双刀無双の絶対者〜才能はなかったけど師匠に鍛えられたら人類最強になったので最愛の人に会いに行きます〜

雨音恵

第一章 再会編

第1話:再会は戦場で

 ここは掛け値無しの絶望が支配する戦場だった。


 数多流れるは赤い血はさながら湖のごとく。その中で生き絶えるのは鎧を纏い剣を手にしながらも無念のうちに生き絶えた人間と緑の巨躯と狼のような顔をした屈強な体つきの化け物達。それ以外にも様々な種族の遺体がそこかしこに転がっていた。


 戦いが始まったのはおよそ一刻前。人類軍と【闇の軍勢】が互いの命と生存かけて争う戦場だ。


 その記念すべき初の大規模会戦場。人類軍は五千の兵士と星に選ばれて超常の力を有する【正導騎士】を動員し、【闇の軍勢】はこの初戦にして魔皇帝の側近中の側近、『魔皇帝の右腕』と呼ばれる大幹部を大将に据えて戦い望んでいた。


 数の上では【闇の軍勢】が有利。しかし練度と気迫は人類軍の方が遥かに高い。戦いは互角か僅かだが人類軍が優勢に見えた。戦場に魔皇帝の右腕が出てくるまでは。


 その化け物の名はサタナキアプート。山羊の頭と強靭な肉体。黒き両翼で空に浮かび、右手に握るは身の丈ほどもある断罪の大太刀。たった一振りで盾を構えた騎士達をまとめて薙ぎ払う姿はまさに歩く天災だ。


 それまで優勢に進めていた人類軍の戦場を一気に赤く塗り替えて支配した。この者が戦場に現れてたったの五分の出来事だった。


「どうしますか、サラティナ卿!?このままでは戦線の維持どころか前線が全滅してしまいます!幸い後衛たる我々に被害は出ておりません。あの化け物が前線に出てきた以上、早急な撤退も視野に入れるべきでは!?」


「…よもやこの早いタイミングで敵大将が前線に出てくるとは予想外でした」


 初戦の大将を任されたのは若干二十歳の若さではありながら【正導騎士】の序列第三位に君臨する妙齢の女性騎士。その名をサラティナ・オーブ・エルピスと言う。普段は流麗で凛とした彼女の容姿も今ばかりは苦虫を噛み潰しかのように唇を強く噛んで歪んでいた。


「止むを得ません。私が前線に出てサタナキアプートを抑えます。その間に戦線を立て直してください。その間の指揮は貴方に一任します、コンセイユ殿。もし万が一にも私が敗れるようなことがあれば即時撤退してください。いいですね?」


「な、何をおっしゃるんですかサラティナ卿!?この場面で【正導騎士】である貴女が単騎で出るなど愚策です!それに貴女があの怪物に敗れるようなことがあればこの先の士気に関わります!どうか再考を!」


「いいえ。ここで指を咥えてみすみす犠牲を増やすことこそ愚行です。それにここで奴を叩くことができればそれこそ敵への打撃も大きいはず。打って出る価値はあります」


「ならば!ならばせめてお一人とは言わず 正導騎士様二人で!そうすれば勝率も上がりましょう!一人では危険すぎます!」


「ダメです。わかっているでしょう?正面を切り崩されかけていますが両翼にいる第五位と第八位の正導騎士が踏ん張っているから我らは無事なのです。それを私の援軍に回すとなればそれは即ち我らの敗北です」


 サタナキアプートは正面突破を狙って力任せに突っ込んできたが未だ人類軍の前線は全滅に至っていない。その要因は左右に配置した正導騎士が獅子奮迅の活躍をしているからだ。


 加えて伝令によれば両翼にはひと月ほど前に中央選都で行われた武芸大会の優勝者と準優勝者がおり、正導騎士に引けを取らない活躍をしていると言う。おそらく例の仮面の戦士と正導騎士第五位の娘だろう。あの二人がいる以上両翼はそう簡単には瓦解することはないはずだ。


「これ以上議論をしている時間的猶予はありません。コンセイユ殿。あとは頼みましたよ」


 私はそう言い残して、身体強化を施して後衛から敵大将が猛威を振るっている最前線目指して一直線で駆け抜ける。そして、今まさにその大太刀を眼前で呆然とうずくまる兵士に向けて振り下ろさんとしていた。


「お前の相手はこの私です、魔皇帝軍第二位、断罪のサタナキアプート!」


 その絶死の一撃に私は割り込んで受け止める。両足が地面に僅かにめり込んだが強化した私の肉体は悲鳴をあげることなく余裕を持って耐えきり、力任せにそれをはじき返した。しかし山羊頭の怪物はよろけることはなく、追撃を仕掛ける隙を見せなかった。


「やっと、正導騎士のお出ましか。しかもその容姿、その剣、噂に名高い正導騎士の序列第三位か。相手にトッテ不足なし。ここで貴様を殺せば皇帝陛下もさぞお喜びになることだろう」


「それはこちらとて同じこと。ここで貴様を屠り、人類存続の糧となってもらう」


私は手にしている剣―――名を【アンドラステ】と言う聖剣―――を握る手に力を込める。身体強化に回すため、魔力回路は全開まで開く。この戦場、この戦いより後のことは考えない。目の前の山羊頭の怪物を確実に殺すことだけを考える。


 サラティナは疾駆する。己より数倍の巨躯を持つ山羊頭に対しては距離を取りつつ魔導と剣戟を混じえた一撃離脱を繰り返すことがセオリーだ。


 しかしそれを許さないのが魔皇帝の右腕たる所以。その一歩は容易く間合いを殺し、その強靭な肉体は魔導を食らってもかすり傷程度しか負わない。一振りで戦況を覆し、戦場を真っ赤に染め上げる。それがこの化け物だ。


 なら、サラティナが取る手段は一つ。自ら間合いを詰め、接近して魔導と剣戟の超高速戦闘。死と隣り合わせの綱渡りのような戦いとなるが、これが唯一の勝ち筋だった。


 対するサタナキアプートはこの鬱陶しい蝿のように自分の周囲を旋回しながら斬りつけてくるサラティナに対して一見すると為す術がないように見えた。殴りつけようとしても踏みつけようとしても回避され、自慢の大剣もかわされるか弾かれているので初手のつば競り合いにすら発展していない。しかしそれでもこの怪物には依然として余裕があった。


「気付いているだろう、正導騎士よ。その程度の攻撃では私に傷をつけることはできても倒すことは叶わないと。そして、気付いているぞ。貴様が秘技を放つタイミングをうかがっていることを」


 確かに聖剣に分類されるサラティナの剣、星斂兵器【アンドラステ】は剛皮を確実に斬り裂いて身体中から青い血を垂らしてはいるが致命傷は一つもないどこか蚊にでも刺された程度にしか感じていない。


 原因ははっきりしている。速度に重きを置いて全力で振り切っていないが故だ。より深く斬るためには全力で剣を振る必要があるがすなわちそれは死への階段を一足飛びで駈け降りることに他ならない。


「一騎当千と聞いてはいたが、弱腰とは期待はずれもいいところだ。興が冷めた。死ね」


 サタナキアプートはサラティナから視線を外し、大太刀を両手で握りしめて大上段に構えた。その狙いは明らかに個人撃破から部隊撃破への切り替え。振り下ろされたが最後、直線状にいる部隊は当然、後方に残してきたコンセイユ諸共壊滅する恐れがある。サラティナは覚悟を決める。


「やらせません!概念強化イディア・リンフォース!光よ、刃に満ちて輝け!!」


 星斂剣【アンドラステ】に込められている概念は『勝利』と『守護』。それを強化することで戦いに勝利する為の確立を引き上げ、護るべきモノを護り切る力を得ることができる。それが意味するところは即ち、事象の改編に他ならない。いかに劣勢であろうとも、彼女の心が折れない限り、勝利を手繰り寄せ、護りたい世界を護ることを可能にする。


「ハッハッハ―――!いいぞ!それが貴様の本領か!これこそ戦の醍醐味よ!ここからが本番だ!我を殺して見せよ!人間!」


「望み通り、殺してあげるわ!化け物!」


 腰を据え、八双に剣を構える。刃はとうに黄金色に輝いている。けたたましかった戦場も今この瞬間だけはこの戦いの行く末を見守るために静寂に包まれていた。


 睨み合っていたのは数秒か、数分か。永遠とも思える時間を斬り裂いたのはやはりサラティナであった。裂帛の気合とともに一筋の閃光となって山羊頭の怪物に突撃する。それを真正面から受けとめるだけでなくむしろ両断すべく大上段から刃を振り下ろすサタナキアプート。


 黄金の剣と無骨な大太刀が激突し、その衝撃波で両軍の一般兵はは吹き飛ばされる。それが一合で終わることなく二、三と連続していき、無骨なメロディを奏でていく。それはさながら終わりの見えない音楽会。


「…サラ」


 その無骨な剣戟による演奏を心配そうに見つめる一人の戦士がいた。仮面を被り、左右の手にそれぞれ刀を握りしめ、襲い来る緑の小鬼(ゴブリン)達を目にも映らぬ速さで斬り伏せていく。


「あれは…まずいな」


 仮面の戦士は秤にかける。今この場を離れることは戦線の維持に欠損が生じかねない。しかしこのままここにいてはあの黒髪の女騎士は間違いなく大太刀の餌食となる。仮面の戦士の決断はする。時間はあまりない。


 互いの命をかけた演奏は互角に見えるがその実サラティナは焦燥感に駆られていた。勝利の天秤は確実に己に傾いている。その証拠に黄金の刃は深い傷を刻み込んでいる。対して自身には大太刀を受け止め、捌き、掠り傷一つもない。尋常ならざることだが、それでもサラティナによぎるのは焦燥だ。


―――果たしてこの化け物は倒れることはあるのだろうかーーー


 自身の剣に疑いはない。数多の異形を一刀の元に斬り伏せてきた。それでもなお倒せないのならそれは自身の剣技の冴えが命を刈り取るに届かないのだ。それが剣戟が続けば続くほど、不安が増大していき、ついに均衡が崩れる要因となる。


「剣技が鈍ったぞ!己の才に疑問を覚えたな!!ならばそれが貴様の限界だ、正導騎士!!」


「―――っく!?」


 サタナキアプートの指摘は正しくサラティナの感情を読み取った。剣から伝わるわずかなブレを敏感に察知したのだろうか。だがそんなことを考えている余裕はない。ついに大太刀を弾くことが出来ずに受け止めてしまった。両足が地面にめり込む。剣を握る手が悲鳴をあげる。早くこの状況を打開しろと脳が警報を鳴らす。


 しかしサラティナに打開の一手はなく、サタナキアプートには追撃の一手があった。彼女のその無防備な胴体に丸太のような右足を突き刺した。その凄まじい威力は上半身と下半身が千切れたかと錯覚するほど。幾度となく地面を転がり、吐血しながら立ち上がろうとするが力が入らない。


「何とも呆気ない幕切れだが、人間の身で我と渡り合えたのは貴様が初めてだ。冥界で誇るといい」


「…はっ、化け物が冥界とは…冗談が過ぎますね」


 サラティナは片膝をつきながら剣を構える。


「最後まで気高く散るか。それも良い。では―――死ね、人類の希望の光よ」


 瞬間、死を覚悟した。仲間の兵士達からは絶叫に似た悲鳴が、異形達からは歓喜の咆哮が、戦場に鳴り響く。しかしそれはサラティナには聴こえていなかった。ただ頭の中をよぎるのは中央戦都で過ごした十年ではなく騎士となる前のこと。ただの村娘で花飾りを作ったり大好きな男の子と一緒に遊んだりした日々のこと。


 あの男の子は今はどうしているのだろうか。あの村で私以外の誰かと幸せに過ごしているのだろうか。そういえば村長の一人娘のあの子は可愛かったな。彼の隣にいるのはどっちだとよく喧嘩したけ。


「あぁ…シンヤ。どうか、幸せに―――」


 断罪の刃を目前にして、私は目を閉じた。


「―――お前がいない世界で生きるなんてこと、俺にはできない」


 いつまでたっても訪れない痛み。その代わりに聴こえたのは声変わりをしているが昔よく聴いた、大好きな男の子のそれに似ていた。


「な、どうして…あなたが、ここに?持ち場はどうしたのですか!?」


「決まっているだろう?貴方を一人で戦わせないため。貴方をこんなところで死なせないためだ」


 サラティナの前に立ち、必殺の断罪の一撃を右手に握った剣一本で受け止めていたのは仮面の戦士。確か先の武芸大会では【二代目双刃】と言う名で出場していた男。試合中は声を変えていたのか女性に近い中性的だったが今は凛としているが男性のもので、年月を経ているので多少変わっているが記憶の彼方で聞き覚えのある声だった。


「ふむ。我の一撃を容易く受けとめるか。貴様、何者だ?」


「黙れよ、山羊頭。俺が誰かなんてここで死ぬお前には関係ないことだ」


「なるほど、勇猛な騎士かと思うたが、その実は敵の力量を正しく測れない愚か者の類か。ならばここで死ね。愚者と語る剣はない」


 山羊頭は大太刀を腰だめに構えて暴風を撒き散らしながら振り切った。仮面の戦士に取れる手段はほとんどない。大振り故に回避することは容易いが、そうすれば背後にいる半ば無防備なサラティナは両断される。ならば受け止めるしかないのだが、二度目はないとばかりに膂力全てが込められている一撃は強力無比に他ならない。


―――星斂闘氣せいれんとうき総集そうしゅう灼烈しゃくれつ


 しかし仮面の男はその絶死の一撃をその場から一歩も動くことなく余裕を持って受け止めて見せた。その身体はさながら太陽のごとく灼熱に輝いている。近くにいたサラティナは人の身で纏うには過ぎる熱風を肌で感じた。


「その程度か、山羊頭?」


「ば、そんなバカな!?二度も受け止めただと!?」


「その驚愕は死への直行便だぞ、山羊頭」


 身体がブレたと見紛うほどの速度で仮面の戦士が動いた。膝をついているがサラティナとて正導騎士の第三位に立つ者。目には自信はあるし魔力による強化を施しているので見失うようなことはないのだが、サラティナはその姿を追えなかった。それは山羊頭も同じこと。気付いたい時には仮面の戦士はサタナキアブートの背後に立っていた。その左手に右角を手にしていた。


「見た目と違って存外脆いんだな、この角は。飾りか何かか?」


「貴様―――!」


 自慢の両角の一つを斬り落とされた。斬られた方からはこれまで感じたことのない痛みを帯びながら血が滴り落ちている。その瞬間、サタナキアブートの怒りは頂点に到達して地鳴りを起こしながら跳躍して自慢の漆黒の翼を広げて宙に立つ。


「今すぐ死ね!矮小なる人間よ!」


 サタナキアブートは大太刀を両手で強く握りしめ、縦に横へと高速で振り抜いた。放たれるのは斬撃の圧嵐。たった一人の人間相手に振るうには過ぎた攻撃。無差別に放たれる剣閃の豪雨を前にして身体を濡らさずにいるのは不可能だ。仮面の戦士の判断は早かった。刀をしまい、角を放り投げてすぐさま振り向いてサラティナを抱きかかえるとその雨の中で踊り舞う。


「―――ッチ、面倒な!」


 離脱しようとすれば簡単だ。本来ならば対軍に使用してこそ真価を発揮する技だろうがそれを個人に向けて放っている。その有効範囲は必然的に狭くなる。だから全力で飛び退いて仕舞えばそれで事足りるが、そうすればむしろ被害は拡大する。ならば止むまではここに留まる他にない。


「っクソ、仮面が―――」


 だが降りしきる雨から一雫さえその身に浴びることなく乗り切ることは、サラティナを抱きかかえていることを差し引いても仮面の男と言えど不可能だ。完璧にかわしきれなかった斬撃を数発その身に受ける。その内の一撃に仮面も含まれる。


「我の攻撃をそこの足手まといを抱えてやり過ごすとは。我に手傷を負わせたことといい、やはり貴様は只者ではないな。人間にしておくには実に惜しい」


「ハッ、その程度の攻撃で俺を殺せると思ったのか?舐めるなよ、山羊頭」


「しかしその素顔は拝ませてもらうぞ。そら、偽りの面が割れるぞ」


 ピキッと亀裂の音が走ると同時に仮面が真っ二つに割れた。そこから現れた素顔を未だお姫様抱っこの状態で抱えられているサラティナは間近で見て、口を押さえた。目からは涙が溢れて今にこぼれ落ちそうだ。


「あぁ……どうして……どうして貴方が、シンヤがここに居るのですか?ここは貴方がいていい場所では…」


 少年だった男の子は背もすっかり伸びて青年になっていた。顔立ちも昔から綺麗で女の子と見紛うほどだったが、その面影をしっかり残しながら精悍な顔立ちとなっていた。


「それを言うなら君もだ、サラティナ。剣も魔導も、ましてや戦場は君には似合わない。さてと。よくまぁ俺の計画を台無しにしてくれたな山羊頭。それだけじゃない。この世の何よりも誰よりも大切な人を傷つけてくれたな。ここで確実に殺してやる」


「いいぞ!素晴らしい殺気だぞ、人間!では第二幕と行こうか!存分に殺し合おうぞ!」


 そっとサラティナを地面に下ろす。涙を堪えながら心配そうに見つめる彼女ににこりと笑みを浮かべて大丈夫だと頷いた。


 サタナキアブートは再び地に降りて得物を構える。シンヤは得物を取らず、しかし斜に構えて相対する。二人の間に流れる静寂はピンと限界まで張り詰めた糸のようだ。それが切れるのは一分、五分、それとも一時間、体感にして永遠とも思える時間だったが、しかし実際のところは刹那に満たなかった。


 再び振るわれる大太刀。サラティナは逃げてと叫ぼうとするが咽せて声が出ない。だがシンヤは表情を変えず、左手の剣―――少し反りのある刀ーーーを抜いて羽虫を払うかのように無造作に振るう。たったそれだけでサタナキアプートの剣は大きく弾かれた。山羊頭の表情に驚愕が浮かび上がる。それはサラティナも同様だった。


―――星斂闘氣せいれんとうき総集そうしゅう紫電しでん―――


  一瞬でシンヤの身体が紫光に包まれる。天より舞い落ちる雷鳴を思わせるを輝きその身から迸らせながら跳躍して右の剣を縦一閃。目に映らぬほどの速度で放たれたその一撃は命を奪うまではいかなかったがサタナキアプートを後退させるには十分な深傷を与えていた。


「な…ん、だと?」


「さすがの耐久力だが、これで終わりだ」


―――世界再現ノヴァリスコード三千世界武の極みさんぜんせかいぶのきわみ―――


 シンヤが身に纏う闘氣は消えていない。しかし彼を起点にしてこの戦場全体を何かが覆った。何が起きたのか、異変はすぐに理解した。先程まで感じていた己を含めたこの地に溢れる魔力をサタナキアブートとサラティナは全く感じ取ることができなくなった。


「喜べ怪物。これでお前も俺と同じ魔導を使えない、ただ図体のでかいだけの人間と同類だ。理解したか?なら、早々に死ぬといい」


 両の剣はすでに腰に挿している鞘に収めている。正眼から左足を後ろに引いて腰を落として瞑目して、シンヤは再び消えた。まるで雷のような轟音を響かせながら。


―――無窮鳴神むきゅうなるかみ―――


 雷が止むと、山羊の頭がするりと斬られ、ぽとりと落ちた。残された身体はゆっくりと後ろに倒れて土埃をあげた。


「絶望を与えることが自分達だけに許されたことだと思うなよ、異形ども。さぁ!どうする雑兵ども!貴様らの大将は死んだ!それでもなお挑んでくると言うのなら、決死の覚悟でかかってこい!」


 シンヤの宣戦が静寂を切り裂いて戦場に響き渡る。ゴブリン達は武器を手放してゆっくりと後ずさり、遂には敗走を始めた。それを確認した人族の軍は歓喜の勝鬨を上げた。ようやくダメージから回復したサラティナはゆっくりと立ち上がってシンヤに近寄ると、その逞しくなった背中に問いかけた。


「シンヤ?本当に……シンヤなんだよね?どうして……なんで?」


「君を護るためだ。あの時掴めなかった……君が延ばした手を掴むため、俺は今ここに居る」


 シンヤはゆっくりと振り返り、十年ぶりに再会した最愛に頭に手を乗せた。


「本当に、待たせて悪かった。俺が君を護るよ、サラ」


 彼は十年前と変わらない言葉を、しかしあの時とは違って不敵な笑みを浮かべて言った。サラティナは嬉しくて、これまでの歳月が報われたように思えて、静かに涙を流した。

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