第12話 リスクはあるが…

 次の日の夕方、春樹はシャーリーと再びバドミントン部の部室で落ち合う事になった。


 部室に入るとシャーリーは既にいてベンチから立ち上がった。春樹はその前に向かう。


「今日はどうしたの春樹君」


「以前、あいつの本体にたどり着けるかもと言いましたよね。その具体的な方法を考えたので話そうかと思いまして。まぁ……確実性のある方法ではないですが」


「……そんな方法、本当に考え付いたんだ」


「えぇ。まず、アイは憑依したまま寝ることを避けていたみたいでした。実際それは出来ないわけではないのに。それはなぜでしょうか」


「えっと……私に寝顔を見られるのが恥ずかしいからとか、そんな理由じゃないって事よね」


「……はい。おそらく、憑依したまま寝てしまったら、寝てる時も感染主にしか見えないというあのオーラが出たままなのでしょう」


「あぁ……そっか。つまりアイさんはそのオーラを見られたくないから? あれ……でも、私達にはどちらにしても、そんなもの見えないわけだけど」


「確かにそれはそうです。ですが、寝てる間に神の感染者を家に招き入れることなら出来ます。寝ていれば、その事に気付かない可能性も高いですから」


「なるほど……アイさんはずっとそれを恐れていたのね。だからあんな、春樹君と小春さんに毎晩電話させるというアリバイまで作ってそんな弱点がある事をごまかそうとした……」


「えぇ。小春に意識を戻す行為自体リスキーな事だったというのにそうしていたという事はそう考えて間違いないでしょう。あいつは俺達にあんな配慮するほど優しい奴ではありません」


「でも、私達がそれに気づいたところで対策されてるんだからどうしようもないんじゃ……」


「いえ、実際、ユメは二日前の事件の時、憑依したまま眠っていました」


 頬っぺたを引っ張って、目覚めた瞬間にも小春はアイのままだったから、間違いないだろう。


「確かに……それは……何でかしら」


「それは、あの日は夜中まで起きていなくてはならなかったからでしょう。しかし、小春はなかなか夜の十二時以降まで起きていられない体質だった。だから結局眠さに耐えきれず、自分でも気づかないまま、眠ってしまった」


「そ、そっか……そういえば起きた瞬間にアイさんちょっと焦ってたもんね」


 シャーリーは少しの間腕を組み、考えるような動作をして見せる。


「じゃあつまり、アイさんの特定方法っていうのは、アイさんが憑依したまま眠ってしまったら、ひっそりと神様の感染者を私の部屋に招き入れるって事?」


「いえ、それだけでは、一か所からの距離測定だけではアイを特定する事は難しいです。ですから、アイが眠ってしまったら、神の感染者と一緒に車に乗せて連れまわします」


 その大胆すぎる作戦にシャーリーは「えぇっ……!?」と驚きの声を上げる。


「移動しながらアイのオーラをリアルタイムで観測すれば、案外簡単にアイの本体は特定出来るはずです。本体までの距離が変化すれば、本体がいる方向も分かりますしね」


「ちょ、ちょっと待ってよ春樹君。確かにそれはそうかもしれないけど、眠った状態で車で連れまわすって……まず車まで運ばなくちゃいけないんだし、そんな事したらさすがにアイさん起きちゃうでしょ」


「そうですね。ですから、その日はアイを催眠薬で深い眠りに入らせます。まぁ、それは飲み物にでも混ぜれば問題ないでしょう」


 しばらく、シャーリー拠はその作戦に躊躇している様子であった。


「ず、随分と思い切った作戦なのね。色々と失敗する要素があるような気もするけど……」


「そうですね。一つ危惧する事を上げるなら、アイ本体が先生の家から遥か遠くにいるかもしれないという事でしょうか」


「遠くに……? それだと失敗するの?」


「えぇ。例えば極端な話、地球の反対側にいた場合、車で移動したくらいでは誤差にしかならず、特定する事は難しいと思います」


「確かに……距離によってオーラの精度は変わるって言ってたし……遠かったらその円状にいる人間なんて何十万人にもなってしまうかもしれないわね」


「まぁでも一応、アイは近くにいる可能性が高いとは思いますけどね」


「どうしてそんな事が……? あ、この国の言葉がペラペラだから?」


「いえ、小春に憑依している時点で、小春の経験を吸収できるので、それは判断材料にはならないと思います。神だってどこの国の言葉でも自由に喋れてしまいますしね」


「そっか……」


「その理由は、アイは自身の足で僕達の事を調べていたはずだからです。あいつは僕と先生が免疫者という事を知っていた。こんなことは遠くにいたら、まず分からないことでしょう」


「それは……そうかもしれないわね」


 誰かに頼むという方法もあるが、頼んだ相手が任務の途中でロベルに感染してしまえばそれまでの情報は、ロベルに渡ってしまう。下手に人に任せられない。感染者にやらせるのももちろん顔に紋章が浮かぶので無理という事になる。アイは自身でやるしかないはずだ。


「それに、もし僕達が頑固者でまったくいう事を聞かなかった場合などで、小春が役に立たなくなった場合、新たな脅しの材料である感染者をこの地域で感染させなければならなりません。色々な事を考えればあいつは近くに潜伏していると考えていいと思います」


「なるほどね……」


「まぁそれでも、今はそんな事はないわけで、どこか遠くに行ってしまったなんて可能性もあるかもしれませんけどね。これは一種の賭けですよ。どうなるかなんてわかりません」


「じゃあ……失敗して、小春さんは殺されてしまうかもってこと?」


「えぇ……もちろんそんな危険は犯したくないです。けど、このままじゃ神が危ないんです。小春も大事ですが、全世界の平和が掛かってもいる。僕たちはいわば、二兎を同時に追っているような状態にあるんです。その二つを手に入れたいならば、どうしてもリスクは発生してしまいます」


「そう……ね」


「この作戦を実行するタイミングは、アイが再び俺達に事件を起こさせようとする日です。アイは普段であれば眠くなってしまえば小春に代わってしまうはずですが、その日はおとといのように無理にでも憑依したまま起きていようとするはず。多少頑張るかもしれませんが、睡眠薬さえ飲ませれば確実に落ちてしまうでしょう。あと何回かチャンスはある事ですし、きっと自然なタイミングってのも出てくるかと思います」


 春樹がペラペラと解説をすると、シャーリーは何だか思いつめた様子で黙り込んでしまった。


「……どうかしたんですか? 何かこの作戦に他の穴でも見つかりましたか」


「う、ううん、別に……その作戦でいいと思う」


 シャーリーは何を考えているのだろう。春樹の頭に一瞬疑問符が浮かぶ。だが、その時の春樹はそんな彼女の様子なんてどうでもよかった。


「まぁ、これで、この戦いにも終わりが見えました。あいつの言いなりになったフリをして逆にあいつを追い詰める。全ては計画通りという訳です」


 春樹は窓辺まで歩き、拳を握りしめた。


「ふふ、待っていろよアイ……もうすぐだ。もうすぐお前を神の前に暴き出してやる」


 ◇

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