第9話 不思議な力
公園に着くと詩ちゃんは辺りをキョロキョロと見回した。
夕方少し前、残暑厳しい今の季節、公園で遊んでいる子供は殆んどいない。
カップルらしき二人と犬の散歩をしているおばさん、お年寄りが数人いるだけだった。
詩ちゃんは辺りを見回すとため息をついた……そして顔がくしゃりと歪むとポロポロ涙を流し始めた。
「ふえええええん、ごめん、ごめんなさいたっくん……」
「う、詩ちゃん?」
「ごべんなざああああい」
「いやいや、ちょっと待って、えっと、とりあえず落ち着いて……あそこ座ろう」
丁度日陰になっていたベンチに詩ちゃんを座らせ、持ってた水筒を渡す。
泣きながらごくごくと恐らく温くなった水を飲み干す詩ちゃん。
私はどう見ても高校生で年上のお姉さんの様な詩ちゃんの、綺麗な銀色で光る頭をそっと撫でた。
「ふぐう……たっくん……絶対に待ってたです……ずっと……何日も……暑い中……まっでだでずう」
「そ、そうかなあ?」
「わかるの……私にはわかるの……です」
詩ちゃんはそう言ったが、私はそこまでは思えなかった。だって……道端で声を掛けてくるなんて、ただのナンパ男かも知れないって……純粋な詩ちゃんは騙されてるだけかもって……ほんの少しだけそう思ってた……。
「なぜそう言い切れるの?」
人を、他人をここまで信じられる詩ちゃんに、この見た目は大人の純粋な子供に私は少し嫉妬した。だから少しだけ意地悪な質問をしてみた。
「…………」
詩ちゃんは私がそう言うと黙って俯いた……何かを言いたげにしながら、何かを躊躇いながら。
「詩ちゃん……私は貴女を一目見た時大好きになった……だから少しわかる……貴女の気持ちも……その人の気持ちも……」
多分私と同じ気持ちなんだろう……でも男の子って、男の人って中には……悪い人もいる……私はそれを知っているから……。
「…………誰にも……言わない?」
「え?」
「……さいちゃん……の事……信じていい?」
顔を上げた詩ちゃんは私を真っ直ぐに見た……真剣な顔で、真剣な目付きで。
「……うん……言わないよ、私はクラスで恋愛マスターって言われてるの、相談して来る人の好きな人とか漏らした事はないよ」
私がそう言うと詩ちゃんは少し間を開け……そして真っ直ぐ前を見ながらゆっくりと語り始めた。
「…………あのね……私……不思議な物が見えるのです……好きな人同士が近くにいると光が繋がっているのです……何か煙のような、オーラの様な物が見えるのです……あそこにいる男の人と女の人……あの二人にはそれが見えないです……だから二人は恋人じゃない……です」
「え? 本当に?」
「……うん」
凄い……それがわかれば恋愛マスターの座が……いや、そんな物はどうでもいい……でも私はそれを信じた、ううん、信じようとした。
「それで、詩ちゃんはその光の様な物を見たんだ?」
「うん……たっくんから私に向かって光が向かって来たのです……初めはなんだかくわからなかったです……でも握手したら……凄い光が、電気が手からビビビって……初めての経験だった……です」
「今まで無かったの? そう言う事」
「声をかけられる事はあったけど……あんな事は今まで無かったです……だから運命の人って……そしたらたっくんもそうだって……」
詩ちゃんが私を見つめた……碧い瞳が物凄く綺麗で神秘的で、こんな綺麗な人なら誰でも運命を感じてしまうかもって……でも詩ちゃんは初めてだと言った。
「いつから見える様になったの?」
「…………ずっと前から……気が付いたのは……お母さんとお父さんのオーラが消えた時……です」
「消えた?」
「うん……ずっと二人の間にあったオーラが……どんどん小さくなって……そして消えたのです……そしたら……お母さんが私を連れて……お父さんの所から出ていきました……です」
「離婚したって事?」
「……うん」
「そうなんだ……でも凄い! 私の事を好きな人とかわかるの?」
「ううん……多分好きな人同士、恋人同士じゃないと見えないみたいです……ちょっと好きかなあくらいだと見えないのかも? だからたっくんと私を光が包んだ時はビックリしたです……初めて会ったのにって……」
「そうなんだ」
なんとなく言ってる事はわかる気がする……超能力と言うより二人の間にある空気みたいな特別な雰囲気みたいな物が見えるって事だろう。私も恋愛相談を受けると、あ……やっぱりって思う事がある。
誰が誰を好きかって、なんとなくわかる。それが詩ちゃんには、はっきり見えるって事なんだろう。
「たっくん……逢いたいです……」
詩ちゃんはそう言って空を見上げた……私も一緒に空を見上げる。
私は何も言わなかった……でも……きっと大丈夫って……そう思った。
運命の人なら……近いうちに必ず会えるよ……って……そう思っていた。
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