第12話 決着


「それで、最後の勝負はどうするんだ?」

「そうっすね。完全に考えてなかったです。」

3、4戦と体を使うもので勝負したため、少し体力を削られた俺たちは最終戦に行く前に休憩がてらさっきのベンチに戻っていた。


「もう終わりでもいいんですよ?私イルカ貰っただけで満足ですし。」

「おいおい元とってないんだよ返すわけないだろ。」

「けち。」

「知るか。...まじでどうすんの?」


さっきからこんな感じだ。もう何度次何するよって聞いたことか。

全く進展のない空気に呑まれてるのか体もだんだんとそっちに向かってきている。

だからこそ、早く決めたいんだけど。


「...太鼓?」

「うーわ先輩べたっすね。」

「それ以外を知らねえんだよ。互いの合意を取れそうなものってのを。」

「それはまあ...そうですけど。」

秋乃は変わらずイルカのぬいぐるみのほっぺをつんつんと弄っている。

いや可愛すぎか?でも時間ないからまじめに考えてね。


それより、だ。


互いの合意というのは人間の性質上かなり難しい。ましてや全会一致なんて滅んでも良いくらい難しい。

合意、というものは必ず妥協が着いてくる。これくらいならいい、これくらいなら仕方ないけど乗ってやろう、など、お互いが100%いいよっていうものなんてごくごく稀なものである。


だから人は交渉する。多少汚い言葉を、行動を使ってでも。

相手をやる気にさせればいいのだ。


こいつの場合は挑発すればすぐ乗っかるからな、ちょっとそれでいってみよう。

「何?出来ないの?あれ。なんなら小学生のほうがうまかったりとか?」


その言葉にカチンと来たのか手を止めてこちらを睨んできた。

「はぁー!?舐めてるんですか!?いーよそこまで言うなら乗ってやるよ覚悟しろオラァ!」

「お、乗った乗った。」


心の中で俺はヘッドセットを用意し、ゲスい顔でつぶやくのだ。

「勝った...計画通り。」


そうだ、僕がこの店の神と...なりません。



夜神月ばりの顔芸を披露したかったが一心に押さえ、俺は満を持して立ち上がった。

「じゃあ互いの合意ってことで、いっちょやりますか。」

「おーうやってやろうじゃねえかこの野郎!」

怒りの瞳がめらめら燃える秋乃が俺のあとをついてくる。


...やっぱちょろいわー、こいつ。



---


この店は店舗の大きさの割には各機体が少ない。まあ、代わりに種類は多いのだろうけど。

太鼓もまた2機しかないため、いくらか順番待ちとなっている。

俺らは前から2番目というポジションで待機していた。つまりまあ、もうそろそろということだ。


そんな待機時間、思い立ったように秋乃はあっと声をあげてこちらを向いた。

「先輩、対戦基準って何ですか?」

「そうだな...。確か3曲だったよな、ここ。だから1、2曲目はお互いのやりたいものをやってラストはランダム。その最後の1曲で勝負。難易度は自由でいいけど簡単な分だとスコアは取れないしな。それ相応になるだろ。」

ちなみにここの機体は1プレイ100円で3曲だ。

これが普通なのかもしれないが中には200円で3曲とかいう100円2曲よりもぼったくり臭がする店もあるからな。


「はぁーん、舐めてるんすかほんと。先輩私のことちょっと見くびりすぎですよ?」

「まあ、過剰評価だけはしないな。したところで調子乗るだろお前。」

「それもそうですね。...あっ、空きましたよ。」

そんな感じでわちゃわちゃ喋っていると前の機体が空いたようだ。

俺たちは邪魔にならないような場所へ最低限の荷物を置き、それぞれ最後の100円を投入した。


太鼓を叩いて参加だドン!なんて聞こえてきたらいよいよ本番だ。

「どっちからいきます?」

「俺からいくわ。」

「りょ。」


そうして俺はふちをすばやく連打し、よくやるJ-POPのヒットナンバーを選択する。難易度は...おにが出来ないこともないけど手の内晒すのも嫌だし、手を抜いてむずかしいがベストかな。

これで相手が手の内を晒してくれたらラッキーなんだけどな。


しかしそういうわけでもなく、向こうは俺と同じようにむずかしいを選んできた。


...やれやれ、流石にそこまで馬鹿じゃないか。





---



1曲目はお互いやりたいようにやっただけなので全く実力は分からなかった。

流石に譜面を覚えていたぶん俺のほうがスコアは高かったがそれはおそらく次の曲で逆のことが起こるはずなのであてにはならない。


会話のないまま向こうの2曲目が選択される。

ふーん...流行のアニソンか...ってあれ、こいつアニメ好きなの?


「あれ、お前アニメとか見るの?」

「ええ、最近はそうでもですけど中学のときとか結構。だからさっきそのフィギュア取ったんじゃないですか。」

バチを持ってる左手で置いてる荷物のところを指す。


「あら、そうなのね...。」


野暮な会話をしていると2曲目のイントロが流れ出した。

さて、ここも適当に流しますかね。



---



「さあ、いよいよですね先輩。」

2曲目が終了すると一気にボルテージが上がったのか秋乃はうでをぐるんぐるん回していた。

「だな。...さーて、本気でも出しますか。」

そう言ってちらっと横目で秋乃を牽制する。しかし、そこに驚いた様子はなかった。

「あ、じゃあちょっと待ってください。」

秋乃は置いているかばんの中からなにやら先端が細くなっている棒を2本取り出した。


...おいおい待て待て!


「おい、秋乃お前...」

「マ・イ・バ・チ♡ですよ!先輩!」

「うっそだろおいおい...。」


正直ここまでとは思ってなかった。

こいつの場合見栄張ることよくあるからどこまでが本当でどこまでがウソか全く分からないんだよ。だから舐めるとはいかないものの確かに信用してはいなかった。


「まあ、少なくとも☆7~8は余裕ですね。そこから先は手を出したことないので知りませんが。」

「そんなもん運ゲーじゃないか...。」

負けを悟ったわけではないが、大分不利なのには違いない。俺はどうしたものかと一度考えるために息をついた。


とはいえ、出来ることは何もない。目の前の譜面を全力で叩くしかない。


「じゃ、ランダム回しますね。」

硬直している俺をよそに秋乃は選曲を始めた。

そしてルーレットが止まった時に選択された曲に、秋乃はおっ、と声をあげた。


「あっ、これ得意曲じゃないっすか。」

「まじか...。」

こいつ今日ここ一番で運がいいからな。これもその賜物だろう。

いよいよ後がない俺はうーんと唸った。といっても逃げるわけにはいかないしな。


ええい!こうなりゃやけくそだ!


「じゃあいきますよ!」

「やってやろうじゃねえかこの野郎!」

俺は今日一番の元気でおにの文字で太鼓を強く叩いた。





---



選択されたのはJ-POPとアニメの間をさまよいそうな曲。

テンポは大分速く、ミスがぽろっと出れば引きずってしまいそうな感じな曲だ。


俺と秋乃は言葉を交わす余裕なんてなく、ただひたすら目の前の譜面を叩いていた。

が、違いは歴然。

曲は中盤。俺はここまでいくつかミスを出してしまっているが、向こうはコンボが途切れていない。そんな現状に少し心が折れる。


どれだけ余裕なんだよこいつ...。


少しだけ湧いてしまった苛立ちを解消するために一瞬だけ秋乃の顔をのぞいた。

しかし、笑みはない。それどころか少し苦しそうな...。


っと!


気を抜いていたら譜面の速度が変わった。一気に見づらくなった分、集中しなければクリアすら危ういだろう。


後ろには人が並んでいる。こんな状況でクリアできなければメンタルが危うい。

俺はただひたすら集中して譜面をこなした。

曲は終盤。とりあえずここは大事だ。


集中して、集中して。


...?何も聞こえないな。



そうして、その集中のせいか、隣で手を止めてる秋乃に俺は気づかなかった。




---




全ての曲が終わり、リザルトが表示される。

結果から言うと何があったかは知らないが、俺は秋乃に勝っていた。

秋乃はというとただ右腕を押さえ何も言わず俯いている。

その様子がどうもおかしく感じた俺は声をかけた。


「おーい秋乃。終わりだぞ。」

「...先輩。助けて。」

「あっ?」


すると秋乃は体を震えさせながら続けた。

「助けて、ください。...腕が、痛くて。動かないんです。」

そして初めてその表情を拝んだ。


その顔はさっき見たときよりはるかに苦悶の表情だった。

流石にそんな状況で調子に乗るわけにもいかない俺は、とりあえず置いてある2人分の荷物を1人で抱えた。

「...さっきのところ戻るぞ。歩けるか。」

「...はい。」


そうして俺たちは少しどよめく人の群れをよそにさっきのベンチへと引き返した。




ベンチに秋乃を座らせ、その隣に荷物を置いて俺は改めて秋乃の腕を見た。

とはいえ腫れがあったりとか青くなったりとかはない。

まあ、結局のところというと...。


「なるほど。お前、右腕つったんだな。そりゃ動かないし痛いわ。」

「うぅ...すいません。」

秋乃はしゅんと縮こまる。

「別に謝ることはねーよ。大丈夫か?」

「はい。」


とりあえず勝負とかそういうのはそれどころではないため、そっちのけで俺は治療に回った。

少し冷たく細い白い腕をいくつかの方向へ伸ばす。


それによって少しは楽になったのか、秋乃の顔には少しばかりの笑みが戻った。

「いやー...恥ずかしいっすね。結局ゲームにも負けちゃったし、完敗です完敗。」

そうして秋乃はやっと動くようになった右腕で財布に手を伸ばした。

俺はその行為にストップをかける。


「あ、お金はいいから。とりあえずもうチョイ休んどけ。」

「えっ、なんでですか?」

俺が受け取りを拒んだことに秋乃は心から驚いていた。いや、キョトンとしてこちらを見られてもな...。


「お前、手が止まるまで全然俺に勝ってたろ。そっから先止まったにしろ仕方のないことなら実質俺の負けだ。」

「いいんですか?」

「まあな。不慮の事故で勝負が決まった相手から金巻き上げても嬉しくないだろ?」


「いや、別に...。」

「おい。」

いい流れが一気にぶち壊された。

本当にこいつは...。


「...まあ、そういうわけだ。だから今回はいい。それでも勝負したいってんなら、またいくらでも受けてやるよ。そのときはバンバン遠慮せずに行くけどな。」

「そうですね!今回は実質ドロー!勝ち負け着かずです!」


秋乃はニヒヒと笑った。

本当に、無邪気な笑顔だ。俺はその笑顔にどこか愛らしさを覚える。


その笑顔につられて俺もニッと笑う。

「だな。んじゃあ、今日はそろそろ帰るわ。腕、ちゃんと伸ばしとけよ?」

「はい。じゃあね、です!」


そして俺は自分の荷物だけ取り出し、出口へ歩く。


しかし、2、3歩歩いたところで足を止めた。

そのまま上半身だけ後ろを向かせてまたイルカをつついている秋乃に向けてちょっとした感謝を述べた。


「今日は楽しかったぞ。ありがとな。」

そうして秋乃が何か言う前に早足で再び歩き出した。



---



電車に揺られ、家に到着。

もう少し早く帰るつもりだったのに、気づけばすっかり夕方だ。

くたくたになった体を少し休めるために、俺は家に帰るなり自室のベッドに体を投げ出した。


「あー、疲れた。」

帰って本を読むつもりだったがしっかり忘れており、ただぼーっと天井を仰ぐ。


本当に、特監生になっていろいろ変わったな。

学校での過ごし方も、休日の楽しみ方も。


これまでかなりの暴力沙汰を起こしてきたけど、こうやって過ごしていればいつかは解決するのかもしれないな、俺の問題も。




そんなこと、簡単に起こるはずはないって分かっているのに、俺はなんとかなるものだと満足し、目を伏せた。





そして俺は疲れた体をそっと癒すように、過去の傷をそっと癒すように、深い眠りに着いた。



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