第17話 密偵

 次の日の午前中。海賊や暗殺アサシンといった不審者が侵入する気配すらない小春日和のまったりとした時間が流れる。特段世間話することもなくなったので、クレメンテはナギルとサレハに、離れの床下に地下に通じる扉があるのを見つけたことを話した。


「……地下になにがあるのか、まずは偵察したほうがいいかもね。人目を忍んで深夜に地下に降りて行くぐらいだから見られちゃまずいものがあるんだろうけれど、いきなりスハイツを襲撃して、バジェに怪しまれないほうが今はいいんじゃないかな?」


 ナギルの言葉に、隣に座っていたサレハも黙って頷き、同意する。


「スハイツの一日の行動の中で、隙を見て離れに忍び込めそうな時間を見計らって、僕たちのうちひとりが地下へ降りよう。一人は離れの外側に待機。一人は怪しまれないように見回りを続けるというのでどうかな?」


「……じゃあ、まずはスハイツを観察して一日の行動を洗い出してみるか」


 クレメンテはナギルの計画に乗ることにした。サレハもそのつもりのようだ。隣で黙って頷いている。


 アラルコスを人質に、ピラール・ルビナスを脅迫して誘き出すのは一月十五日。今日は十二日と、残された時間はあまりない。

 悠長なことはしていられないのは分かっていたが、とは言え、バジェの反感を現時点で買ってここから即刻追い出されてしまうのは得策ではない。

 バジェの船に乗せてもらわなきゃならないし、もしそれが叶わなくても、囚われのアラルコスやホセ=ビアンテ・ルビナスに危害が加えられないか、ピラール・ルビナスが殺されてしまわないか……いや、海賊が皆殺しになってしまうという悲劇的な結末を迎えないか――クレメンテたちはエドアルド・バジェの逆鱗に触れないように注意を払いながら、最良の選択をするために、真実を暴き出そうとしていた。


 三人はそれから二日間、バジェの警護をしながら、スハイツの監視をしていた。

スハイツの一日の行動は基本的にはバジェの一日の行動に伴うものだった。

 朝六時に起床し洗顔をしたり身なりを整える。六時半には朝食の準備に取り掛かり、バジェが七時半に食事をとるために、配膳。バジェの朝食後は朝食の片付けをし、午前中には、南へ長い坂を下ってモヘレブ市街地へと出て買い物と郵便物の配達を行う。昼食前には戻ってきて、準備をし、バジェが午後一時に昼食をとる準備をし、終わったら片付け。午後二時半ぐらいだろうか。スハイツは一度地下へと続くあの秘密の扉を開け、階段を降りて行く。地下での用事は30分ほどで済むようだ。帰ってくると薪割りをし、夕食の準備。夕食の準備がひと段落すると風呂の準備をし、主人が風呂に入っている間に、夕食の配膳を行い、食後に片付け。これでスハイツの一日は終わりに見えたが、就寝後、深夜一時半ごろに再び地下へ降り、30分ほどの用事を済ませ、再び眠りについた。


 前述の通り、スハイツが床下の秘密の扉を通じて地下へと降りて行くのは日に二回ある。腰に下げている皮袋に水を入れ、他の袋にパンを三つ詰めて、地下へと向かうのだ。自分が地下で食べるわけでもないだろうから、いよいよ地下には何か生き物……おそらく人間がいるのだろうと思われる。スハイツは一日二食、水と粗末なパンを差し入れに行っているのだろう。

 スハイツはパンを三つ持っているということから囚人は三人いるのだと推察できる。


「アラルコスとホセ=ビアンテ・ルビナスのほかに……あと一人、囚われの人物って誰だろう?」


「ジル・イルハムじゃないのか?」


 お互いに持ち帰ったスハイツの一日の行動に関する情報共有をしながら、クレメンテの呟きに返答するかたちで、サレハからジルの名が飛び出す。


「アイツは午前二時までの見回り中に姿を消しただろう?もしかしたら、秘密の扉を見つけたのがバレたのかもしれない」


「ああ、なるほど!」


 オレはこの推理にすっと合点がいったのと同時に、ほっと胸を撫でおろした。


――アイツは元奴隷商であるオレが嫌で、逃げたわけではないんだ


 ジルが自ら逃げたのではなく、スハイツに囚われたのだという可能性に、ジルがいなくなってからというもの、悶々と暗く閉ざされていたクレメンテの心が開き、一筋の光が差し込んだような気がした。ジル・イルハムも捕らえられているのであれば、尚更、囚人を解放してやる必要がある。


 地下の囚人を地上へ救出する作戦を実行するのは、午前中、スハイツがモヘレブ市街地へ出かけていて離れの周りにいない時間帯がいいだろうと、三人は計画を立てた。

 ただ離れに侵入するのに二つ問題がある。

 離れの玄関をしめている鍵がない。

 離れの中に入るには、玄関をわざわざ開けなくても、最悪窓を割って侵入することはできる。しかし、水甕をどけた床にある秘密の地下階段を開くための鍵は必要だ。

 鍵の管理はすべてスハイツが行っている。自分たちの力で施錠を外すか、スハイツが持っている鍵を奪うか、盗むか――その晩、三人は計画を練った。




 スハイツが荷馬車に乗って街へと買い出しに出かけるのを、二階の回廊から見張っていたナギルが合図を送った。屋敷の南側の庭からサレハが、ピィィィィィィィィィーッと警笛を鳴らす。警笛を聞いてその場で上空を見上げておろおろするスハイツめがけて、クレメンテが走り出した。


――ドンッ!!!


 もう少し手加減したほうがよかったのだろうかとクレメンテは思った。横から思いっきりタックルした勢いで、スハイツを押し倒してしまった。芝居が大袈裟になってなければよいが……


「ななな何なんだ!?何がどうした!?」


 警笛が鳴るや否や、突然地面に押し倒されたスハイツは、事態が飲み込めず、慌てふためいて、唾を飛ばしながら叫んだ。


「ご……ごめん……不審者の侵入を知らせる警笛が鳴ったものだから、スハイツさんと間違ってしまいまして……」


「馬鹿か!?間抜け!!!お頭も間抜けなヤツに用心棒なんて頼んだものだ!オレが見えなかったのか!?このオレが!!!」


 倒れた拍子にスハイツの上で倒れてしまったクレメンテの身体を荒々しくどかせる。立ち上がろうとしていたところをスハイツに押されて、クレメンテはバランスを崩し、再び地面に尻餅をついた。スハイツはそんなクレメンテを上から眺めながら思い切り罵倒し、しばらくわめいていた。


「オレのどこが不審者に見えるんだ!?」


 明らかに人相の悪い黒い髭を蓄えた大男をぽかんと見上げるクレメンテに、スハイツは続けた。


「不審者がいるんだろう!?呼ばれた方へさっさと行かんか!!!お頭に何かあったらどうするんだ!?蹴っ飛ばしてやるぞ!!!さっさと行けぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


「はっ……はいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 スハイツのいつもよりも大きな声に驚いて飛び起き、クレメンテは後ろを向いて立ち上がり一目散に駆け出した。


 そもそも午前中白昼堂々屋敷に忍び込んでくる賊がいるだろうか?

 南側の庭で警笛音がしているのに、なぜ東側玄関先にいるスハイツにぶつかる?

 そもそもスハイツを賊と間違ったにせよ、そんなに激しくタックルする必要あっただろうか?


 ツッコミどころ満載のクレメンテの大袈裟な芝居は、スハイツには嘘と見抜けなかったようだ。

屋敷の角を曲がりスハイツから見えない死角に入ったクレメンテは、スハイツの腰にジャラジャラとつけられていた鉄製の鍵の数を数えた。全部で五個。どれがどこの鍵かは分からないから、合わせる必要があるだろう。


「馬鹿で間抜けはお前だっつーの」


 スハイツから鍵を奪うという仕事をうまく成し遂げたクレメンテは、ニヤニヤしながら北の離れが見える、人通りの少ない回廊でナギルとサレハに落ちあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る