第31話【外交官加茂三矢、犯人と直接交渉する】

 それから小一時間、向こうの方から通信が来た。日曜二十三時少し前。

「もしもし」

『〝ぷろんと〟、じゃないのか? ぷろんとさん』

「ナキさんか?」

『まさかとーこに説得されるとはね』

 犯人が直接探りを入れてきたか。コイツは間違えられないぞ。

「じゃあ説得されてくれたのか?」

『ぷろんとさんが吹き込んだか』

「そう——なんだけど、実は桃山さんには言ってないけど〝条件〟がある」

『タダで助けてくれるわけないものね』

「条件は桃山さんを無傷で同伴すること」

 通信機の向こうで大笑いでもするか? と覚悟したがその様子は無い。

『でもぷろんとさんにそんなことができるの?』そう訊かれた。

「桃山さんにも同じことを言われた。だけど亡命を勧める」

『言うことがメチャクチャだな』

「そのめちゃくちゃなこと、桃山さんは敢えて信じてくれたけど」

『〝あえて〟なんて言って、解ってるじゃないか』

「この際今の判断の基準は『それが実行可能か』よりも、誰が一番信用できそうか? 以外にない」

『へぇ、一回会っただけのぷろんとさんを信じろっていうのか?』

「だけど桃山さんに説得されたってことはこの俺を信用したって意味だ」

『とーこの言うことを無下にはできなかっただけだ』


 なんだよ、コイツは。言うことが矛盾じゃないか! どう言って切り返す?


「それはつまり〝仲間だった者〟より〝人質〟の方が人として信じられる、という意味か?」

『……とーこからなにか聞いたのか?』

「聞いてはいないがだいたい想像はつく」

『きっとぷろんとさんには、わたしのやっていることがバカらしく思えるんだろうな』

「その気持ちは分かる」

『ぷろんとさんになにが分かるんだ⁉』

 それなりに押さえているが声に怒気が籠もってる——ヘンに挑発めいたことを言って怒らせるのはまずい。

 『人は信じたい情報なら信じる』——王子が言ってたことが瞬間的に頭の中に蘇った。


「隣国の大国の横暴、自分の国に対する切羽詰まった危機感。それが分かる」俺は言った。

『なんで?』

「同じだからだよ。俺の国、海を挟んで西側の隣りC国、同じく海を挟んで東側の隣りU国という超大国が圧倒的軍事力を背景に『大正義国』として振る舞っている……そういうのがこっち側の世界だからね」

『ぷろんとさんの国はそういうのの隣なのか』

「そういうこと」

『ふたつもあると大変だな』

「まあ俺自身、なにをするわけでもないけど」

『わたしはなにかする方が少しだけ偉いと思うけど』

「確かに、思ってるだけじゃね」

『なぁぷろんとさん、なんでわたしが困ってるって分かったんだ?』

「いっしょに考えてくれる人がいるからな」

『優秀な分析官がついているんだな、ぷろんとさんには』

「では亡命の件、『了承』ということでいいのか?」

『了承だ』

「では回収作戦を詰めたらまたこちらから〝提案〟を伝えたい。それまでくれぐれも桃山さんをよろしく」

『それも了解だ』

 それでひとまず通信が切れた。



 ぱちぱちぱちぱち、拍手の音。拍手したのは王子。

「よく説得したもんだな。たいしたものだ、カモさんは」そう言った。

 俺もそう思う。半分くらいは桃山さんがやったと思うがよくやったもんだ。

 しかしなぜだか王子がにやにや顔になっている。

「なんでそういう顔になっている?」

「いやー、立場とか身分以外のネタで誉められるとなんか嬉しくなるよね」

「〝優秀な分析官〟と言ったのは犯人だけどな」

「じゃなくてさ、『いっしょに考えてくれる人』というのは私のことかい?」王子が自分の顔を指差しながらまだにやにやしてる。

「それは誉めると言うより事実を言っただけだけどな」

「でもさ、『なぜ分かった?』と問われて。『私の論理的考察の結果そう判断した!』という答えでも良かったんじゃないか?」


 俺にはそこまで公然と自分で自分を誉める勇気は無いだけだが。俺もそういうとこ、やっぱり〝日本人〟だよなぁ。


「それより、『いっしょに考えてくれる人』はなにも王子だけじゃないからな」

「あっ、ありがとうございますっ、カモさん」と井伏さんの声。

「これも事実ですから」と俺。

「ときにカモさん、C国とかU国とかいうのは?」井伏さんが尋ねてきた。

「あぁ、あれは王子の言ったことが参考になってます。人は信じたい情報を信じるもんです」

「ということはまんまと嵌めたということだね」王子が調子に乗ってそんなことを口走ってる。

「言っておくが、これについても俺は事実を喋っただけで。ただ、〝信じてくれそうな事実〟を選んだだけだ」

 だけど「この策士っ」とかなんとか言われ続ける。策士はな他人を陥れる人なんだけどな。




 三度目の通信で細部を詰めた。

 『明日大公大邸正門近く、桃山さん同伴でいつでも通信ができるような状態にして待つこと』。

 そういう行動をとってくれるようナキさんに要請し了承を得た。

 もうこれより後に俺にできることと言えば信じることだけだ。信じるったって恋人との絆を信じるとかじゃなくて誘拐犯人を信じるしかないのだ。


 なあナキさんとやらよ、あんたと桃山さんは仲が良かったように見えた。友だちのように見えた。だからちゃんと護って連れて来てくれよ、絶対に死なないように。

 俺は今まで、頭の隅にあり、それが在ることが解っていながら意識してその存在を無視してきた最悪の結末を初めて意識的に思った。俺のできることは事実上全て終わっている。

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