第24話【ポスター】

 まさかとは思うが……犯人と僅かでも面識があり、犯人が僅かでも信用する可能性のある人間は……まさかこの俺? ————もう一度考えてみてもやっぱりそうなる。

 〝犯人〟とはもちろんナキだ。


 さらに考える。するとどうなる?

 幸い犯人グループの中に亀裂が入った可能性は濃厚だ。そこに賭ける価値がある。交渉の余地はまったくのゼロというわけじゃない。


 つまり桃山さんだけでなく犯人ナキ宛にもメッセージを送る必要がある。理解したくもないが桃山さんは自主的にナキの方へ行ってしまった。その様子を俺はこの目で目撃してしまった。ナキだけじゃなくそんな桃山さんをも安心させるようなメッセージが要る。


 とは言っても……井伏さんが考案した新聞広告の文面は変えられない。スペースの都合だってあるだろう。『新聞を読みましょう』なんてテレビCMの方にも余計なメッセージを埋める時間などありそうもない。なにか方法はないのかよ。


 だいたい新聞広告にもテレビCMにも欠陥がある。新聞広告の寿命は僅か一日だ。テレビCMだって同じものを一日中流すわけにはいかないことを考えれば寿命は一日以下だ。もう少し時間を稼げるというか寿命が長いものでないと……


 俺は無造作に視線を彷徨わせ、あるところで止まった。丸テーブルの上。さっき井伏さんが殴り書き(?)していた桃山さんへのメッセージを書いた紙片がそこにはあった。

 まてよ——これは……じゃあ、あれならどうだ?


 井伏さんが心配そうに俺の顔を見続けている。そのことに今さらながらに気がついた。

「すみません黙り込んじゃって。井伏さんの案以上に上手い案なんて思いつきませんよ。明らかに突破口になります!」俺は〝突破口〟を強調し「それで、プラス・提案があるのですが」と付け加えた。

「提案、ですか?」

「はい。ポスターも、加えてみてはどうでしょうか?」


「ポスター、っていうと?」

「『新聞を読みましょう』っていうテレビCMのポスターバージョンです。当然井伏さんが中心に来ることになります」

「あっ、そうか。それ、良い考えかもしれませんっ、カモさんっ」

「ついてはそのポスターのデザイン、俺に手伝わせてはもらえませんか?」

「カモさん、そんなことができるんですか?」

「あくまで『手伝い』です。そのポスターの背景部分を担当させてください」

「じゃあやりましょうか」

「はい」俺は力強く返事し、井伏さんも少しだけ元気を取り戻してくれたようだった。

「今後のことも含めて一段落ついたことだし今日は『おやすみ』しちゃいましょうか」

 い? 一瞬俺はドギマギした。が次の瞬間井伏さんは王子を揺すり起こし始めた。

「早く起きなさい。これから寝るんだから!」と言いながら。

 当然俺に対しても、

「カモさんもはしごを降りればすぐ家なんだから早く帰って寝た方がいいですよ。あっ、それから明日こっちに来るときは八時間以上間をとってからにしてください。鉄格子はめ込んでありますから来ても牢屋の中の人みたくなっちゃいますから」と言った。


 ——だよな、ここ井伏さんの寝室でもあるわけだし。にしてもこの部屋には誰も入れないって言ってたってことは鉄格子、自分ではめ込むのか……。腕力、けっこうあるな——



 ともかく俺もポスターデザインの作成に取りかからねばならない。


 俺は叩き起こされ寝ぼけまなこな王子、そして井伏さんに一時の別れを告げ、暖炉の中に入り込み真っ暗な中ひたすらはしごを降り続ける。独りは怖い怖い。一分以上二分未満という無限に長く感じる真っ暗闇の中を真っ縦に降り続けた俺は地面に薄明るさを感じた。


 ガレージの採光窓の外が明るい。よってガレージの中もぼんやりと明るい。



「朝が来てる」思わず声に出てしまった。俺は完徹でいろいろやっていたらしい。

「そう言えば今日は土曜日だ」

 とは言っても俺が籍を置くあの私立高校は土曜日を休みにしてはくれない。たぶん授業が終わる頃には八時間は過ぎている……


 大目玉を食うかと思っていた俺は拍子抜けしていた。一晩中家にいなかったにも関わらず早朝に戻ってきたため新聞を取りに行ったものと親に勘違いされたのか。

 朝が早いせいかおそろしく時間がたっぷりある。眠いはずだが寝ている場合じゃない。この時間で『ポスター』の背景デザインを片付けねば。俺は適当なノートを開き、考える。


 それにしてもやってることが地味だよな。ぜんぜん派手な活躍などとは縁遠い。たとえば剣を振り回して無敵だったりとか。当然異世界からやってきた美少女が俺といっしょに住んでくれたりもしないし、俺には選ばれし者が持つ特別な能力も別に無い。だから囚われた女の子を英雄的に救い出すこともできない——




 ノートに一心不乱にシャーペンを走らせている最中に気がついた。


 そうだ! 俺はケータイの番号もメアドも知っているじゃないか! 住所録を呼び出し桃山さんへ掛けてみる。やはり圏外、通じない。次はメール。もし後でもいいから受信してくれたなら用件の伝達手段になる。素早くメールの文面を打ち込む。


『公国の新聞を隅々まで熟読されたし』

 そう書いて送信。井伏さんの作戦のアシストにはなるかもしれない。ただ桃山さんが向こうの世界にいる限りこんなメールが読まれることは無いから、気休め程度にしかならないが。

 ぱちん、と音を立てケータイを閉じる。できることはどんな些細なことでもやっておくさ。


「邦人を護るのが私の任務です」、俺は口の中でつぶやく。

 偽外交官とは言え外交官という肩書きになっているんだ。桃山さんを日本へ連れて帰るためにも身柄受取人は現場に行かなきゃいけない。たとえなんの能力も無くても、だ。


 できた。時計を見上げる。

 取り掛かってから二十五分後、デザインの原型が出来上がった。

 その出来上がりに若干満足できず微調整を登校時間ギリギリまで繰り返してしまう。

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