリーダーだ。いつも忙しくて音を上げているほどなのに彼はギルドメンバーのことは一人残らずよく把握しているし、クエストに派遣したパーティから理学式魔導書デバイスでの連絡が飛び込んできた時も臨機応変に対応している。私だったらああはいかない。

 そんな彼をいやらしい目で見てしまうほど見境がないつもりはないのだが……


「どうしたんだ、アルフィオ?」

「何でもない! 何でもないぞエル!」


 覗き込むような視線と共に彼の胸元が視界いっぱいに広がり、慌てて顔を逸らした。

 何で無防備に近寄って来るんだ!


 風呂上りの彼は現在、腰と頭にタオルを巻いただけの素っ裸だ。

 何故よりにもよってこんな理性を揺さぶるような格好をしてくるのだろう。

 成り行きで彼を泊めることになった運命を私は強く呪った。

 けれども突然の火事で泊まる場所が無くなった彼に手を差し伸べないのも、それはそれで人として間違っている気がしてしまって……。


 頭の中で男の声が木霊する。


『実際、エルのことが好きなんだろ?』


 違う、私は……違う!

 ラルフの言葉を思い出して胸がむかむかとする。


『俺はエルのこと好きだぜ? 俺のモノにしたいと思ってる』

『今、俺の言葉に苛つきを覚えただろ? つまり嫉妬してるってことだ』


 そんな訳があるものか!

 確かに苛つきはしたが、それは嫉妬などではなく、ラルフのような浅薄な男はエルに到底相応しくないからだ。


 一年以上前に『本心を教えろ』などとラルフに詰め寄られたが私の心は変わらない。

 私はそういう気持ちを我らがギルドマスターに向けたりなどしていないのだ。


「何だか顔色が悪くないか?」


 彼の言葉に現実に引き戻される。


「いや……気のせいだとも」


 一度深呼吸して、気を落ち着けた。

 彼の肌に視線が吸い寄せられるのは私の精神が未熟なせいだ。彼にこの視線を気取られて幻滅される訳にはいかない。

 何とか彼にもうちょっとマシな格好をしてもらうよう誘導しよう。


「それよりも、いつまでもその格好では湯冷めしてしまうんじゃないか?」

「それもそうか」


 私の言葉に彼は納得してくれたらしい。

 この場で着替えるつもりならば目を背けよう、と思ったのだがその心配は杞憂だった。

 彼は脱衣所で着替えてきたのか、この部屋から姿を消し、そして寝間着に着替えて戻ってきた。

 ……何故だか頭に巻いたタオルはそのままだ。まだ髪が乾いてないのだろうか。


「ふあ~」


 彼が大きく欠伸をした。

 可愛い、と一瞬感じてしまった自分の思考を戒める。

 彼は立派な成人男性だ。可愛いだなんて思うことは彼の一個人としての自我や誇りを軽んじることに他ならない。彼は私と対等だと思ってるし、同時に尊敬してもいる。


「いつでもこの部屋のベッドを使うといい。私は書斎のソファで寝るから」


 私が借りている部屋は決して部屋数が多い訳ではないが、魔術書の類を整頓して保管するのにどうしても一部屋必要で書斎を用意してあるのだ。

 私の言葉に彼は目を見開いた。


「いきなり押しかけたのは俺の方なのに、俺がベッドを使うなんて駄目だよ!」

「いや、私はソファで寝るのは慣れているから大丈夫だ」


 実際魔術書を読みながらソファの上で寝落ちてしまうことも多い。

 翌朝は身体が強張ってバキバキと肩と背中の骨が鳴ることになるが、その程度のことは冒険者としては日常茶飯事だ。


「でも……」


 エルは遠慮しているようだ。


「ギルドマスターをソファなぞに寝かせて風邪を引かせるようなことがあってはならない。是非ベッドを使ってくれ」

「それを言うなら俺だって大事な経理係に風邪を引かせたくない」

「経理係なら他にもいるだろう!」

「アルフィオは一人しかいない!」


 私のことを大いに信頼してくれているようなのは嬉しいが、このままでは埒が明かない。

 私は心を鬼にして彼に厳しい物言いをすることにした。


「ええい、君は私に泊めてもらう立場なんだからつべこべ言うんじゃない! 家主である私の言う通りに大人しくベッドに寝なさい!」

「う……ごめんなさい」


 よし、勢いで何とか彼にベッドを譲ることが出来たぞ。

 私は達成感に包まれた。


「ところで……頭のソレはまだ外さないのか?」


 話題は変わるが、さっきからターバンのごとく頭にタオルを巻いたままのエルに尋ねた。


「だ、大丈夫だ! タオルを巻いたまま寝るのが好きなんだ」


 エルは庇うようにばっとタオルを手で押さえる。

 まるでタオルを剥がされるんじゃないかと警戒しているかのようだ。


「ああいや、文句があった訳じゃない。その方が落ち着くのであればそれでいいと思う」


 そうか、頭にタオルを巻いて寝る人間もこの世にはいるんだな。

 と素朴な感想を抱きながら私は彼に寝る前の挨拶をし、書斎に向かったのだった。

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