第49話 進む者、立ち止まる者



「え、須波君。追試取ったの...?」


「...」


 試験週間から1週間後の放課後の教室、俺は自分の机の前で完全に固まっていた。

 手元には一枚の答案用紙。そこには赤文字で23とかかれていた。


 今日までに他の答案用紙が返されており、その中で赤がない分完全に油断していた。


 ましてや、授業中に返されなかったので、どうせまだ部屋には行けないし、放課後はのんびり帰ろうかなとでも思っていた。


 そんな中、帰りのHRで配られた一枚の赤紙。


 しかも、それは理科数学などではない。

 だからこそ、油断していた。



 英語。



「なんで全く気にもしてなかった英語で追試取ってるの」


「...全く気にしていなかった=ノーマークだったんだ...。なんなら試験週間中にろくに対策してなかったまである」


 理数が赤どころかそこそこいい点取れてホクホクしていた所でこれだ。一気にテンションが冷める。


「...はぁ、だからあれほど一点集中はやめとけって言ったのに」


「普段は英語そこそこ取れてたんだ。今回も大丈夫だと思ってたんだよ」


「言い訳しない」


「うす...」



 自分のことではないにもかかわらず、古市はどうやらご立腹の様子だ。

 それが少し気になる。


「てかなんで怒ってんだ古市。自分のテストが悪かったわけじゃあるまいし」


「...自分の知りえる範囲で問題が起こるのは嫌でしょ」


「お姉さま...」



 腕を組んでそう言っていた古市はまるで年上の貫禄があるように思えた。


「...はぁ、こうなるなら最初から叩き込んでおいたほうがよかったかな...」


「結局、戸坂はどうなったんだ? あのあと立ち入り禁止令出されても勉強会とかは」


「そんな大掛かりなものはしてないけどね、出来る指導はしといた。...まあ、赤が出ればペナルティ出すって言ったから、そこそこいい点出てるんじゃないかな」



 うーん...、古市。多分それは戸坂にとってご褒美過ぎる案件だぞ。

 

 ...ところで戸坂は今でも古市のこと追ってるんだろうか。

 俺も手前勝手な事言って戸坂を鼓舞した身分だ。中途半端に手を引くのもなんか悪い気がする。


 おせっかい焼きと言われればそれまでかもしれないが、それでも俺はそういった行動のほうが正しいと思う。



 とりあえず戸坂の結果が知りたい俺は、一旦教室を離れ、フラッと戸坂の元へ向かった。


 少しして、廊下で帰り支度を済ませていた戸坂に出会う。


「よう戸坂、定期どうだった?」


「えっと...それが...」


「何、何個取った?」



 俺は多分目を輝かせていたかもしれない。けれど、返ってきた答えは圧倒的に予想を反していた。


「無かったんです、一つも。しかもいくらかはギリギリのラインよりも遥か上で」


「...ああ、そう」


「須波君....?」


 戸坂が目を輝かせながら話しているのがグサグサと自分に突き刺さった。やべぇ...、とんでもなく痛ぇ。


「ま、よかったな。...古市に伝えとくか?」


「いえ、そこは自分でやるんで。...というか、やらなければいけませんので」



 戸坂はさっきとは打って変わって、目が据わっていた。今回、古市と少し距離が縮まったことで、色々とあったのだろう。



「...戸坂、ちょいこっちこっち」


 話を深く聞くためにも、人目を避けたい。

 俺は廊下の端の人が少ないほうに歩き、戸坂を呼び寄せた。


「...距離、縮まったか?」


 戸坂が古市に好意を抱いているのはここにいる二人しか知らない。

 俺はそれがうまく進んでいるか知りたかった。



「...ええ、おかげさまで。...でも、多分これじゃ駄目です」


「というと?」



 戸坂はどこかにあるはずであろう嬉しさを心の奥底に沈め、据わった目のまま続けた。


「今回距離は近づきました。...けどそれは、僕の弱みを見せて、そこに入ってもらっただけです。...本当なら、勉強なんか一人で出来ないといけないことです。...これって、不本意、って言うんですかね。そんな感じなんです」


「良いんじゃねえのか?」


「好きになることから逃げるなって言ったのは須波君なんですよ? そういわれて、今、こうやって頑張ろうとしてるんです。...なら、こんな近づき方をしたところでうまくいくはずないじゃないですか」



 戸坂は表にこそ出てないが、少し怒ってるように感じた。


 そうだ、いったのは俺だ。

 それでこの無責任さは正直許されないだろう。


 軽率だった自分の発言を反省しながら、俺はうんうんと頷く。



「なるほど。...でも、今回、全てがマイナスだったわけじゃない」


「そういえばそうですね...。少しだけですけど、勉強の仕方も分かったというか、自信も持てましたし」


 

 そこは戸坂も分かってるようで、ほんの少し笑みを浮かべていた。


「それじゃ、僕は帰りますね。...まあ、寮なんで帰ってもすることないですけど」


「おう、じゃあな」


「はい。...追試頑張ってくださいね、須波君」


「...はい?」


 最後に言われた言葉の意味が理解できなかった。

 追試...? なんだっけそれ。



「いや、だって、僕にそう聞いてくるって、自分と比べようとしたってことですよね?」


「いや、そんなことは...」


「まあ、ないならないで結果が出てるはずなんで。...それじゃ」


 

 俺が何かを言う前に、ダークスマイルをちらつかせて、そそくさと戸坂は帰っていった。


 ...てか、戸坂は0で俺は追試あるのかよ...。





---


 別に追試を取ったからといって俺にペナルティがあるわけじゃない。

 何か部活動をしてるわけでもないし、推薦を狙ってるわけでもない。


 そう思っていたが、家に帰ろうと玄関に辿り着いたとき、職員室から呼び出しがかかった。


 教科担だろうか。

 そう思って職員室に向かう。


 そして入った先、誘導された先は、ちはやちゃんの第二の城だった。



「よお、待ってたぜ問題児」


「なんすかこの少年漫画みたいな雰囲気。あとソファ座って足組むの止めてください。みっともないですよ」


「なんだ連れないなぁ...」


 組んでいた足を解いて、ちはやちゃんは2、3度首を鳴らした。



「追試取ったそうじゃないか」


「あれ、知ってるんですね」


「たりめーだ。ここ職員室だぞ? 情報が回ってくるのは早いに決まってんじゃねーか」


「その割にはあんた伸び伸びしてますね...」


「まあ、言えば私も職員の中の問題児みたいなもんだからなぁ...」


「言い切っちゃったよこの人...」



 問題児である特監生の生徒あって、問題児の西原ちはやなのだろうか。

 あとそう、自慢げな顔しないでください。長所じゃないんですから。



「ま、追試くらいよくあることだ。私も高校生んときはよく取ってたぞ」


「戸坂レベルですか?」


「それ以上」


「はえー...」


 想像を絶していた。この人の素行調査すればどんどんいろんなことが出てくるのではないだろうか。確か母校、ここだった気がするし。



「んじゃあ、今日ここに呼んだのって追試取ったことを叱るわけじゃないんですね?」


「なんだ、叱って欲しいのか?」


「そんなMに見えますか...?」


「ああ」



 即答だった。


「まあ、用事はそれじゃないな。まー...、なんだ、暇なんだよ。向こうの部屋今使えないしな。こっちじゃ出来ることも少し減るだろ? 話し相手が欲しかったんだよ」


「相手追試生でいいんですかね?」


「どうせ君は帰っても勉強しないだろ」


「ばれたか」


「私とて何も調査せずに君を特監生にしたわけじゃないからな。性格、行動の癖くらいなら、お手の物だ」


 ふふんとドヤ顔のちはや。そこ知ってても意味ないでしょ...。



「まあ、私が話し相手を探すのに、君が一番お気に入りなのもある」


「それは光栄です」


「というか、特監生に君以上に面白いやつがいないからな」


「はぁ...」



 面白いかどうかは自分では分からないが、話し相手という点については少し納得できる。


 陽太は変人の域を超えた変人だし、戸坂は人馴れしていない。女子二人は真面目すぎといったところだろうか。


「それで? お話って何ですか」


「まあ、色々と。まずは調査からいこうか」


「なんすか調査って...」


「君、家にいるのと旧部室棟いるのと、どっちが楽しい?」



 いきなりハードな質問が飛んできた。


「...これ、何の調査なんですか?」


「いいから答えろ」


「はあ...、まあ、これは旧部室棟ですかね」


「分かった。次。親と仲はいいほうか?」


「それは...、どっちつかずですね。俺は嫌ってたりはしないんですけど、これまで問題起こしてきて、それで向こうが俺を異端児扱いして、嫌ってるなら話は別かもしれませんが」


「ふむ」


 ...さっきから俺は何を聞かれているんだろうか。だんだん答えるのが恥ずかしくなってくる。



「...よし、調査は終わりだ」


「一体何の調査だったんですか...」


「気にするな気にするな」



 ちはやちゃんはハハハと笑う。


「えー...、気になって夜しか眠れないんですけど」


「良いじゃないか」


「バカ野郎! 昼寝教を舐めるな!」


「なぜスイッチが入ってるんだ...」


 勢いでキレてみたが、大して意味はなさそうだった。まあ、昼寝については結構ガチ勢なんだけどね。

 


「まあいい。次いくか」


「今度は何ですか...」


「瀬野の話だ」



 美春の名前を聞いて顔を上げると、似合わないくらい真面目な顔のちはやちゃんがそこにいた。

 生半端な話ではないと、俺は息を呑む。



「...美春がどうかしたんですか?」


「大して深い問題じゃないんだがな...。この間、うちに振られた仕事を手伝ってくれてただろ? あの時、一応深く身辺調査してたんだ」


「あんたは探偵かなんかですか...」


「そこはどうでもいい。...それで、そこで色々と問題点らしきものが見えてきてな...。ちょっと判断に困ってるんだ」


「判断って...、美春を特監生にでもしようとしてるんですか?」


「まあそう焦るな」



 自分の慣れ親しんだ幼馴染の話だけあり、俺の頭に少し血が上ってたみたいだ。

 けれど、今の美春が特監生になるのは納得いかない。


 だって...あんなに頑張ってるんだ。

 絵で大成するために。夢を叶えるために。

 

 だから...こんなところで株を落として欲しくない。



「実際のところ、学校での瀬野の素行や学業の成績は全くといって良いほど問題は無い。少し性格に難ありといったところだったが、この間の様子を見る限り、それも問題視するほどのものではなかった。...けど、過去の経歴、現在の環境、この二点が少し引っかかるんだ」


「過去の...、河佐のことですか?」


「それが一つ目だ。瀬野と河佐は友人関係にあった。...それが性格にどれだけ影響してるのか、少し測れないのが怖いな」



 俺なら、大丈夫だって言える。

 けれど、美春自身の言葉ではない。



「まあ、こちらは大して重要視してない。...むしろ問題は後者だ」


「と言うと...?」




 俺が尋ねると、ちはやちゃんは少し言いにくそうに答えた。






「家族との、不仲だ」

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