第15話 偽物?

 そうして、リアムは饅頭屋を営み始め、ユズハがその常連客となって、現在に至る。


 今日も今日とて、当たり前のように、ユズハが饅頭屋に居座っていた。

 リアムはユズハを邪険に扱いながらも、彼女が要求してきたおかわりの饅頭を用意する。


「それで、この前の襲撃者たちは何が目的だったんだ?」


 リアムが人質になったが、逆に氷漬けにしてやり返した事件。あれから数日が経っており、それから特に事件もなくほのぼのとした日々が訪れていた。

 リアムはとりわけ事件に興味はなかったが、偶然にも思い出したため、詳細を知っているであろう副団長のユズハに、会話の話題として疑問を投げかけた。ユズハはその質問を聞き、大きく息を吐く。


「はぁ……リアム、いいですか。この私が、簡単に部外者に情報を漏洩すると思います? これでも、私は自警団の副団長なんです。その責務は全うするに決まっているじゃないですか。そもそもですね、私が貴方にその話をして何のメリットがーー」

「じゃあ、この饅頭は返してもらうわ。それと、また溜まってきたお前のツケは団長にでも要求しようかな」

「というのは冗談で、えへへ、話すに決まっているじゃあないですかぁ。なので団長には何も言わないでください。いや、マジでお願いします」


 今度はリアムが大きく息を吐くことになる。そして、持っていた饅頭をユズハに渡して、話を聞くためにその隣に座った。


「多分、貴方の思っている通りですよ。襲撃者たちの目的は、あの荷台に積んであったものです」

「あの白い粉か?」

「ええ、そうです。あれは後遺症が残るほどの危険な麻痺毒、氷結の義賊が襲撃した金持ちが生産していた薬です。奴らはそれを取り返そうと襲撃してきたんですよ」


 氷結の義賊という言葉を発してから、ユズハはちらりとリアムを見た。しかし、リアムはそれに対しては何の反応も示さず、襲撃者たちの目的を聞き、何やら考え込んでいた。


「どうしました?」

「いや……その襲撃者たちは、やっぱり人攫いの一味だったのか?」

「ええ、そう聞いています」

「そうか……」


 そこでリアムは黙り込む。何を考えているのか、真剣な表情である。

 そのリアムから感じ取られる雰囲気が、氷結の義賊のそれと同じように感じられて、ユズハはその話題を続けることは良くないと考えた。


「ま、こんな時ぐらい、仕事の話はやめましょう。仕事の話をすると、本部の私の机の上に積まれている書類の山を思い出して、憂鬱になっちゃうので」

「それは、お前が仕事してないからだろ……」

「そんなことより! 前から話していた、桜美川の花見に明日行きませんか?」

「花見? そんな話してたっけ」

「え、今まで何度も言いましたよね?」

「悪い。お前の話、大抵は聞き流しているから」

「それ酷くないですか!?」

「だってお前、基本的に口開くと、饅頭くれとしか言わないだろ」

「いや他にも言ってますから! リアムは私のことをどう思っているですか!」

「色気よりも食い気女」

「よし、表出ろコラ!」


 なぜかいつものようなやり取りを始める二人。


「とにかくっ! 明日は一緒に桜を見に行きますよ! 正午に迎えに来ますからっ!」

「はいはい」


 見るからに乗り気じゃないリアムが、適当に返事をする。それを見て、ユズハの怒りが収まるわけがなく、彼女はぷんすかと怒りながら、饅頭屋を離れていった。


「明日は、休業かぁ」


 たいして売れるわけでもないから、一日くらい休んだところで何も変わらないと考える時点で自分はダメだなぁ、と思うリアムだった。





 その次の日、リアムは饅頭屋の前でユズハを待っていた。しかし、正午を過ぎても彼女は来ない。時間には正確な彼女にしては珍しいと思いながら、リアムは待ち続ける。


「遅れてすみませんでした、リアム」


 しばらく待っていたら、背後から声をかけられた。別に怒ってはいないが、少しくらいは文句を言ってやろうとリアムが振り向いたらーー


「っ……」


 そこには、鮮やかな浴衣を着込んだユズハが頬を紅く染めながら立っていた。


「どう……ですか? 浴衣なんて滅多に着ないので、きちんと着れているか不安です……」

「…………似合っていると思う。だけど……」

「だけど?」


 リアムは彼女の浴衣姿になぜか違和感を感じた。

 どこがおかしいのか。リアムは、普段の彼女、自警団の服を着ている彼女の姿を思い出して比較してみる。


「だけど、なんですか?」


 可愛らしく小首を傾げるユズハ。そんな彼女の姿を見て、どこが普段と違うのかリアムは気がついた。

 彼女の胸である。

 そう、普段の大きさと違うのだ。

 普段の自警団の服を着ている彼女の胸は、まな板と言っても過言じゃないほどしか無い。しかし、今の浴衣姿の彼女の胸は、服の上から見ても分かるほどふっくらとしている。一体何故か。

 相手が気心知れたユズハだったからだろう、まさかと思いついたことを確認するために、リアムはほとんど反射的に手を伸ばして


「え、これって偽乳?」

「ひゃひっ……!?」


 彼女の胸に触れた。


「……え?」


 そして、触れた感触が偽物とは思えないほど柔らかく、リアムは驚きの声を上げてしまう。リアムが手を動かせば、それに合わせてユズハが身を少し捩らせる。それは、まるで本物のような反応で。

 予想外の事でリアムが動けないでいると、恥じらいと戸惑いが混じった表情だったユズハは、次第に顔を真っ赤に染めてその身を震わせる。そして、すぐにリアムをキッと睨み


「こんの……リアムの馬鹿ぁぁぁ!!」


 最大限のビンタを繰り出したのだった。












「本当に、信じられません! 乙女の胸に気安く触れるなんて!」

「ごめんなさい……」


 頬を紅葉のように赤く腫らしたリアムは、怒るユズハに何も言い訳ができずに謝る。

 二人は、目的地である桜美川へと向かって歩いていた。怒りが収まる気配がないユズハが前を歩き、痛む頬をさするリアムがその後ろを歩く。


「そもそもですね! 偽乳と疑ったとしても、触って確かめようとしている時点でおかしいです!」

「だって、その胸、普段と違いすぎるだろ……昨日、豊胸手術でもしたのか?」

「してませんよ! 普段はサラシを巻いているから、胸が無いように見えるだけですぅ! 私だって本当ならこれぐらいあるんですよ!」


 まったく、と怒りながら、ユズハは早足で歩く。リアムも置いていかれないように足を早めれば、視界に桜の花びらが散らつくようになってきた。桜美川の近くまで来れば、多くの屋台が並んでおり、美味しそうな匂いが漂う。


「リアム、リンゴ飴が欲しいです。買ってきてください」

「……はいよ」


 胸を触った手前、ユズハの要求を断ることができずに、リアムはリンゴ飴を渋々買いに行った。ユズハの要求はそれだけで終わるわけもなく、これが欲しい、あれが欲しいと何度も要求される。一つも断ることなく、リアムがその要求に応えていたら、桜美川に着く頃にはユズハの機嫌はすっかり直っていた。

 二人は目的地である桜美川に辿り着き、歩みを止めた。


「流石は、この町一番の観光名所ですねぇ……」


 ユズハは感嘆の声を漏らす。

 二人の前には、長い桜美川に並行するように植えられた数多の桜が存在した。風によって散りゆく花びらが落ち、桜美川を桃色に染める様は、まさに絶景と言える。

 二人はゆっくりと桜並木を歩く。数多の桜たちが頭上を覆い、漏れてくる陽の光を感じながら、二人は他愛もない話をして笑い合う。そして、二人は桜美川で有名な橋に辿り着いた。

 さっきまでの不機嫌はどこにやら、ユズハははしゃぎながら橋の中央に立った。リアムも遅れてそこに辿り着く。

 そんな時、春風がさっと吹いた。それだけで、視界を覆うほどの桜がひらひらと舞う。

 幻想的な景色が、そこにあった。


「見てください、リアム。桜吹雪ですよ。とても、綺麗ですね」

「……そうだな、綺麗だ」


 何が、とは口にしない。リアムは桜が舞い散る景色よりも、桜吹雪の中でこちらに笑顔で振り向いてきたユズハの姿から目を離すことができなかった。

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