第24話:迫る軍靴の響きと再会の刻③

「あなたって人は!あなたって人は!命知らずの馬鹿なんですか!? えぇそうなんでしょうね! でなければオルデブラン様を前にしてなんてことを……!死ぬかと思いましたよ! むしろ何なんですかあの殺気は!?私を殺す気ですか!?」


 パンテラは部屋を出るなりに昇降機に乗ってから下に着くまででは足りず、中央塔を出た後でもこのように愚痴を永遠とぼやいている。シンヤとしては頂点に達した怒りに身を任せてあの場で斬りかからなかったことをむしろ褒めてほしいくらいなので、全て右から左に聞き流している。


「ちょっと!聞いているんですか!?聞いていないですね!本当にあなたって人は―――!」


「いい加減落ち着け。もう終わったことだろう?そんなことよりも重要なことがあるだろう?俺たち、戦争に参加するんだぞ?それはいいのか?」


「もちろんです。私はいずれ来る【闇の軍勢ケイオスオーダー】との戦いに向けて鍛錬を積んできたのです。むしろ初戦から参加できるというのは願ってもないことです」


 パンテラは途端に目つきを鋭くしてはっきりとした口調で断言した。仮面をかぶったシンヤはやれやれと首を振った。これだから選ばれた力を持つ者は嫌なんだ。自分の命を人類に捧げるのが当然だと思っている。


「むしろ、あなたはどう思っているのですか?あの場での発言からして戦争に参加するのは消極的でしたね。それがサラちゃんの話を聞いた途端に突然の心変わりとは、もしや憧れ人でしたか?」


「……戦争に参加すること自体に異はない。ただオルデブランのやり方がこの上ない程に頭に来ただけだ。あとパンテラ、一つ言っておく。これ以上余計な詮索をすると言うのなら泣かすからそのつもりでな。ん?サラちゃん?」


「は、はい……わかりました」


 強気な態度から一転して殊勝な態度をとるパンテラ。陽気に遊んでいた犬が粗相を犯して叱られた子犬に見えて、シンヤは少し強めに言い過ぎたかと反省した。


「この話のついでにあんたに教えてもらいたいことがある。あんたから見てサラティナ・オーブ・エルピスという騎士はどう見える?というかサラティナとはどういう関係なんだ?」


「っえ?サラちゃんですか?彼女とは同じ修練学校に通っていましたからよく知っていますよ。そうですね―――男女問わずとてもモテてましたね。なにせ飛び切りの美人でしたから告白されない日はなかったわね」


「な……なん、だと?」


 言葉を失うシンヤ。顔面は血の気を失い真っ青で絶望的な表情となっているが、この時ばかりは仮面があることに感謝した。明らかに様子の変わった仮面の戦士を訝しく思いながらもパンテラは思い出を振り返る。


「あの頃からサラちゃんは可愛いだけじゃなくて異常なほど強かったわね。身体強化ももちろんだけど、魔導師としても剣士としても毎日毎日倒れる寸前まで鍛錬していたから相部屋の私としては心配で仕方なかったわ。何かに追われているような、鬼気迫る感じだった」


「それにどんな人に告白されてもサラちゃんが靡くことはなかったわ。全部一刀両断で断っていたわ。例えそれが名門貴族の子息でもね。確か正導騎士序列十位のジェラット卿も撃沈した一人だったはずだけど……あなた、話聞いているの?魂抜けてないかしら?」


 トボトボと心なしか肩を落として無言で歩いている仮面の男を不審に思ったパンテラは彼の前に立って下から覗き込むように見つめた。その表情は見えないけれど負のオーラが湯気となって立ち上っているようだ。


「あ、あぁ。大丈夫だ。大丈夫。うん、サラは子供の頃から可愛かったからな。モテるのは必然だ。うん、当然のことなんだ」


「安心しなさい。あの子は誰ともお付き合いしていないわ。私の話を聴いていなかったのかしら?あなたから聴いてきたことなのに失礼じゃないかしら?」


「………え?誰とも……付き合ってない?それは本当か!?」


「もう。親友である私が言っているのだから真実に決まっているでしょう?今でもご飯一緒に行く仲なのよ?今日の話だって事前に彼女から聞いていたくらいよ?それにね、あの子に聞いたことあるのよ、なんで告白を全て断るのかって。そしたら彼女、なんて言ったと思う?」


「な……なんて言ったんだ?」


 シンヤとしては怖くて聞くたくないが、聞かずにはいられなかった。パンテラはそんな彼の思いなど気にすることなく、したり顔で言った。


「あの子ね、こう言ったのよ」


 ―――パンちゃん、私ね。好きな人がいるの。もうずっと会ってないし、もう会えないかもしれないけど……大好きでたまらない大切な人なの。だからね、その人を守るために私は強くならないといけないの―――


「どう、健気な話じゃない?まぁそれが誰なのかは名前すらも教えてくれなかったけどね。―――って、あなた本当にどうしたの?今度こそ魂抜けてない?」


「………あぁ、大丈夫だ、問題ない。俺は生きてる。そうか……あいつがそんなことを……ありがとう、パンテラ。この話の礼にこれからディナーでもどうだ?もちろん支払いは俺が持つし、この仮面も取っていくから安心してくれ。どうだ?」


「え……?えぇ、今日は特に予定はありませんから構いませんが。それよりもその仮面、取って下さるの?」


 この男が仮面の下の素顔が見れると言うのなら是が非でもない。しかも声色から察するに身につけている実力とは反比例して年齢はかなり若い。それこそ自分やサラティナとそう変わらないかもしれない。


「もちろんだ。それにの学生時代の話に興味がわいた。その話が聞けると言うのならこの仮面なぞすぐに捨ててしまいたいくらいだよ、本当に」


「あら、聞きたいのはの話?それとも私達・・の話?どちらか気になるところだけれどそれはまたの機会にしておきましょう」


「そうしてくれ。ディナーの件だが、18時に中央街にある【エートゥジアズモ】でどうだろうか?すべてこちらで手配しておくから君は正装して店に来てくれればいい」


「―――!誰もが憧れる超がつく人気店ではありませんか!?いいのですか!?常に予約で埋まっていると聞きますが、大丈夫なのですか?」


「問題ない。あそこはザイグの知人が経営していると聞いている。彼用の席が常に用意されているし実際に俺も彼に連れられて行ったことがあるからオーナーとも顔なじみだ。だから安心してくれていい。席は必ず用意しよう」


「フフフ。あなたって意外と強引な人なのですね。わかりました。では18時に【エートゥジアズモ】でお会いしましょう。楽しみにしていますね」


 上機嫌にスキップ鼻歌交じりでパンテラは家路についた。その背中を見送りながらシンヤは足をザイグ邸に向ける。


 店に問題はないけれどそれに見合うだけの正装がない。約束した時間にはまだ時間があるからプルーマ夫人に頼めば燕尾服を用意してくれるだろう。また着せ替え人形になるのは癪だがサラティナの話には変えられない。シンヤはため息をつきながら歩みを早めることにした。


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