二日目 「話」



「私、ひぃちゃんの隣のクラスで親友の秋雪小百合っていいます」


「僕は月宮貫之。小さな神はフミといいます」



 コンビニの裏の駐車場に避難した三人は息を整え、落ち着いたところで自己紹介に移った。



「あ、ひぃちゃんってのは古川緋夜のことね。ゆゆは私のあだ名だよ」


「あたしのことは出さなくていいわよ」


「いいじゃんいいじゃん。これも何かの縁ってさ。ほらほらあこがれるじゃない。初対面が最悪なところから始まって、紆余曲折しながらのし上がって恋が始まるのっ!」



 秋雪は古川に目を輝かせながら詰め寄る。



「いやいや、だから最悪な初対面じゃ最悪なまま終わりでしょ。なんでそのあとでまた突っかかることがあるのよ。そのまますれ違って終わりだってば」


「そんなことないよ。最悪だからすっきりしようと突っかかって、お互いを知っていくの」



 貫之と月筆乃命を完璧に忘れて女子二人は少女漫画的恋愛論を広げる。



「……ゆゆの話を聞くと、貴様と古川がくっつくような感じだの」


「絶対にありえないから!」



 秋雪に迫られながらもしっかりと古川は月筆乃命の要約を否定する。しかもあだ名で月筆乃命は呼んでいる。



「古川、この状況で僕は何をしたらいい? 帰れば落ち着く?」


「帰ったら余計にゆゆの妄想が爆発するから落ち着くまでは待てやごら!」


「古川よ、女子がそんな暴力な言葉を使ってはならんよ? そんな言葉遣いに惹かれる男ほど女を台無しにする」


「顕現一日目のチビ神が知ったようなこと言うな!」


「ゆゆってツンデレだよねー」


「ちげー!」



 コントと思うほどに二人の息はぴったりだった。きっとこのやり取りは今までにもあったのだろう。とはいえ初対面の貫之がどうすることもできず、とりあえず親友同士落ち着くのを静かに待つことにした。



「――あははー、ごめんねー。なんか暴走しちゃって」



 五分ほどで熱が冷めた秋雪は、照れ笑いをしながら一度貫之に頭を下げた。



「昔から一度考え出すと歯止めが利かなくて、良い意味じゃ集中力が良いって言うんだけど悪い意味で暴走機関車とか言われてるんだ」


「……うん、なんかそんな感じだね」



 なんてことない古川の態度から止まることなく五分と少女漫画的恋愛感を爆発させて口を動かすには、相当の集中力が無ければ無理だ。



「フミちゃん本当にかわいい。あ、かわいいは大丈夫?」



 すると意識が切り替わったようで、秋雪は貫之の肩に乗る月筆乃命に声を掛けた。


「構わんぞ。けど触るのは勘弁してくれ。妾に触れていいのは我が依巫だけじゃ」


 視線を下に向けると秋雪の両手が持ち上がろうとしていた。持とうとしたのだろう。


「え、そうなの?」



「信頼しているのがこやつだけだからな。初対面で触らせるほど妾は寛大ではない」


 きっぱりとした拒絶に、上り気味だった秋雪の腕は下に降りる。


「ちょっとチビ神、それはないんじゃない? 触るくらいいいじゃないのさ」



「嫌だ。お前らこそ、初対面の人間に頭や体を触られて嬉しく思うか?」


 月筆乃命は、背丈は小さいが人間と変わらない人格を有している。誰に触れられ喜び、拒絶するかは個々によるがおよその人は親しくなければ嫌う。


「言われてみればそうだよね。フミちゃんはワンちゃんじゃないんだし」


「して、自己紹介は以上でよかろうかな」



 円滑とは言いにくいが一応形としては成立して終わった。



「ところで、どうして秋雪はジャージなの? 三年ならもう引退してるんじゃ?」


「動きやすいからだよ。私元陸上部で体動かすの好きだから。あれ、一応県大会で優勝したんだけど知らない?」


「悪いけど知らないかな」


「あう……」


「しかし一日中その格好では目立ってしまうぞ?」



 そもそも学校としては事情が無い限りジャージで授業を受けることは禁止しているはずだ。制服がずぶぬれとか着られない状況なら見逃されても、故意に着て良いとは思えない。



「まさか。一日中着ることはさすがにないよ。体育があった日にそのまま着続けて部活に行くの。引退してもその習慣が残ってて着てるだけだよ」


「そんなに運動が好きなのだな」


「ひぃちゃんに進められてね」


 きっと『その集中力を運動に活かせば』とか言ったのだろう。運動には集中力が必要なのは卓球部だった貫之はよく知っている。



「その代わり勉強は危なくて赤点ギリギリなんだけどね」


 照れ隠しするように秋雪は頭を掻きながら余計なことも話す。


「この時期にそれはいささかまずくないか? 確か入試は二月前後だろう?」


「そういう月宮は余裕なわけ?」


「学年八位と誇れる成績だが? なら古川は何位よ。通知表に確か出るはずだったな」



「誰が言うか」


「八位!? すっごいねー。そんな成績見たことないよ。私は九十九位で、ひぃちゃんは七十六位だっけ?」


「ちょーっと! ゆゆ! なにこんなところで成績暴露してんの!?」


「…………なんとなく?」



 貫之の脳裏に天然の言葉が過ぎった。



「なんでこんな奴に成績知られなきゃならないのよ」


「惚ければよかったであろうに。証拠がないのだから否定すればそれで終わりぞ?」


「あ……」



 古川も天然だ。



「ひとまず成績については他言無用にしとく。ここだけの秘密とかも一切なしにしておくよ」


「じゃな。言いふらしたところで得も何も無いしの」


「……最悪。心理系の神通力がマジで欲しいわ。そうしたら記憶を消すのに」


「心配せずとも笑わんし言いふらさんよ。こやつは他人を馬鹿にするほど中身は小さくない」


「だったらそっちの秘密も教えなさいよ」


「そうやって神通力を話させようとしても無駄だぞ。僕もまだ知らないんだから」



 小さく舌打ちが聞こえたのは気のせいではないだろう。気にはしない。


「妾は当時の価格にして十数万円はする万年筆じゃ。これで文句あるまい」


 言わなければ開放されなさそうな雰囲気の中、月筆乃命は一番ぴったりの秘密をあっさりと暴露した。出来れば知られたくなく、かと言って知られても大きすぎる傷にならない情報なら依り代は適している。


 月筆乃命の判断に感心していると耳を引っ張られ、貫之は懐から万年筆を取り出して二人に見せる。



「フミちゃんの依り代はその万年筆なんだ。なんかピッタリかも」


「全て誇ることよ。ではそろそろ行くとするか。今日は家族会議と一大行事があるんでな」


「肉まん買ってないけどいいの?」


「それは今度の楽しみにしとくよ。ゆゆらと話が出来て楽しかったしな」


「と言う訳だから僕らはもう行くよ」


「うん、また明日ね」



 月筆乃命と秋雪はお互いに手を振り、貫之は軽く首だけ振ってコンビニの裏から離れた。古川は機嫌を心底損ねたのか別方向を向いて挨拶も仕草もない。


「古川の奴、なんで僕たちのことあんな邪険にするんだろ」


 少しだけ火照った体が十月の風で洗われる中、二人が見えないくらい離れたところで貫之は呟いた。



「昨日今日でいきなり会話の数が増えれば警戒くらいするだろ」


「そんなもんかな」


「そんなものよ。ふふ、初日から中々楽しいことになった」


「……なんかフミって女よりは男って感じだよね」


「なにせ女らしい教えなんて一つとされてないんでな。これを期に学ぶのも悪くない」


「せっかく手に入れた自由だから好きにやればいいよ。僕も付き合うからさ」


「ありがと。ではまずは二人の電話番号を手にするところから始めるか」


「え?」



 予想外の目的に貫之は一瞬硬直してしまった。


「お前は女友達が一人もいないからな。卒業までにもう十人は増やすぞ」


「いや十人は多いよ」


「その中から将来の妻や恋人、成人後の良き友となるかも知れんのじゃ。作れるうちに作る方がいいに決まっておる」


「兄ちゃんみたいになれっていうの?」


「その十分の一かの。動機は下衆でも目的は普通だからな。ああ、謙遜はするな。綺麗事など妾には無用じゃ」



 女子に興味がないと言えば正直なところ嘘だ。周りへは体裁を意識して綺麗事を言っても、本音では欲しいまでも遊びに行きたい気持ちはある。月筆乃命は貫之の本音を間近で聞いてきたから体裁を気にするだけ無駄なのだ。


「努力してみるよ。デートはしてみたいし」



 十月の風が、少々火照った体を完全に洗い流していった。

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