第16話 微笑


つけられてる、とは、間違いなくそういうことだろうと俺は瞬時に察した。

要するに、ストーカーという奴である。

最近ではよく警察の人がビシバシストーカーを捕まえているイメージがあるが、それでも数が減らないということは、やめることの出来ない理由があるのだろうと俺は踏んでいる。


現に今実際に起こっているわけだから。

とりあえず、この推測が正しいのかを問うことにした。

「えっと、それはストーカーって認識で間違いないのか?」

「うん。」

古市は心細げに頷いた。異様に怯えている感じがするあたり、始まったのはつい最近ではないのだろうか。

最も、その怯えているだとかそういう感情が傍から見て分かりにくいからこそ、一人で抱え込んでいたのかもしれないが。


「まあ、お前結構好かれている印象あるからなぁ...。んでそれより、どこか心当たりはないか?最近振った男の動向だとかそういうのも結構ヒントになったりするんだが...。」

「...ううん、それはないかな。どころか、告白すらもう遠く昔の話。」

「なるほど...。...あれ?」


ここで俺は認識がすれ違っていることに気づいた。

確か古市は男子生徒から人気だと聞いていた。まあ、ただの風のうわさの可能性も大いにあるわけだけど。

思い返してみると、それを聞いていたとき、確か声の主は女子だったはずだ。

ということは、うわさを流したのは女子だろうというのが分かる。


ではなぜ?

ここまでくればなんとなく分かる。

こういうのはだいたい嫉妬から始まるものだ。

たとえばもてたい女子が別の女が告白される場面を見たとしよう。

そしてその女子が興味ないからとこっぴどく男を振ったとしたら。


...それはもう、嫉妬しか生まれないだろう。

そして皮肉交じりにうわさを流すのだ。「〇〇ちゃんはモテモテだよ~」だなんて、自分の嫉妬を十分に織り込んで。


俺がいつか見た景色、その時の古市の様子からそうなることは十分に考えれる。

...なるほどな。


しかし、そのうわさが100%嘘なのかと言われたらそうではないと俺は思う。実際にちらほら男子生徒の口から「古市って顔はいいよな」だなんてこぼれるときもあるし。

実際にそんなわけだから、そりゃ付きまとう男の一人や二人出ても仕方はないなと俺も思ってしまうほどだ。


...けれど、それが許せる行為かどうかってのはまた別の話だ。

少なくとも、俺はそういうものは許せない。


まあ、理由なんてどうでもいい。どこかから湧いてくる正義感だの何だの言っておけばいいだろう。

問題は、それについて俺がこれからどう行動するかだと思うが。


むやみやたらに首を突っ込むというのはよくないと最近思い始めている以上、一度立ち止まる。

それでもgoサインのラインは低いようで、自分の良いと思ったことにはすぐに体が動いてしまう。そうして謎の感情に操られ、動き、終わってひたすら後悔に苛まれるのだ。そのパターンにはもう飽き飽きしている。


しかし、聞いてしまった。だから今回も自分の良かれと思ったものを信条に行動するほか選択肢はない。

後は、それをどうやって正当化するのかだけだが。


「...んん、野暮なこと聞いた。じゃあ確認だけど、心当たりはないって事で間違いないんだな?」

「うん。」


そりゃないだろう。

「後は...あぁそうだ、大体どういう感じで行動されているか分かるか?どこでだとか、いつだとか。そういう具体性のあるものはなんかあるか?」

捜査に欠かせないもの、それは5W1Hである。

特に今回重要なのはwhen、who、whereあたりだろうか。


古市は一旦うーんと悩み、やがて何かを思い出したかのように話しはじめた。

「大体私が一人でいるとき、には多いかな。下校時間、校内での移動のときも時々感じる。...でも私、友達少ない、というかいないに近いから、向こうも狙い放題なのかも...。」

自分で自虐をしておいて古市はため息をつく。しかし、俺は笑うにも笑えなかった。

いやうん、だって俺もそれ十分に当てはまるわけだしさぁ。


「なるほどな。あと自虐はやめとけ?本当に辛いだけだから。...んでそれでだ。やっぱり不快か?ストーカーがいるのって。男にはよく分からん感情だから、そういうところは聞いておきたい。」

「そりゃ辛いよ。いつ覗かれてるかも分からないし、急に出てこられて何をされるか分からないし。自分の命に危険がないにしても。いちいちそれを気にして過ごすのは、私、嫌。」

「だよなぁ...。」


言いたい事は分かる。というか分からないはずがない。

けれどそこから先の言葉が出ない。なんていえばいいか分からないのだ。


「俺になんとかさせてくれ。」なんてのはまず絶対に言えない。恥ずかしいとかそういうのではなく、単純に引かれる未来が見えてるのだ。


しかし、それ以外の言い方があるのかといえばないのが現状で辛い。


向こうから「助けて」と言うのを待つという選択肢もないことはないのだが、なんにせよ相手は古市だ。言い方が悪いかもしれないが言うのであれば期待薄だろう。


つまりは手詰まり。このままでは聞いて終わり、話してくれてありがとうなのだ。

それは俺の癖なのかもしれない。そうやって前後どちらにも動けず、気がつけば勝手に望まないまま事が終わっている。








けれど、そんな現実は俺が認めたくない。

もう、手遅れになるのは沢山だから。





あの日俺は好きと言えなかった。だから結末は最悪で終わってしまった。

だからもう好きになることはやめた。その意思は簡単には折れない。

しかし、そこから得た教訓は何もマイナスだけではない。


手遅れになる前に動け、あの日の死にそれを教わった。


この特別監視生という区分でまとめられている今、それが変わるチャンスなら、俺は一歩を踏み出すしかない。


だから。

「あのさ」

「ねぇ。」



俺が声を出そうとした瞬間、その漏れた声は力強い意思のこもった古市の声に遮られた。


「「あっ...。」」

お互い強固な覚悟を持っていたためか、声がぶつかったときに次の声は発せられなかった。場には気まずさだけが残る。


俺はもどかしくなって頭をぽりぽりと掻いて一旦ごまかそうとした。しかし、俺を見つめる古市の目は真っ直ぐ俺の胸を突き刺した。


やがてその強い意志はぶれないまま言葉に変わる。

「...ねぇ。一つだけ、お願いをしても、いいかな。こんなことを言える立場じゃ、ないかもしれないけど。...それでも聞いてくれるなら、......助けてほしい。」


俺は呆気に取られた。

一番ないと思っていたものが答えだったとき、人はどうするか。

まずうろたえる。まあ、間違いないな。


そして俺はどうするか。

ちゃんと向けられた言葉を確認して答える。

もちろん俺の答えは一つしかなかった。


「...任せとけ。何、こう見えても頼られるのは得意なんだ。なぁ?陽太。」

「...んあ?」

全く興味なさそうに話を耳から耳へ流していた陽太だったが、自分の名前が話の中で出てきたため、俺のほうを向いてはてなマークを頭に浮かべたような表情をした。


そして、どういう話だったかを急いで巻き戻し、それから俺の問いに答えた。

「んー?そうなんじゃないの?こいつ、厄介ごとに首突っ込むのは大好きだからな。使えるだけ使って捨てりゃいいと思うぞ。仕事率は...まぁ、生徒会やってたんだろ?ならそこそこあるんじゃないのか?」

「...だそうだ。」


なんか半分以上は悪口のような気がするが俺は気にしなかった。とりあえず自分に都合のいい部分だけ切り取って古市に伝える。

「俺の仕事率はお墨付きだ。まぁ、頼られた以上は全力で全うするから期待してもらって結構です。」

俺は自分を鼓舞するため、古市の気を少しでも楽にするため、精一杯のドヤ顔を披露して見せた。


「...なんかその前にいろいろ言われてた気がするけど...?」

「...気にしないでどうぞ。」


やっぱりは現実は甘くない。返ってきたのはマジレスという氷点下よりも冷たいものだった。

それでも。


それを言葉にした古市の口元は、かすかに笑っていた。...気がした。


「うん。...ありがとう。」

「礼ってのは終わってからするもんでしょうが。」

そう言って俺は笑った。こいつの前でこういう表情が出来るようになったのは、少し前に進めたのかなという実感へとつながる。


けれど、さっきのありがとうの意味は、俺の思っていたものとはまた違ったようで。


「ううん。それだけじゃ、ない。私も、変わりたいって思ったから、だからあの日の言葉に感謝してる。それと、気づいてくれたこと。」



そうだ。


俺はこの間の話を思い出した。

あの時は無駄口だったのかなと後悔しか沸かなかった。けれど今こうやって感謝の言葉に変わっている。

だから少なくとも、あの日の言葉には意味があったのかなと今なら思える。


それに、最近少しずつ表情と呼べるものではないが、微細ながら古市に変化が現われてきているみたいだ。

昔より感情を感じやすくなっていたのは単に過ごしている時間が増えてきたからかと思っていたが、本当はそこに古市自身の努力があったんだなと感激させられる。


...では、俺は。


そう、まだ何も出来ていない。口走るだけ口走って何も出来ないまま終わる。

それが俺だ。これまでの俺だ。


だから今回こそ、自分が正しいと思える答えにたどり着きたい。



「気にするな。...そうだ、紅茶いるか?ずっとこんな話してたんだ。リフレッシュがてらにどう?」

「うん、貰う。」

「...俺のなんだがな。」


机の下からじーっと顔を覗かせる陽太がいた気がしたが気のせいだろう。


古市は椅子から降りるととことこと小さい歩幅でコタツ机のほうへと寄り、俺の向かいでひざをついた。

それに合わせて俺は紅茶を淹れる。

その香りのよさが部屋中に広がり、俺の鼻腔をつく。


その香りのよさもあってか、どこか今の自分は気分のよさを感じた。




---




さて、それから数日。

いろいろと古市の周りを見て回ってはみたものの、手がかりらしい手がかりはなかった。

それに、本人が顔も声も分からないと言っている為、捜査のほうは完全に難航していた。

そのため、今日も何もうまくいかずに俺は一人部屋で唸っていた。


「うーん...こりゃ難しいな。何せ手がかりが全くない。時間もいつか完璧に特定できないんじゃマークのしようもないし...。」


「じゃあ、1度離れてみたら?」


どこからか声が聞こえた。咄嗟にドアの方を振り返ってみると陽太が立っていた。

その顔は少し不満を抱いているようだというのが伺える。


「...やっぱりお前はこういうの嫌いだよな。すまんな、ここに厄介事持ってきて。」

「別に俺に実害があるわけじゃないからそこは正直どうでもいい。たださ、これまでもそうやって何度もミスしてわけだろ?そこは...分かってる?」

「...ああ。」


俺は1度深く頷いた。少なくとも俺の中では固い意思をもって行動している自覚がある。

だからこそ、まっすぐ進むしかないんだ、と強い視線を陽太にぶつける。


その視線を受けた陽太は一瞬だけ沈黙を貫き、そしてそれを解くようにふっと笑った。


「...分かった。仕方がない、ヒントをくれてやろうか。」

「ヒント?そんなものがあるのか?」

「さて、そう呼べる代物かどうか知らないけどな。...いるか?」

「欲しい。」


今はそんな小さな手がかりさえ喉から手が出るほど欲しいのだ。俺は躊躇わずうんと頷く。


「そうだな...多分、ストーカーがついているのは恐らく校内だけだな。外でのストーカーは高確率でないだろう。」

「どうしてそう分かるんだ?」

「俺はここの管理者を押し付けられてるからな、その変わりにいくつかメンバーの個人情報も知ってるんだ。ま、他言無用だけどな。...んでそこから逆算しただけ。」

「おいおい、大丈夫なのか?他言無用なんだろ?」

「ま、これくらいはなんとも無いだろう。」


うんうんと陽太は頷く。

うわぁ...不安だァ...。



けれど、そんな情報でも今は役に立つ。

これまで当てもなく捜査していた分、一点張りで捜査できるのは正直いって大きな進展だ。


「ありがとう、助かった。」

「気にすんな。...が、俺が手助けするのはここまで。あとは自分でどうにかして見せろ。」

「言われるまでもねぇよ。」


そして俺は自信げに笑う。大丈夫、きっと上手くやってみせる。








こんなことで、かもしれないが、俺は今度こそ、正しい答えを見つけてみせる。

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