第23話 不運、また不運


そして翌日になった。

家に帰って考えてみるなんて言って帰ったわけだが、結局答えは変わらなかった。

俺はもう、誰かに頼る術を知ってしまった。それは必ずしも良いことではないのだと分かっている。

分かっているのに何も出来ない。ここに来て弱さがより一層露呈されているわけだ。


だが、逆に悪いことでもないのだ。


一貫して言えることといえば、結局気持ちだけ先走って、どうやって美春に向き合えばよいのか具体的に何も見えてないということだ。

...こんな立場であまり言える言葉ではないと思うが、時間はまだ残っている。


ちゃんと向き合いたいなら、どうやってそれを伝えようかじっくり時間をかけて考えよう。


もう二度と失敗しないために。



---




放課後になった。

部屋には俺と、陽太と、古市と、戸坂と四人ちゃんとそろっている状態だった。

ただし、やっていることはいつもとは少しばかり違う。

俺たちは何をとち狂ったか中央のテーブルでUNOを繰り広げていた。


この間陽太が持ってきた遊び人キット(?)が以外とはまっているようで、最近はこうして四人で遊ぶ状態も増えてきたわけだ。

もちろん毎日こうしているわけではないので上からのお咎めも無い。まあ、いつか聞いたちはやちゃんの言い分だと問題を起こさないようであれば、最低問題ないところはある。



しかし、分かっていた事実だが。

顔の表情が薄い分、こういうゲームに人一倍強い人間がこの部屋の中に入るわけで。

俺たち男子は常に苦戦を強いられているのであった。



「さて、これでどうかな?」

陽太は思い切って+2カードを3枚同時でテーブルに放った。

それぞれの手札が順番どおりに言うと陽太が8、今の分を引いて5、戸坂が4、俺が6、そして古市が2という状況だ。


さて、今放たれたカード、積み重なれば爆弾となる。

流石に多くなる分、これはカードを持ってない人間まで回れば死活問題だろう。

俺の手前の戸坂は運よく持っていたようで、最初の3枚に1枚積み重なって俺に回ってくる。


現状枚数が一番多いのは俺、幸い1枚ほど+2カードを所持していたので惜しみなく使う。

これで爆弾は古市に押し付けられる。結託してはいないが俺は陽太とアイコンタクトをとって内心小さくよっしゃと声をあげた。



...上げたかった。



「はい、UNO。」

あろうことか古市の手札の残りの2枚のうちの1枚はカラー選択可能の+4カードだったわけだ。


「はぁ!?おいおいちょっと待ってそれは!」

「出すの?出さないの?」

古市はおぞましいほどの笑みを陽太に向ける。その光景に実際向けられていない俺と戸坂までぞくっと背中を冷やす始末。


陽太は助けてくれとこちらにアイコンタクトを向けるが、残念なことにこれは個人技なのだよ向洋君。残念ながら君の負けだ。


「...出せないってそれはぁ...。んで、何色?」

「...それじゃ、黄色。」


陽太が場を切り捨て、しぶしぶと合計14枚のカードを引いた後色を問った。古市はそれに黄色と満を持して答える。


(なるほど...ということはこれはラスト黄色の可能性が高いな...。)


その光景に今後の展開を読んだ俺は、ふむと一度納得して頷いた後、戸坂に口パクで五文字の言葉を伝えた。

「(い・ろ・か・え・ろ)」

「(!?)」


戸坂は一度で俺の言葉を理解したようで、一瞬ためらったがコクコクと頷いて陽太の出した黄色の6に合わせて赤色の6をかぶせた。


その瞬間、一瞬だけ古市のほうを向いたところ、手元に置いてあった栞で口元を隠していた。これは古市の癖。確かこの癖が出るときは感情を隠したいとき。...なら。

間違いない。これならいけるはず!


WRYYYYYYYYYY!!

勝った!死ねい!!


といわんばかりに俺は赤色の4を出した。これでおそらく上がれないままずるずる引きずっていくだろう。



しかし、その時の俺には負けキャラの霊が取り付いていたのかどうか、あっさり古市は山札を引くことなく手から1枚のカードを手放した。


「うん、乗ってくれてありがと。」

「はぁあああ!?やってしまった!」

俺は悲痛の叫びをあげた。そしてこの瞬間、またもや古市の1位が確定する。


「ちょっと、なにやってるんですか須波君ほんと...。」

「悪い、戸坂。完全にこっちのミスだわ。」

「というかあの指示、い・ろ・か・え・ろって指示でよかったんです?」

「ああそうだよ。だからこっちのミス。」

「あのー...一番被害こうむってるの俺だからね?」

「あそこの+カード三枚とかいうのは博打。悪いのはお前だから。」

「うへぇ...厳しい。」

残された男子3人で責任の押し付け合いというかなんというかを繰り広げながら残ったカードを捌いていく。そして俺の手元のカードがなくなる頃、旧部室棟にも内接されている校内放送のスピーカーが鳴った。


『~♪2年B組須波君、職員室西原のもとまで来てください。~♪』


「おっ?」

「放送か...。悪い、行ってくるわ。」

「いってらっしゃい。」


俺はカードがちょうどなくなったのを良いタイミングに、ぬっとその場を立ち上がった。正直心当たりが無いあたり、大した様ではないだろう。

長いこと拘束されることも無いだろう...そう考えて俺は何も持たないまま、部屋のドアを開いて早足で本校舎職員室へと向かった。



---



職員室のドアを開けた俺は、いつもちはやちゃんが仕事している応接室みたいな部屋へ本人から招かれた。

そそくさと奥のほうまで入ると、自分の椅子の深くまで腰掛けていたちはやちゃんがタバコをふかして待っていた。


「えー...やっぱり吸ってるんですか?」

「まあな。ここはあまり目も付かないし、なにせ私のテリトリーだ。文句は言わせないよ。邪魔にさえならなきゃ問題ない。」

「ありですよ...。」


俺は呆れてため息をつくがちはやちゃんは変えるつもりなどなさそうなのでそこは諦めることにする。

「...それで、何でわざわざ呼んだんですか?何も悪いことしてないはずですけど。...あっ、ひょっとして昨日の話ですか?」

「...まあ、それもあるな。昨日、部屋によらずに帰ったわけだけど、一体何があったって言うんだ?一応古市から話は聞いていたが、誰と帰ったかまではこっちも認識してない。」

「それ、やっぱり把握させとかないとまずいですか?」

「ふーむ...。私は一般生には興味が無いんだが、なんせ相手は君だ。外で問題を起こされても困るわけだし、ちゃんとした目的あってかというのも気になる。という訳で呼んだわけだ。質問は?」


ちはやちゃんは済ました顔で説明を行い、終わった後に質問の時間を設ける。が、しかし別に何か不満があるわけでもないので俺はないですとだけ端的に伝えた。


「よろしい。...んじゃあまあ、話してくれ。別に怒るわけでもなんでもないから力抜いていいぞ。」

「そんなこと言われてもですけどね。...えっとまあ、理由は向こうが誘ってきたから、って事で通りますかね。それ以外は特に。」

「君からではないというのは分かった。んで、誰だ?」

「えっと2-Dの瀬野です。」

「知り合いか?」

「幼馴染です。...それでまあ、色々と。」

「そうか。」


ちはやちゃんは深追いはせず、最低限の話のみを聞いて頷く。俺も話す事が少ないほうが楽なのでそれはそれでいい。

しかし、今の言葉、「色々と」という言葉にいくつか伝えなければいけないはずの言葉もあったかもしれない。それでも、もうこちらから切り出すのはかえって不自然だと割り切り、ちはやちゃんの次の言葉を待った。


ちはやちゃんは数秒黙り込んで、昨日の古市の話を始めた。

「...それで?そこに古市もいたと?」

「あれ。そこまで知ってるんですか?...まあ、元々一緒にいたわけじゃないですけど。」

「まあな。...今朝一で色々と古市に聞いたんだよ。君はともかく、古市は無断で学校を出たからな。...問題はないとは言え、元々定められていた特監生のルールをはみ出すのはまずいと思ってな。一応形だけでも処罰は必要になるんじゃないかと思って今日呼んだわけなんだが...。」

「そこに一年の榧谷がいたということですね。」

「ああ、一応便宜上それで処罰を与えずには済むんだが...。そんな浅はかな嘘で出し抜けると思ったのかね。」


ちはやちゃんは不満そうに頬杖をつく。

「あ、やっぱりばれてましたか。」

「当然だろう。君には一度話したが、私も元々特監生だぞ?脱走しようとしたことなんて幾度もあるし、それの口実の作り方なんて熟知している。」

「ですよね。」


はははと俺は薄い笑いを飛ばした。そのまま昨日の秋乃の言動を思い返してみるが...うん、やっぱり馬鹿だ。少しちはやちゃん舐めてないか?


「...まあ、悪く言わないでおいてやってください。結局昨日二人に俺自身助けてもらった節もあるので、昨日あの場にいたことについては意味ないなんて事はないですよ。」

「それはあくまで君主観の話だがな。」

「それ言ったら終わりですよ...。」


しかしそう言いつつちはやちゃんもなんとか納得はしているようで、先ほどのような疑念深い顔はもうしていなかった。

変わりに何か頼みたそうな顔でこちらを見ている。


これはきっと...いつもの奴だ。


「...はぁ、また酒ですか。」

「またとはなんだまたとは。生きがいを否定されちゃこの職業もやってけないぞ。」

「何すかもう酔ってるんですか...。」

酔って高校生あたりに絡んでくる大人を髣髴させる態度っぷりに流石に俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

そのままちはやちゃんの手元に足元にあるビニール袋を取るために俺はのそっと立ち上がり、ゆらりゆらりとちはやちゃんのほうへ近づいた。


「お、おう。なんだ?」

「酒、置いてるんでしょ。持ってきますよ。」

「悪いな。少し今日は様子見に行くのが遅れそうでな。こっちが本題なまであるし。というわけで、くれぐれもばれないように持って行くの頼めないか?」

「分かってますよ。というわけで俺はこいつもって帰りますね。」

「おう、帰っていいぞ。」


帰り際、ちはやちゃんのデスクから少し離れたところで一度だけ先方のほうを振り向いた。

そこには先ほどのようなずぼらでどこか抜けているいつもイメージできるようなちはやちゃんはいなかった。ただ難しそうな顔で書類とにらめっこしている。

流石にそんな状態の人に声はかけれない。俺は何もしないまま職員室の外へ出た。




ドアの向こうの殺風景な廊下に出たところで、一つ重大な問題に気づいた。

というのも、この手元の袋。いつも受け取るのが旧部室棟だったのでよかったのだが、今回は職員室で受け取ったため、ここから割りと離れているあそこまでばれずに持っていく必要があるのだ。

流石に簡単にばれるようなへまはしないだろう。しかしもしも、ごくごくまれだがばれてしまったとき俺のものだと勘違いされたら弁明できないので。どころか下手すれば退学まである。

念には念を。俺はたまたま外の提出棚に転がっていたマッキーで「BY西原」とだけ書いておいた。


そしてそのまま、俺は旧部室棟を目指して通常の1.001倍のスピードで歩き出した。



職員室は3階にある。そして旧部室棟と体格になるようなポジションに存在する。簡単に言えばすごく遠いということ。

そんな道中だから当然ショートカットも考える。

俺はまず職員室付近にある階段で2階まで降り、途中で旧部室棟と隣接している特別教室棟あたりで1階に降りる。

はずだった。


「あっ!?先輩!?ちょ、あぶなーーーーい!避けてーーーー!!」

「...は?おいおい待て待ておわぁ!!?」







俺の運がとても悪いことが証明されるように、俺の後ろで階段を下りていた、山積みの荷物を持った秋乃に階段を突き落とされるのだった...。


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