第19話 絶望の果てに

 ユズハが目を覚ますと、そこは何処かの地下室だった。

 周囲は薄暗く、壁には血がこびり付いている。

 

 気絶してからどれほど時間が経ったかは分からない。でも、身体を蝕む麻痺毒はまだ効いていて、指先一つ動かす事ができない。

 麻痺した身体に加えて、手足は鎖によって壁に貼り付けにされており、麻痺で立つことすらできないユズハの身体は無理やり立たされることになる。


 ユズハの纏っている自警団の制服は無惨にもボロボロにされ、もはや服としての機能がほとんど残っていない。普段は制服の下に隠れているサラシも解けており、かろうじて彼女の双丘を隠している。


「お、ようやく起きたかァ」


 ユズハの目の前には、肉親の仇であるイゾーが立っていた。ユズハに向けるその目は、卑猥なものであるように感じる。

 彼の背後には、彼の部下と思われる人攫いの男たちが数人いた。彼らは、これから使うであろう道具をせっせと磨いている。


「ここは、どこですか?」

「そうだなぁ、敢えて教えてやるとすれば、お前を立派な商品にするための場所だ」


 人攫いにとっての商品。それはつまり、奴隷ということ。

 人攫いに捕まればこうなることをユズハは覚悟していたが、少し予想外でもあった。


「私を殺さないんですね。てっきり、人攫いは自分たちの情報を持つ者を問答無用で殺すものだと思ってました。予想以上に甘いようですね、貴方たちは」

「はっ、確かにお前の言う通り、本来なら俺たちが満足するまでさんざん痛ぶって、最後に殺す予定なんだがよぉ。我儘な町長様の希望でな、お前は特別に生かしてやっているのさ」

「町長の希望ですって?」


 ユズハは聞き逃さなかった。ゴーインが人攫いに関与していることが、イゾーの口から明らかになったのだから。


「どうせ、買われて知ることになるんだ。今、教えてやっても構わねぇか」

「……?」

「お前はな、奴隷として町長に買われる予定なんだよ」

「な……!」


 思えば、会食の時。ゴーインはしつこく自分の護衛にならないかと聞いてきた。あの勧誘は、そういう意図だったのだろう。そして、その勧誘を自分が断ったから、人攫いたちが動く結果となった。

 全ては推測に過ぎない。それが事実だとユズハの中では確信があるが、証拠は何処にもない。


「同情するぜぇ。あのキモいおっさんに気に入られたせいで、てめえは今から辛い思いをするんだからなぁ」

「心にもないことをよく言えますね。同情なんて一切感じてないクセに、ぐっ!?」

「ごちゃごちゃうるせぇ。こっちはさっきから、てめぇを痛ぶりたくてウズウズしてんだ」


 ユズハを黙らせるために首を絞めたイゾーは、新たな注射器を取り出し、ユズハの首に無造作に刺した。

 またあの麻痺薬が注入される感覚がしても、ユズハはロクな抵抗をすることができなかった。首を絞められ、息ができず、ユズハの意識は遠のいていく。


「これぐらいなら間違っても暴れることはねぇだろ。むしろ後遺症が残るだろうなぁ」


 中身が空になった注射器を投げ捨て、イゾーはユズハの首から手を離した。やっと息ができるようになり、ユズハは喘ぐように大きく息をする。


「はぁ、はぁ……後遺症、ですって……?」

「歩くことができるまでは回復するだろうが、まともに剣を振るうことは難しいだろうよ」


 ユズハの剣士としての腕は終わったと、イゾーは軽い口調で話す。

 ユズハは心の底から怒りが湧いてくるが、イゾーの言うことが正しいとは限らない。無駄な体力は使わないようにして、脱出の時のために残しておかなければと自分に言い聞かせて、イゾーを睨むだけで終わらせる。


「そそるねぇ、その表情。一体いつまで保つのか楽しみだぜぇ!」

「っ……!」


 イゾーがユズハの胸に巻いてあったサラシを引き裂く。誰にも見られたくない部分を晒されて、ユズハは顔を真っ赤に染めるが、叫ぶようなことはしない。それをすれば、目の前の男はもっと喜ぶだろうと思ったから。


「制服の上から見ればまな板だと思ったが、意外と胸あるじゃねぇか。ますますクソ町長が喜びそうな身体だなァ」

「死ね……」

「だが、まぁ、とりあえず一発っ!」

「がっ……!?」


 イゾーがユズハの腹へと思い切り拳を振るった。

 イゾーがユズハを従順な商品にするために行う、おぞましい行為の始まりだ。

 息を大きく吐いてしまうが、ユズハは声を上げるのを我慢する。


「流石は副団長。これぐらいじゃ声をあげないか」


 そう言って、イゾーは机の上に置いてある物の中から鞭を選んで掴む。そして、そのままユズハの左肩目掛けて、鞭を振るった。


 バシンと盛大な音が響く。

 ユズハの白く透き通った肌に、赤い一本線がくっきりと残る。


「おらぁ!」


 続け様に、ユズハの腹に鞭が打たれる。


「ぁぐ……!?」

「おっ、声が出てきたな!」


 楽しいと言いたげな表情のイゾーが、ユズハを鞭で蹂躙する。

 彼女の体の至る所に赤い鞭の跡を刻み込まれる。

 思い切り振るわれる鞭の痛みに少し声を漏らしてしまったユズハだが、次第にその痛みにも慣れてきて、声を出さないように我慢する。唇を噛み、どんなことがあっても、目の前の男を喜ばせないことだけを意識する。


 ユズハから声が出なくなり、面白くないイゾーは、鞭を捨てて新たな道具を取り出した。それは大型の金槌で、ユズハがそれを認識した時には、イゾーは金槌を高く掲げていた。

 ユズハの華奢な左腕に、凶悪な金槌が無情にも振り下ろされる。


 硬い骨の砕ける音が部屋の中で響いた。


「くぁあ!?」

「ははっ! いい声! その声が聞きたかった!」


 激痛を我慢できず、ユズハは声を思わず上げてしまった。

 そのせいで、イゾーを喜ばせてしまう結果になる。


「もっと哭け、おらぁ!」

「あぐぅ!?」


 やっと聞けたユズハの声をもっと聞きたいと、イゾーの行為は激しくなっていく。

 それを見かねた部下の一人が、イゾーに恐る恐る声をかけた。


「イゾーさん……」

「あ?」

「町長への大事な商品をこれ以上傷つけるのは……」

「そんなこと関係ねぇだろうがぁ!!」


 ユズハに振るっていた金槌を、イゾーはその部下に振るった。

 倒れる部下の上に乗り、イゾーは怒りのままに金槌を振るう。


「てめぇのような馬鹿がいるから、こいつが俺たちを舐めるんだろうがァ!! これぐらいしないといけないのが分からねぇのかぁ!!」


 気が済んだのか、もう動く気配のない部下から離れ、イゾーはユズハの髪を無遠慮に掴んだ。


「うぐっ」

「へっ、やっと自分の立場が分かったか?」

「……」

「町長がどうだろうと関係ねぇ、俺たちはお前をいつでも好きな時に殺せるんだよ。それが分かったらーー」


 イゾーの言葉はそこで止まることになる。

 ユズハがイゾーの顔に唾を吐いたのだ。

 ユズハはイゾーに対して、弱々しくても笑みを浮かべる。なるべくイゾーを馬鹿にする笑みに見えるように心掛けて。

 ユズハの馬鹿にしてくる態度に大きな舌打ちをしたイゾーは、後ろの部下に命令を出す。


「てめぇら、外のあれを持ってこい」


 イゾーの部下二人が部屋の外に置いてあった物を中に移動させる。

 それは、鉄を溶かした赤い液体が入った容器であり、それが部屋にあるだけで室内の温度が上昇するほどの熱さを放っていた。


 ユズハがその容器に目が向いている間に、イゾーが部屋の隅に置いてあった物を掴む。


「それは、私の……!」


 イゾーが鞘から抜いた刀は、ユズハの両親の形見である刀であり、ユズハが見間違えるわけもなかった。

 地下室の淡い光の下でも、ユズハの刀は眩しく光り輝き、それがかなりの業物であることが窺える。


「まさか……!」

「この刀は、てめぇの母親の刀だろ? 作ったのは父親だったか? 忘れるはずもねぇ。こいつで俺の目は斬られたんだからなぁ」

「お願い、やめて下さい! その刀だけはっ!」


 イゾーのやろうとしていることに気づき、ユズハは焦ってイゾーに懇願する。

 イゾーはそんなユズハの言葉を無視し、狂った笑みで刀を見る。そして、ぐつぐつとした溶鉄の中へと、ユズハの大切な刀を非情にもぶち込んだ。


「あ……あぁ……」

「残念だったなぁ、これでこの刀もただの鉄の塊だ」

「殺す、殺してやる!」


 唯一の両親の形見を汚され、ユズハは怒りを抑えずにはいられなかった。しかし、麻痺薬のせいで身体はほとんど動かず、手に繋がれた鎖を揺らすことしかできない。


 刀を使い物にならなくする。

 ユズハの刀に対する想いを利用して、イゾーがユズハに絶望を与えようと考えついたものだった。そして、イゾーはユズハへさらなる止めを刺そうと動く。机の上に置いてあった斧を掴み、溶鉄から刀を抜いた。


「っ、待って! それだけはっ!」


 刀身の半分より先が高温で赤く輝いているのを確認したイゾーが、その斧でユズハの大事な刀を叩き割った。


「そんな……」


 鞭で打とうと、金槌で殴ろうと、声は出しても涙を流さなかったユズハが、その頬に涙を溢した。その様からこの行為の効果は絶大だったことを知り、イゾーは笑みを深める。

 だが、こんな物では満足しないのが、イゾーという男だった。


「そんなに返して欲しけりゃ返してやるよ」


 え? とユズハが声を漏らした瞬間、イゾーが折れた先端の赤い刀をユズハの太腿に突き刺した。


 肉が焼ける音と共に、骨折の痛みが気にならなくなるほどの激痛がユズハの中で爆ぜた。


「ぃ、ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 今まで生きてきた中で出したことのない、ユズハの絶叫が地下室に響く。

 喉が壊れるほどの絶叫だが、肉体が焼かれる痛みの前では我慢することができない。


「ひゃはは、すげぇ良い泣き声だ!」


 イゾーが刀を捻り、叫び続けるユズハはさらなる激痛に襲われる。

 こんなにも自分は苦しんでいるというのに、目の前の男は喜び、さらなる痛みを与えてくる。同じ人間のすることとは思えない。もはや悪魔の所業だ。


「おらぁ、もっと顔を見せろ!」

「あぐっ!?」


 イゾーに思い切り首を絞められ、ユズハは叫びたいのに叫ぶ事ができず、息をすることもできない。


「たまらねぇ! さっきまで俺に生意気だった奴が、今は無様な顔をしているんだからなぁ!」

「ぁ……ぅ……」


 ユズハの涙で濡れた顔を見て興奮している男に、ユズハは恐怖心しか抱く事ができなかった。

 両親を殺したこの男に必ず復讐してやるとさっきまで思っていたのに、今のユズハには、この男から逃げることしか考えることができない。


「ゃ、だ……」

「あ?」

「お、願い……助け……て」

「ひゃははは! 命乞いまでしてきたぞ、この女ぁ!」


 挫けてしまった自分ではどうすることもできない。ただ泣き叫ぶことしかできない。この地獄から、どうか私を助けて、と。


「たす、けて……リアム」


 それは、ユズハの心の底からの願いだった。


 その言葉が紡がれた瞬間。


「……あ?」


 ユズハの首を掴んでいたイゾーの腕が斬り落とされた。


「があぁぁぁ!?」


 イゾーが痛みの余りに叫ぶ。

 イゾーから解放され、やっと満足に息ができるようになったユズハが、ゆっくりと顔を上げる。ユズハを庇うように立っていたのは


「お前がこいつに触れるな……!」


 氷結の義賊の仮面を被ったリアムだった。

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