第18話 恋の戦略・二

 でも……倉本くらもと君の言うとおりだ。桃矢とうやは私を大事にしてくれてるけど、桃矢に何かしてもらうのを待ってる幼馴染みのままじゃ、距離なんて縮められるわけがない。……桃矢は私のこと、幼馴染みとしか思ってないんだから。あのネックレスだって、私の誕生日だからくれただけだし。

 ただでさえ桃矢は中学のときから人気者で、だから中学のとき、頑張ってコンサートとか水族館とかに誘ったんだよ、私は。あの頃の勇気を思い出さないと駄目だよね。


 よし、今度デートに誘おう。冬だから、映画館がいいかな。先週、男友達とアクションものを見に行ったみたいだけど、他にどんな映画に興味があるかな……?

 私が決意を固め、そんなふうに一人で計画を練ってたときだった。


 ……ん? ちょっとあれって、桃矢?

 黄色い声と私服制服混じった何人もの女子に囲まれる、一人の男子を見て、私の胸は勝手に高鳴った。

 なんでいるのよ桃矢。まさか本当に、あの写真を見てこっちに来たの? だったらこれ、最悪の事態じゃない。


 でも…………なんかさあ…………。

 私は女子に囲まれた桃矢を見てるうち、私は次第に慌てるというか、別の気持ちになっていった。


 ここの生徒以外の女子にも桃矢が囲まれてるのは多分、あの番組のおかげだと思う。桃矢の伯父さんがあれこれ働きかけたのかどうか知らないけど、九月に放送された将来有望な若者を紹介する番組で、桃矢は一曲弾いたんだよね。人気アイドルグループの人が司会をする人気番組だったから、ファンを中心にたくさんの人が番組を見たみたい。ソロコンサートのことは、学校がわざわざポスターをあちこちへ貼って回って宣伝してるしね。音楽教室に通ってる子やにわかファンが、桃矢目当てに来てもおかしくない。


 けど……よく見てみなよ、そこの女子の皆さん。桃矢、鬱陶しそうな顔してるじゃないの。女子に囲まれて嬉しいなんてキャラじゃないんだよ、桃矢は。クラシック雑誌のインタビュー記事にだってそう書いてあったのに、なんでわかんないかな。記事、まともに読んでないの?


 桃矢は逃げようとしてるみたいだけど、逃げられないみたい。女子を乱暴に扱うわけにはいかないから、当然だ。助けを求めて辺りを見回してるけど、誰も助けに行かないし、桃矢も私と倉本君を見つけられてない。

 もう、仕方ないなあ……。


「桃矢!」


 私は看板を持ったまま、わざと大きな声で呼びかけた。女子の人垣をかき分け、早足で桃矢に近づく。


美伽みか

「ちょうどよかった。桃矢、ちょっとこれ持って」

「はあ?」

「はい行くよー! どいてどいてー」


 目を白黒させてる桃矢に看板を押しつけ、私は桃矢のジャケットの裾を引っ張りながら、再び女子を押しのけて突破を図った。手なんかこんなところで掴めるわけないもの。こんなところじゃなくても、恥ずかしくて無理だけど。

 …………………………。


 はい、囲みを突破しました! うん、こういうときはやっぱり強引な方法でいくのがいいよね。

 私がジャケットを掴んでいた手を放すのと同時に、戸惑っていても大人しく私の後ろについてきてた桃矢ははああ、と長い息をついた。


「助かった、美伽」

「甘いね、桃矢。あんなのは無理やり人垣を割っちゃえばいいんだよ」

「んなわけいかねえよ。怪我させたらまずいだろうが」


 それより、と桃矢は私を見下ろした。


「なんだよお前、その恰好。なんで袴なんて着てんだよ」

「? 桃矢、スマホ見てないの?」

「スマホ?」


 あれ? 見てなかった?

 桃矢は眉を寄せると、スマホをジャケットのポケットから取り出して操作した。すぐに指を止め、少し離れたところで男子に呼び止められてる倉本君に目をやり、苦々しい顔をする。


「……倉本か」

「というか、倉本君と彼の友達が交渉した結果? 倉本君の友達のクラスでコスプレ喫茶やっててさ。そこの宣伝やったらドーナツくれるって、倉本君の友達が言うから……」

「お前、ドーナツ目当てにコスプレかよ」

「い、いいじゃない美味しかったんだもん! 食べた分もタダにしてくれるって言うし」


 美味しいとタダは正義だ! 反論してみるんだけど、甘いものという至福を理解しない桃矢は呆れた顔のまま。く、助けたのに!

 私がむくれてると、倉本君が私たちのほうへやってきた。


「やあ斎内さいうち、僕のプレゼントは見た?」

「ああ、ばっちりな。何送ってきてるんだよお前」

「いやあ、呼び出しに効果的かなと思って」

「これのどこに呼び出し要素があるのかわからないよ、倉本君」


 そもそも、コスプレ写真が呼び出しアナウンスになるってその発想が謎だ。そんなにお笑い要素満載とでも言いたいのかな、倉本君は。それはそれで腹が立つけど。


「斎内もコスプレやってみない? きっと快く貸してもらえると思うんだけど」

「誰がするか」

「えー、一緒にしようよ。ほら、青信号皆で渡れば怖くない!」

「ぜってえやんねえ」


 条件反射並みの即答だ。むう、巻き込めなかったか。

 はあ、桃矢の軍服姿は見てみたかったんだけどなあ……倉本君とは違う感じで似合うだろうし、スマホでこっそり撮っときたいんだけど。桃矢は私のコスプレ写真持ってるのに、なんか不公平だ。せめて、犬耳カチューシャだけでもつけないかなあ……。


 桃矢の心底嫌そうな顔と私の不満顔の、一体何が面白かったのか。倉本君はとっても意味ありげに笑った。……あれ?


「まあでも、水野みずのさんがちょうど看板持っててくれて助かったよ」

「は?」

「僕、向こうで宣伝してくるから。二人で先に、普通科校舎の前を回ってきてよ」

「って、ちょっと倉本君!」


 何それいきなり!

 私は叫んだけど、悪魔が人間のお願いなんて聞いてくれるはずもない。爽やか笑顔を残して、さっさと人ごみに紛れていった。ちょっと待って、私たちを置いてかないで!

 模擬店が並ぶ中庭に残され、私と桃矢は頭を抱えるしかなかった。


「あの野郎……さぼるために俺を呼んだのかよ。緊急の用事とか書いてたから来たのに」

「……」


 さっき倉本君がスマホを見てたのは、その連絡をしてたからか……。ごめん、桃矢。悪魔王子の暴走を止められなかったよ…………。

 そんなことされても、こんな生徒ばっかりの衆目の中じゃ二人きりを満喫する気分になれやしないって、さっき言ったのに。ありがた迷惑だよ。……嬉しくないわけじゃないけどさ。


「……ごめん、なんか巻き込んだっぽいね」

「倉本が勝手にしたことだろ。あいつ、あの顔で人をおちょくり倒すのが好きだからな」

「あはは……」


 ああ、桃矢も知ってるんだ。まあそうだよね、同じピアノ専攻で同じクラスだし、倉本君も隠す気ないっぽいし。むしろ、なんで私は最近まであの本性に気づかなかったのかな……。


「宣伝は私がやるから、桃矢はいいよ。倉本君の友達に宣伝を頼まれたのは私だし。コンサートの準備してたんでしょ? 戻りなよ」


 倉本君には今度、どこかのケーキ屋さんのジュースかケーキを奢らせよう。……できたらだけど。

 そう画策して、私は桃矢にさっき押しつけた看板に手を伸ばした。

 ――――――ん?


「桃矢っ?」


 手、手!

 伸ばした手を掴まれ引きずられ、私は慌てた。なんでこんなところで私の手を掴むのよ!


「さっさと行くぞ。あいつの言うとおりに宣伝なんて、してられっか」

「って、桃矢も一緒に回る気? いいよ、桃矢はコンサートの準備してきなよ」

「服を着るのにそんな時間がかかるかよ」


 いやそういう意味じゃなくて、私が桃矢にいてほしくないんだけど。あんたと手を繋いで校内を歩くって、私にとっては試練なんだよ……!

 ほら、じろじろ見られてるじゃない。からかってくる知り合いまでいるし、女子の視線が痛い……いやそこ、付き合ってないから。これのどこが彼氏彼女だよ、恋人繋ぎなんてしてないよ。これ、どう見ても牧場へ引きずられる子牛だと思うんですけど……!


 花火大会じゃあるまいし、こんなところではぐれるなんてありえない。大体、周りはこの学校の生徒ばっかなんだよ? 普通科が大半だけど中には音楽科の生徒もいるし……噂になっちゃうじゃない。

 恥ずかしい。いたたまれない。私の頭の中は、その二つの単語でいっぱいになった。

 いいから早く、手を放してよ。そう私が言ってるのに、桃矢は放してくれない。なんなのよもう、意味わかんない。


「……桃矢、倉本君が送った写真、あとで消しといてよ」

「誰が消すかよ。安心しろ。誰にも見られないよう、パスワード付きのアルバムに入れといてやるから」


 それと、と桃矢は口の端を上げて笑った。


「お前が夏に教会で歌ってるときのと、神父さんの家にいるときのもあるから」


 はいいっ!?


「な、なんでっ?」

真奈美まなみさんが送ってくれたんだよ。お前が着飾ったからって」

「……!」


 真奈美さん、何送ってるんですか……!

 倉本君といい真奈美さんといい……ああもう。私は脱力のあまり、がくっと肩を落とした。

 そりゃたかが写真だけどさ。でも私の写真なんて、他人に見せびらかすものじゃないでしょ。ましてや、あんな気取った写真を桃矢に見られるなんて! 恨むよ倉本君、真奈美さん……。


 写真の拡散ぶりに気力をがりがり削られた私は、桃矢のスマホに手を伸ばすこともできないまま引きずられていった。普通科校舎の階段まで来て、ようやく手は放される。

 私の手を放した桃矢は、その大きな手を臙脂色の手すりの上に這わせながら階段を上っていく。顔見知りのひやかしを軽く聞き流して、私を振り返りもしない。


 ……だったら、最初から手を繋いだりしないでよ。こんな、中途半端に感触が残るようなことなんて。

 そんな当たり前の文句も言えないのだから、私は本当に憶病だ。

 でも、そんな自分はさっさと卒業しなきゃ。桃矢に『好き』って言いたいのかどうかさえ自分でもまだわかってないけど、怖がってばかりじゃ、言いたいときにきっと言えない。

 だから。


「ねえ桃矢、そういやさ――――」


 私は自分から桃矢の袖に手を伸ばして、自分から話を振った。

 だってデートには、事前の情報収集が必須なんだから。

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