第7話 次の標的



「私の親を殺した人攫いなんです!」

「っ!」


 リアムは言葉を失ってしまう。

 仇を前にして彼女がここまで怒るのは当然だ。だが、ここで殺人鬼を殺してしまっては、事件の詳細を知ることが不可能になってしまう。

 理屈では彼女の怒りは収まらないだろう。それは容易に想像できるが、彼女の怒りを鎮める言葉が見つからない。

 どうしようもなく、リアムが悩んでいたら、ユズハの叫びを聞いていた殺人鬼が、ユズハの顔をまじまじと見つめた。


「俺らが、親を殺しただと……? ははっ、そうか!!」


 思い出したと言わんばかりに、殺人鬼は歪んだ笑みを浮かべながら、ユズハに悪意ある言葉を吐き掛ける。


「お前、あの道場の娘だな!! まさか、親の仇を取りたくて自警団に入ったのか! へへっ、憐れだねぇ! そんなことをしても親は生き返らないってのによぉ!!」

「お前は黙ってろっ!!」


 リアムが氷魔法で、殺人鬼の全身を凍らせた。殺してしまわないよう、鼻の部分だけは氷で覆わずに。口も氷で覆われ、殺人鬼は喋るどころか、身動き一つ取れなくなる。

 まずいとリアムが思い、振り向けば、ユズハが刀を握る力を強め、殺人鬼に近づいていた。


「やめろっ! ユズハ!!」

「離せっ!」


 リアムが間一髪のところでユズハを羽交い締めにした。

 運悪くも殺人鬼はユズハの親を殺した者たちの一人だったようで、あんな言葉を言われたら挑発と分かっていても、誰だって怒り狂う。

 ユズハは暴れ、リアムの腕に噛み付いたり、足を思いっ切り踏んだりして、拘束から逃れようとする。痛みに耐え、なんとかユズハを押さえつけていたリアムだが、彼女に後頭部を顎に叩きつけられ、思わず腕を緩めてしまう。その一瞬で拘束から抜け出し、ユズハがリアムを柄でぶん殴った。

 リアムが地面に倒れ込む。リアムが顔を上げた時には、ユズハは殺人鬼に目掛けて刀を振り下ろしていた。


(間に合わない……っ!)


 もはや表情から怒り以外の感情を読み取ることができないユズハ。彼女の一撃はそのまま殺人鬼の命を刈り取るかのように思えた。

 しかし、がぎんと音が響き、ユズハの剣は殺人鬼に届かずに止まることになる。突如、岩の壁が殺人鬼とユズハの間に出現し、彼女の刀は岩壁によって弾かれたのだ。ユズハは岩壁を作り出した人物の方を睨んで、目を見開いた。


「なんで貴方がここに……!」

「……近くで会合があってな。帰る途中で、町民の悲鳴が聞こえたから立ち寄っただけだ。そんなことより、ユズハ、お前は何をしている? 貴重な情報源を失うはめになるところだったぞ」

「ベルナルド団長……!」


 そこには、自警団の団長であるベルナルドがいた。彼は鋭い眼差しでユズハを捉えている。ベルナルドの護衛と思われる二人の団員が、息を切らしながら遅れて到着した。よほどベルナルドは速かったのだろう。

 怒り狂っていたユズハは、ベルナルドに責められて少し冷静になった。


「団長、これは、その……」

「よせ、言い訳は聞きたくない。お前ら二人は、さっさと本部に戻れ。こいつは俺たちが連れて行く。文句はないな?」


 文句は認めないと言わんばかりの眼光で、ベルナルドが睨んでくる。睨まれたユズハはもちろん、リアムも何も言うことができなかった。

 ベルナルドとその護衛は慣れた手つきで、殺人鬼を拘束していく。

 ユズハは舌打ちをしながら刀を鞘にしまい、倒れているリアムを無視して本部へと向かっていった。


「……」


 ユズハの復讐。あの時、軽い気持ちで協力するとリアムは言ったつもりはない。でも、ユズハの憎しみは想像以上で。彼女の復讐に協力することを考える暇なんて無くて、ただ必死に彼女を止めようとした。


「俺は、どうすればいいんだ……」


 ユズハの相棒であるリアムは彼女に話しかけることもできずに、その遠ざかる背中を見て自分の無力さを感じるのだった。





 リアムが本部に一人で戻ると、本部の中は騒がしかった。

 団員たちが書類を持って、忙しなく部署を走り回っている。

 どうやら聞こえてくる団員たちの声によれば、人攫い対策本部が設立されるようだ。捕らえた殺人鬼からの情報を元に、人攫いたちを捕まえようとしているらしい。


(流石は、ベルナルド団長。動くのが早いな……)


 過去に起きた人攫いの事件の資料が大量に対策本部に運び込まれる中、リアムは研修生の自分には関係ないと更衣室へと向かう。そして、対策本部から少し離れた曲がり角を曲がったらーー


「団長、なんでですか! 私に捜査の協力をさせてください!」

「ふざけるな、お前は研修生だ。捜査には関わらせん」


 言い争っているベルナルドとユズハがいた。

 二人が何で言い争っているかは、そのやり取りだけで想像がつく。おそらく、ユズハが親の仇である人攫い達を自らの手で捕まえたくて、ベルナルド団長に抗議しているのだろう。

 二人に近づくのはやめておこう、とリアムは迂回して更衣室へ向かおうとするが、その前にベルナルドに気付かれてしまった。


「おい、リアム。お前もこいつを説得しろ」

「リアムは関係ないでしょう!」

「何を言っているんだ、あいつはお前の相棒だ。お前の暴走を止める義務がある」

「私は暴走なんかしていない!!」

「いいや、している。今のお前は、復讐を果たすためにしか行動していない。いずれ、お前のその暴走がーー」


「大きな声が聞こえると思えば、これはこれはベルナルド団長。どうかしましたかな?」


 リアムが二人をどう止めるか悩んでいたら、恰幅の良い男が現れ、二人の言い争いに割り込んできた。その男は後ろに二人の護衛を率いている。

 名を呼ばれたベルナルドはユズハとの言い争いをやめた。代わりにその男に話しかける。


「御早い到着ですな、ゴーイン町長。今日の会議まであと一時間もありますが?」

「なに、長年、町を苦しめてきた人攫いの一員が捕まったと聞けば、予定を早めて到着するのも仕方ないでしょう」


 余裕ある笑みを見せながら、ゴーインがその目にユズハを写した。ユズハは大事な会話を邪魔をされてムスッとした顔でいるが、ゴーインはほくそ笑む。


「ほう、これは綺麗なお嬢さんだ。して、団長はなぜ、このお嬢さんと言い争っていたのですかな?」

「研修生という立場も弁えずに、こいつが人攫いの捜査に参加させろと言ってきただけです」

「ふむ、研修生では捜査に関わると足手纏いになる、と団長は仰りたいのですな?」

「足手纏いなんかにはなりません! 今回、人攫いを捕まえたのは私です!」

「お前だけが捕まえたわけではない。実際に、確保したのはお前の剣ではなく、リアムの氷魔法だ」

「いや、俺は援護しただけで……」


 リアムが否定的な発言をしたら、ユズハが怒りの篭った視線を向けてきた。お前も議論に参加して援護しろとでも言いたげな目だ。そんな目をされても困るリアムは、自分は何を発言すれば良いのか悩む。そんなリアムに助け舟とも言える発言をしたのが、意外にもゴーインだった。


「彼女達の人攫いを逮捕した功績を無視するということはできますまい、団長殿。彼らには、研修生であるが特例で捜査に参加させるぐらいの報酬を与えても良いのでは?」

「ゴーイン町長、本気で言っているのですか? 彼らの要望に応えると?」

「ええ、人攫いを捕まえてくれた彼らを、町長として表彰したいぐらいなのです。これぐらいの要望は聞いてあげても良いのでは? それに、何事も経験ですからな。研修生の時期から捜査に加わることは彼らにとって良い経験になるでしょう」


 リアムもユズハも驚いて、ゴーインを思わず見た。まさか町長のゴーインが自分たちの肩を持つとは思ってなかったからだ。それは、ベルナルドも同じだったようで、彼はゴーインに反論できないでいた。


「団長、研修生二人とも、ご活躍を期待してます。では、団長、今日は忙しそうなので、また後日お会いしましょう」

「……ええ、後日に」


 言いたいことだけ言ったゴーインは、護衛と共にその場から離れていった。その場に残った三人は黙ってお互いを見て、一番自分にとって最悪の結果になったベルナルドが舌打ちを小さく鳴らした。


「……町長は相変わらず自分の要望ばかり言う。お前ら、明日の朝から捜査本部に来い。遅刻をしたら切腹だ」


 ベルナルドは吐き捨てるように二人に言って、捜査本部の部屋に向かう。ユズハはリアムと目があったが、すぐに目を逸らしてその場から離れていった。


「……はぁ」


 一人取り残されたリアムは、面倒なことになったと思わずため息をついた。









 そして、それから数日。

 人攫いの情報を集めようと、リアムは自警団の団員と共に聞き込み調査をしていたが、何も成果は得られていなかった。

 当然だ。数年前から手がかりが掴めていなかった人攫いの情報など、今更聞き込みをしても得られるわけがない。唯一の情報源は、捕らえた殺人鬼だけだ。殺人鬼は今、団員達の厳しい追及を受けているとリアムは捜査会議で聞いた。

 リアムにとって問題は、情報が得られないこと以外にもある。ユズハとの気まずい関係だ。

 殺人鬼を捕らえて以来、ユズハとは話もしていない。他の団員と一緒に、聞き込みをしていてもユズハと目を合わせもしなかった。

 捜査本部の部屋では、研修生なので一番後ろの席に二人とも座っていた。隣の席にいても、お互いに資料に目を通しているだけだ。


「奴らは基本的に昼間でも関係なく事件を起こす。先日起きた事件、商人の家族が昼間に襲われたのがそうだ」


 一番前には、団長のベルナルドが座っており、副団長が資料を片手に立って、過去に起きた人攫いの事件を説明している。

 資料をめくると、そのページには、道場の家族が襲われた事件が記載されており、リアムの動きが一瞬止まった。被害者の名前は書かれていないが、ユズハの家族が襲われた事件なのは明らかだ。


「……」


 リアムは隣をちらりと見る。険しい顔つきで資料を見ていたユズハが、見られたことを感じてリアムを横目でジロリと見てきた。リアムはすぐに資料に視線を戻す。

 やらかしたと感じたリアムだったが、そんな悩みが吹っ飛ぶぐらいの出来事が起きる。


「団長! 奴が、アジトの場所と次の標的について口を割りましたっ!!」


 殺人鬼の取り調べをしていたであろう団員が、息を切らしながら大声で部屋に入ってきたのだ。部屋の中にいた全員がその団員に注目する。騒がしかった部屋の中は一瞬で静まり、団員の報告が鮮明に響く。


「アジトの場所は、桜美川近くの屋敷です!」

「次の標的は誰だ!」


 ベルナルドが急かすように聞く。そして、その団員の答えはユズハ達にとって衝撃的だった。


「饅頭屋の看板娘とのことです!」


 え、と小さな声がユズハの口から溢れた。


(それってつまり……)


 ばん!と派手に扉の開かれる音がした。

 ユズハが目を向けた時には、既にリアムの姿はなく、服の端が扉の向こうに消えたのが見えただけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る